番外431 西国の歌姫達
というわけで、火精温泉の次は植物園見学にみんなで向かう。
「おお! お主ら元気そうで何よりじゃな!」
「あははっ! みんなロベリアちゃんや、新しい人達が遊びに来て嬉しいみたい! 歓迎するから、踊りを見ていって、だって!」
と、ロベリアとセラフィナが花妖精達の出迎えを受けて楽しそうに空中を飛び回る。おお、という歓声が王達や貴族達の間から上がった。
すぐに妖精達の動きが規則的なものになる。円舞曲を踊るように一定のリズムを刻みながら。パートナーと二人一組になってくるくるステップを刻んで回る。
煌めきと共に空を舞う花妖精達の姿。妖精達の色鮮やかな羽の色彩と相まって何とも幻想的というか。夏だから花妖精達もかなり活動的なようで。
その中で、花妖精達はアピラシアやアルクスを見つけると嬉しそうに笑って飛んでくる。一緒に遊ぼうというように手を差し出してきた。
自分は妖精ではないのですが。いいのでしょうか? と、戸惑っているアピラシア。
「むう。私も……大丈夫なのでしょうか?」
「いいんじゃないかな?」
笑って二人に答える。花妖精は蜜蜂にも親近感を持ちそうだし、アルクスも花妖精達よりは大きいが、空を飛んでいるから友人になれたらと思っているのかも知れない。
アピラシアとアルクスも花妖精達に手を引かれてその輪の中へ。アピラシアは最初こそ戸惑っていたようだが、花妖精と両手を繋いで空中を踊ったりしている内に楽しくなってきたのか、くるくると回りながら踊ってくすくすと笑っていた。
アルクスの方はと言えば、最初はややぎこちなかったが、そこはそれ。すぐに妖精達の踊りを学習して動きが流麗なものになっていく。日常生活用の身体とは言え、飛行能力はかなり高いからな。ガーディアンとしての本人の能力も大きいだろうけれど。
アルクスの動きに、お上手ですねと、アピラシア。
「何となく動きが分かってきたと言いますか」
と、アピラシアの言葉を伝えると、そんな返答を返すアルクスである。カルセドネとシトリアも目を輝かせてそれを見上げていたが、微笑むユーフェミアやイーリスに手を取られて、軽くではあるが、踊り方を教えて貰っていた。
やがて花妖精達の動きも盛り上がりを見せ段々と落ち着いたものになっていく。そうして、妖精達は揃ってぺこりとお辞儀をしてきて。それを見ていた面々からも拍手と歓声が起こった。
きゃっきゃと手足を動かすデイヴィッド王子のところにも楽しそうに花妖精達が飛んで行って握手をしたりお辞儀をしたりと、和やかな雰囲気があった。
予想以上の花妖精達の歓迎ぶりであったが。うん。面白かったな。
そうして植物園の内部に入り、今度はフローリアや、鉢植えのまま浮遊してくるハーベスタ達、ノーブルリーフにもお辞儀をされて迎えられた。
「いらっしゃい」
「いやはや……植物園の訪問は楽しみにしていましたし、ノーブルリーフについてもお話は伺っていたのですが。驚かされてばかりですな」
そう言って楽しそうにマルブランシュ侯爵が笑う。
「それは何よりです」
と、こちらも笑って答えてハーベスタ達を紹介する。マルブランシュ侯爵には何やらノーブルリーフ達が浮遊しながら群がったりしていた。葉っぱと握手をするような格好で――中々歓迎されているようだ。
「土の精霊達が喜んでるから、ノーブルリーフ達からの印象もいいみたいね」
フローリアがそんな風に教えてくれる。なるほどな。マルブランシュ侯爵は長い事農業や治山、治水に携わってきたから、そのへんのところが影響しているのかも知れない。
「ところで、また変わった子を連れてきたみたいだけれど」
フローリアが小首を傾げると、ハーベスタも何やら同様の仕草を見せた。ハーベスタに関してはまた芸達者になった印象があるが。
「バロメッツの事ですね」
「フローリアならこの状態でも話ができるかしらね?」
アシュレイとローズマリーがそう言って、バロメッツの苗木をフローリア達に見せる。フローリアはふんふんと頷いて、バロメッツの苗木と向き合ったりしていた。
「お水が美味しかった。ありがとう、だって」
「ふふ、どういたしまして」
フローリアの言葉にアシュレイが微笑む。こうしてコンタクトができるなら……バロメッツに関しても案外大丈夫かも知れないな。
そんなやり取りを挟みつつも、植物園の中を見て回り、ノーブルリーフの力を借りた場合の植物ごとの生育の違いであるとか、温室設備の説明であるとか、地下水田の様子を見て回ったりする。
