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10 母の足跡

 順番待ちが終わってようやくタームウィルズ市内に入れたのは完全に日が落ちてからだった。

 人の往来は夜になってもシルン男爵領やガートナー伯爵領とは比較にならないほど多い。

 人間の街でありながらエルフやドワーフ、獣人族のようなそれ以外の種族がぽつぽつと目に付く。こういう連中は地方など、辺鄙な場所の方が人前に姿を見せなかったりする。教育水準が低いと偏見や差別、迷信による迫害が厳しくなるからだ。

 俺としては……割とテンションの上がってくる光景ではある。NPCやプレイヤーのアバターじゃなくて本物だから、というのが大きい。


 境界都市ならではなのだろうが、感慨に浸ってばかりという訳にはいかない。街に着いてからもするべき事は多いのだ。すぐさま迷宮に向かうというわけにはいかない。

 まずフォレストバードにはタームウィルズに到着した所で依頼完遂という事で、成功報酬として残りの金額を手渡した。


「ありがとうございます。あれ? でも少し……いや、結構多くないですか?」

「また何か頼む事もあるかも知れないし、その時はよろしくっていう事で」

「本当ですかー? 嬉しいです」


 と、ルシアンが微笑む。

 フォレストバード達とは特にストレス無くここまで旅をしてこられた。

 父さんが護衛にと言い出した事ではあるが実際に同行してもらう相手に選んだのは俺だし。俺とグレイスの二人だけで旅をしていたのではこうスムーズにはいかなかっただろう。

 二人旅であったなら物資の買い付けなどにも一々追われていただろうし、そもそも蟻に遭遇した時点で馬車を失っていたかも知れない。実情がどうあれ、如何にも鴨葱という目で他人に見られたと思うので、無用なトラブルも呼び込みやすかったに違いない。彼らがいてくれて助かった部分は大きい。

 何より、信用できる相手というのは金に換算できない所がある。彼らとはしっかり繋がりを持っておきたいところだ。


「まだこっちでどうするかとか決まってない部分はあるんだけど、冒険者ギルドで話をしておくからさ」

「じゃあ私達も、泊まっている宿の名前をテオ君が来たら伝えておくように言っておきますね」

「ギルドで待ち合わせでもいいよね。私達もこっちで少し仕事をしてみて……やっていけそうなら居着くかも知れないしさ」

「上手くいく事を祈ってるよ。フォレストバードなら基本がしっかりしてるし、迷宮に無闇に深入りしなきゃ大丈夫だろ」


 ルシアンとモニカの言葉に頷いてそう答えると、彼らは笑みを見せた。


「お二人はこれからどうするんです?」

「父の伝手っていう所に向かうよ」


 東区、落葉通りのロゼッタ=アッテンボローという人物が父さんの知り合いという事らしい。

 古い友人だと言っていたけれどどうなる事やら。道中に護衛を付ける事と同様、ロゼッタ=アッテンボローの所に顔を出すというのがタームウィルズ行きに父さんが出した条件であるから、俺も約束は履行しないといけない。


「じゃあ、そこまで送っていきます」

「宿を探したりとか……そっちも色々あるんじゃないの?」

「いや。それぐらいどうってことない。こっちもいい刺激になってるし」


 んー。まあ、いいか。




 東区はどちらかと言うと裕福な連中が多く住んでいる区画だ。理由としてはやはり日照時間の関係が挙げられるだろう。その東区に住んでいるうえで父の知り合いとなると……やはり貴族関係の人物じゃないかと思うのだが。

 紙に書かれた住所に向かうと、立派ではあるもののこじんまりとした、上品な屋敷がそこにあった。


「じゃあ、俺達はこれで」

「ああ。ありがとう」

「またね、テオ君、グレイスさん」

「はい。またお会いしましょう」


 フォレストバード達とはここで別れ、ロゼッタの屋敷の入口に向かう。

 ライオンの顔をあしらったドアノッカーを響かせると、ややあって暗赤色の髪の毛を持つ女性が顔を出した。歳の頃は二〇代後半から三〇代前半ぐらいだろうか。

 使用人、という雰囲気ではない。彼女がロゼッタだろうか?

 赤毛の女性の視線が上から下へと降ってきて、グレイス、俺という風に動いた。


「夜分遅くに申し訳ありません。こちらはロゼッタ=アッテンボロー様のお屋敷でしょうか?」

「ロゼッタは私だけど。ええっと……あなたはテオドールよね? ヘンリーの子の。それから、あなたはグレイスかしら?」

「……そうです。前に会いましたか?」


 記憶にないんだけど。俺がヘンリーの子だと知っているという事は、つまり母さんも知っているという事になるだろうか?


