番外436 女王と使い魔の記憶
――そうして予定通りにベシュメルクの後発組の歓待も終わり、各国の王達も無事に帰途についたのであった。
アルバートとオフィーリアは結婚式の準備に向けて動いている。ヘルフリート王子はもう少し滞在したいということでタームウィルズに留まっているようだ。
「言いたいことがあっても切り出せずにいるのか……或いは父上に探りを入れている可能性もあるわね。ま、後1日か、2日もしたら王城に様子を見に行きましょうか」
ヘルフリート王子の予定を知ると、そんな風に言って、羽扇の向こうで薄く笑っていたローズマリーであった。
とまあ、アルバートやヘルフリート王子に関連した予定や動きについてはこんなところだろうか。
さて。そういう俺達はと言えば……現在、アルバート不在の工房で、エレナやパルテニアラ、水晶板モニターの向こうにいるガブリエラを交え、建築用の書物を見ながら祭祀場の模型作りを続けているところである。
「その……荘厳な印象をそなた達が妾に持っているというのは分かった。だが個人的には少し抑えめであった方が好みだな。うむ」
「そ、そうですか? それは申し訳ありません」
『自分達で色々決められるとなると、つい気合が入ってしまって……』
建築関係の本を見ながらこれがいいのでは、これもいいのではと盛り上がるエレナとガブリエラの様子に、パルテニアラがブレーキをかけたりして。
まあ細かな装飾や建築様式に関しては基本材料が石材ではあるが、好きなようにできると、こちらで伝えたからな。二人の意気込みも分からないでもない。
『では、この様式ぐらいがいいのでしょうか?』
「となると、柱の装飾はこういった感じになりますか」
と、相談しながら土魔法の模型で実例を披露する。今度はパルテニアラ的にも問題はないらしく、うんうんと頷いていた。
そうして相談を進めながら祭祀場の細部を詰めていくと、パルテニアラの趣味嗜好をエレナやガブリエラも把握してきたのか、段々と相談が捗っていく。
「本殿の祭壇脇あたりに使い魔の像でしょうか」
『パルテニアラ様がお連れになっていたのはクラウドエルクとお聞きしましたが』
「うむ」
ガブリエラの言葉に、パルテニアラが首肯する。
クラウドエルク。霧や雲を作り出して操るとされる大きな鹿の魔物である。
雲を操るというと大した事が無さそうにも聞こえるが……雨雲のみならず雷雲であるとか雪雲であるとかから雷や氷つぶてを放ったりと、雲や霧に絡んだ複数の系統に跨る術を操る強力な魔物だという話は聞いたことがある。
まあ、出没するとすれば深い森の奥だろうか。強い力を持つが魔力溜まりからは離れたところで活動するそうで。オークやゴブリンに対しては敵対的で、人に対しては攻撃を仕掛けられない限り干渉を避けるらしい。
従って……これが住み着いた森は安全で豊かな事が多いとされ、森の主として信仰の対象にすら成り得るケースもあるようだ。
多分、魔力溜まりよりも信仰や尊敬、畏怖などを集めることで魔力補給しているのではないだろうかと推測されるが。
「また、珍しい魔物ですね」
「昔な。森の奥の魔力溜まりの主が変わったことで、強力な魔物が周辺の森に拡散するという事態があってな」
魔力溜まりの後継者争いに敗れた強力な魔物達が、主に追われて周囲に拡散。或いは新しい魔力溜まりを求めての魔物の大移動。所謂「渡り」という奴だな。
「そうして森の外れまで逃げてきていたクラウドエルクの子供を見つけ、妾が手当をしたのだな。親を失っていたから森には戻せず……そのままというわけにもいかなくてな。契約して妾の使い魔になった。名をウラノスという」
魔界が構築されるよりも前の出来事であるらしい。子供の時に負った、その時の怪我が額に残っているのが特徴だとか。