「通常より可食部が大きくなっていたり収穫までの過程が早くなったり……ノーブルリーフ農法は面白いものですな。温室の構造と、内部の温度や湿度の管理方法についても……見事なものです」
「ありがとうございます。ノーブルリーフ農法に関しては、地下水田での実験を経て、今はシルン伯爵領で実地試験を行っていますよ。連作時の影響なども調べていたりしますし。今度、協力してくれているミシェル嬢を紹介します」
「ほうほう。それは楽しみです」
マルブランシュ侯爵を交えての見学なので話も自然と濃くなるというか。文献で知っている植物を見れたからと、終始嬉しそうなマルブランシュ侯爵であった。
「それじゃ、行ってくるわね」
「ん。また後で」
イルムヒルトは笑顔で。シーラはいつも通りにこちらに手を振って。ユスティアやドミニク達と共に楽屋に向かって行った。
植物園に続いては境界劇場にみんなで移動する。招待客も沢山なので、席にみんなを案内している間に、シーラとイルムヒルトも演奏のための準備に入った。ユスティアとドミニクも、今日の劇場での公演を心待ちにしていたようだからな。
まだ絶対数が多くないので普段の劇場では提供していないが、今回は特別公演ということで、植物園で収穫したパイナップルから作ったジュース等も振る舞われる予定だ。
「楽しみだわ」
「どんなものが見られるのかしらね」
と、ユーフェミアやエイヴリル達も期待感を高めているようだ。
そうしてみんなを席に通して――飲み物等々が行き渡ったところで演者達の準備も整ったのか、劇場の照明が落とされる。
そうして真っ暗になった客席が演奏前の静寂に落ちて――やがてぽつりと、ドミニクの静かな歌声が響き渡る。リュートと竪琴の音色が重なり。どこまでも伸びていくような澄んだ歌声と楽器の音色が絡み合い、場を盛り上げるように曲が盛り上がりを見せる。
ぴたりと。呼吸を合わせて歌声も音色も止まる。
青いスポットライトが客席の一部を照らして――。そこにドレス姿のイルムヒルト、ドミニクとユスティアが姿を現していた。
止まった曲が再び始まると同時に壁や天井には青空。床には海面の景色が広がる。そう。幻影劇場の仕組みを境界劇場側にも組み込んであるのだ。
青空と海原と……それに合わせたかのような美しい旋律が織りなす世界に、客席ごと放り込まれた。そうしてイルムヒルト達が空を舞いながら歌声を響かせる。
景色は青から赤へ。夕焼けの海へと煌めきを残しながら沈んでいく太陽。そんな光景が舞台上に広がり――それを追うように、三人の歌姫が沈む夕日に向かって演奏をしながらゆっくりと飛んでいく。実際は飛んでいくように見せかけて同じ場所で浮遊しているだけだ。海原に点在する島々といった景色も一緒に流れているからそう見えるだけで。
水面に飛び出してくるイルカの群れ。飛んでいく鳥達。
やがて劇場内は夜の帳に落ちて――歌姫達が舞台に降り立てば、劇場内部は南国の無人島へと変化した。白い砂浜と南国の植物。夜の星々が客席の上にも広がる。
シーラやケンタウロスのシリルも姿を現して。島に降り立った三人を歓迎するように演奏を返せば、返礼というようにイルムヒルト達も演奏と歌声で返す。
やがてイルムヒルト達の演奏とシーラ達の演奏は一つの曲になり。楽しげな音色と歌声が場を満たしていった。
そうして一曲を終えて、彼女達がぺこりと揃って頭を下げる。
「沢山の人達をタームウィルズに迎えられて、こうして皆さんに演奏を聴いて頂ける事を、嬉しく思います」
「西方への訪問と歓迎という意味合いを込めさせていただきました」
「どうか最後まで楽しんでいっていただけたらと思います」
そんな挨拶の言葉に、客席から大きな拍手と歓声が巻き起こった。
そうして拍手と歓声が収まるのを待ってから……イルムヒルト達の演奏が再開される。曲に合わせるように無人島での一夜の宴から――夜明けが訪れる。
空中を踊るユスティアに導かれるように、舞台と客席は賑やかな海の中へと場所を移していく。熱帯の魚、色とりどりの珊瑚。生命の豊かさを称えるかのように楽しげな旋律が流れていくのであった。境界劇場は初めてというベシュメルクの面々もアピラシアやアルクスは勿論、境界劇場での公演を見たことのある面々も、幻影劇場の技術を取り入れた新しい演出に皆、驚きと喜びを露わにしていて……うん。気に入ってもらえたようで何よりだ。