「あなたが赤ちゃんの時に一回。ヘンリーの屋敷で一回。合計二回会っているのだけれど。まあ……あなたが覚えていなくても無理はないわ。グレイスは……リサから手紙で話を聞いただけだけど一目で解ったわ。本当に綺麗な子ね」

「リサ様から?」


 グレイスが少し驚いたように目を丸くし、ロゼッタは笑みを向ける。つまり、グレイスの事を話す程度には母さんから信頼されていた人物、という事になるが……。

 二度目に俺に会った時というのは、母さんが亡くなってからという事になるか。母さんの死を知り……それを悼む人達が、屋敷に来ていたと思うけれど……あまり、覚えていないな。


「……こちらが父の手紙になります」


 ロゼッタは俺の差し出した手紙の封蝋に軽く目を落として頷いた。


「確かに伯爵家のものね。どうぞ、おあがりなさいな」




「……手紙には何と?」

「あなたがこちらで生活をするために、色々便宜を図ってほしいと書かれているわ」


 応接間に通され、腰を落ち着けての話となった。

 ロゼッタは何度か手紙に目を通してから、テーブルの向かいに座った俺へと向き直る。


「事情は解りました。タームウィルズで魔法を学ぶとなると……ペレスフォード学舎への在籍かしらね? 手紙にはできる限りあなたの希望に沿うように、とあるけれど」


 ペレスフォード学舎というのは東区に存在する教育機関だ。

 形式としては大学に近く、籍を置く者の望む教養や知識、技術を身に着けるために、好きなように講義や訓練を受ける事ができる。教育機関であると同時に研究機関でもある。

 だから通う者達は年齢も種族も目的もバラバラで、生徒に対しては割合放任主義というか、自由主義である。


 但し貴族の子弟となるとまた話が変わってくる。一般の生徒と校舎が分かれているし寮だってある。というのは貴族の子弟をそれに相応しく教育するという目的を掲げているからだ。

 だがまあ、その辺は俺にはあまり関係がない。所謂「立派な貴族」になるためにここへ来たわけではないから、寮に入るつもりもない。生活魔法を適当に学ぶだけだから、すぐ履修だって終わってしまうだろうし、他に学ぶ事があるのかと言われれば思い浮かばない。時間を無駄にしてしまう事の方が多いだろう。


 一応在籍はするし生活魔法を学びに行きはする予定ではあるが、基本的には顔を出さず、好き勝手に過ごさせてもらうつもりでいた。大体、自由に迷宮に潜れないのでは本末転倒だ。


「それもありますが、市内に家を探したいんです」

「家?」

「父の紹介でロゼッタさんにご迷惑をかけていたら、結局実家の庇護下にあるのと変わりません。できる限り、自分の事は自分でやります」


 そう言い切ると、ロゼッタは訝しむような表情で俺の顔を覗き込んできた。

 しばらくそうやってお互い見つめ合っていたが、やがて彼女の方から視線を外し、深い深い溜息を吐く。


「……いいわ。あなたの望み通りにしましょう」

「反対されるかと思っていましたが」

「意外そうね。反対されるのが解っていたという顔をしていたわ」


 ロゼッタは苦笑を浮かべる。


「勿論、心情的には反対よ? でもあなたは……そうしたら躊躇なく出ていくでしょう? 全く不安そうな顔をしていないし、気に入らなければ自ら実家を飛び出すような行動力もある。魔法も……無詠唱で使いこなせるというし。私との話が不調に終わっても、その時はその時で考えがあるのよね?」

「それは、まあ」


 宿を取り、冒険者ギルドに行って迷宮に潜りつつ生活基盤を整えるか。

 或いは生活基盤を整えてから迷宮に潜るか。どちらが先かの違いでしかない。


「だからね。私としてはあなたから見て何の義理も無いという状態にしてしまうよりは、ある程度ここであなたに協力しておいた方が良いと判断しました。理由としてはそんなところね。納得したかしら?」

「……はい」


 ……なるほどな。確かに頭ごなしに命令されたら、その時は出ていくつもりではいた。ここに話を通しに来たのは、俺にとって父さんとの約束を履行する以上の意味合いを持っていないのだし。

 けれどロゼッタにとってはそうではないらしい。彼女は遠い所を見る目をして言った。


「あなたに何かあったら……リサに申し訳が立たないもの」

「……母の知り合いなんですね」

「あなたのご両親の知り合い、かしらね。私達は学舎の同期生よ。リサと一緒に、迷宮に潜った事もあるけれど」


 ああ。父さんと母さんはタームウィルズで知り合ったわけか。父さんの事は昔から知っていたんだと、幼い頃母さんは聞かせてくれたけれど。


 一方で、それも不思議はないかとも思う。色々な所から人が集まる境界都市は、知識も技術も集積されるし研鑽されるのだから。タームウィルズの学舎に貴族や才能のある人物が名を連ねるのはそういう所だからだ。


「ま、今日のところは家に泊まって、ゆっくり旅の疲れを落としていきなさい。明日、じっくりと街を回りましょう」

「分かりました」


 ……それにしても母さんと一緒に迷宮に潜った、か。ロゼッタはいったいどういう人物なのだろうか? 彼女を見つめても、ただ笑みを返されるだけであった。

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