「それは――パルテニアラ様の祭祀場を示す像としては分かりやすいですね」
「かも知れぬな。妾としても、妾の像を作るよりはウラノスに頼りたいものだ。何せ、あやつは……見た目の威厳は凄かったからな」
「見た目は、ということは、中身は違ったのかしら?」
懐かしそうにしながらも、少し含みのあるパルテニアラの言葉に、クラウディアが首を傾げる。パルテニアラは苦笑して言った。
「うむ。見た目はすぐにクラウドエルクらしく成長したのだがな。中身は寂しがりで、しかも昼寝の好きな奴であったよ。まあ、魔界ではそうした事も言っていられなくて妾と共にあちこち奔走する羽目になったが……頼りになったのも間違いない。ベシュメルクの森の奥にいる同種は、奴の子孫であろうよ」
パルテニアラはそんなウラノスの内面に対しても困った奴、程度のもので悪い印象はないらしく、そんな風に懐かしそうに語っていた。
ともあれ、ウラノスがクラウドエルクで、しかも額に痕といった特徴が残っているのなら祭祀場の像のモチーフにはしやすいのは確かだ。
というわけで、パルテニアラの意見を参考にしながらクラウドエルクの、というよりはウラノスの像を作ってみる。
クラウドエルクは銀と青という、幻想的な配色のふさふさとした毛に全身を覆われていて、立派な角を備えている。確かに森の主といった風格ではあるな。
「奴の場合は額の傷の形は……このようなものであった。角はこう、だったか」
と、魔力を指先に浮かべ、傷痕や角の形を教えてくれるパルテニアラ。マルレーンからランタンを借りて、それに合わせてウラノスの姿を再現していく。
「胸の白い毛の部分に、少し色の濃い部分があってな。それが首飾りのような模様になっている」
割と細かなところまでパルテニアラは覚えているようで。
「背丈がこのぐらいで、ここはこう、でしょうか」
「おお……。これはまた、予想以上にそっくりになったではないか」
幻影上で再現していくと、やがてパルテニアラにも納得してもらえるようなクオリティに仕上がったようだ。
『確かに……見た目は神聖と言いますか、威厳がありますね』
ガブリエラがそんな風に言う。
そうだな。後はこの幻影を元に像を作れば良いだろう。というわけで、ウィズにしっかりと細部まで記憶しておいてもらう。
「それから……像の姿勢も決めておきましょうか」
「ウラノスらしさというのであれば……立っているよりは寝そべっているか、普通に座っている姿が良いのかも知れん」
「となると――」
前足を揃えて上半身を起こしたような状態で座らせて、神殿入口に視線を送る、というような姿勢でどうだろうか。簡単にいうと犬がおすわりしたようなポーズだ。
来訪した者を歓迎し、祭壇にいる巫女の周囲を護衛するというようなニュアンスで。
「良いのではないかな」
幻影にそうした姿勢を取らせて考えを説明するとパルテニアラは笑みを浮かべて同意してくれた。
後はパルテニアラが愛用していた杖のレプリカを祭壇の上に配置したりといった具合だ。祈りを捧げるのにふさわしいモチーフや、意味を持たせた祭具や装飾等々があれば……あとはしっかりとした巫女や神官がいれば神殿や祭祀場として機能してくれる。
「では、フォレスタニア側の建設予定場所から人払いをしておきます」
というわけで、通信機で連絡を入れて予定を立てておく。建築予定の現場付近に人が入らないよう、事前にゲオルグ達に立ち入り禁止などの誘導をしてもらっておく、というわけだ。
「ん、迷宮核で建造?」
「いや、用地と建材だけは迷宮核で用意して、後は魔法建築で作るつもりだよ。領主として作る事で、歓迎の意向を示しておくのがいいのかなって」
シーラの質問にそんな風に答える。というわけで、ゲオルグ達から準備ができたと返事がきたら、一仕事してくるとしよう。