番外427 平穏と演武
そのまま複数台の馬車に乗り込んで転移港を出て、王城までの大通りを車列が進む。
「ベシュメルク王国の体制が変わって、国交が開かれるって聞いたぜ」
「あの国は……地方はともかく中央は余所者を遠ざけてたって話だからな。俺達が行って一山当てるような仕事があるなら面白くなりそうだが」
と言ったような話を冒険者がしているのが聞こえた。
ベシュメルク王国については王国を脱出した貴族からの情報により、圧政、悪政を敷いていた王と魔女が倒れて代替わりした。その際、今の重鎮達も同盟と共に戦った、という内容が公の発表として周知されることになるだろう。実際、タームウィルズの警護に当たっている兵士からもそういうざっくりとした説明が行われているはずである。
詳しい事情は公表する事が出来ないのだが、大枠としては間違っていなければ、この場合問題はない。同盟各国からは勿論のこと、ベシュメルク側からも話の大筋は否定されることはないし、詳しい内容が外部に語られることもないからだ。
まあ……実際の戦いの様子というのは、多くの者が見ていたから情報が漏れるのは仕方がない部分もあるが、あの戦いからだけでは詳しい背景までは分からないからな。
ザナエルクの所業の一端として、兵士達の心を支配して無理矢理戦わせた、という一件だけでも十分過ぎる根拠として説明できるだろう。
いずれにしてもベシュメルク王国からやってきた面々については、沿道の人々からも歓迎されている雰囲気がある。
「王都近隣の魔力溜まりは騎士団や兵士達の巡回で対処していた部分がありますが……今後は冒険者達の力も借りられれば良いですな」
「王都近辺は固有の薬草等もありますし、そのあたりで彼らからの需要があるといいのですが」
沿道の噂話の内容を伝えると、クェンティンとガブリエラがそんな風に言って頷いていた。
「ああ。薬草と言えば。お約束通りバロメッツの苗木を持ってきました。転移港では渡しそびれてしまいましたが」
と、マルブランシュ侯爵が大切そうに持っていた箱を渡してくれる。
「ありがとうございます。中を見ても大丈夫でしょうか?」
「勿論です」
許可をもらったので蓋を外してみてみれば――。案外変哲のない苗木だった。あくまで見た目は、の話だ。普通の植物とは思えない魔力を秘めているのが見て取れる。
「もう少し成長すると、一番上の部分に果実をつけて――。それが熟すと中から幹と四肢の先端が繋がったような形で羊が出てきます。幹が非常に柔軟で伸縮性もあり……それをしならせたり伸ばしたりして周囲の植物を食べて回るというわけです」
マルブランシュ侯爵が説明してくれる。想像すると……かなりシュールではあるかな。
バロメッツ自体は魔石を有していて植物型の魔物であるのは間違いないらしいが、周辺への食害を除けば無害。
上質な毛が取れる事、羊肉として食べられる事等々を加味すれば有益な部分の方が勝る、というわけだ。
「それじゃあ、預かっておくわ。水をあげておけば会食の間は問題ないでしょうし」
「でしたら、お水は私が」
と、ローズマリーがバロメッツを受け取り、アシュレイが微笑む。
「ノーブルリーフの例もあるし、アシュレイの作る水なら間違いないわね」
ローズマリーは笑みを見せながら苗木の柔軟性を確かめるように少し枝に触れたりしていたが、やがて満足したのか頷いて、元の通り蓋を被せていた。
「植物園に植えるのですか?」
グレイスが尋ねてくる。
「翻訳の魔道具が通じて言うことを聞いてくれるなら、植木鉢のまま浮遊させておいてもいいんだけどね。植物じゃなく、動物として飼葉を与えたり、みたいな。そうでない場合は、やっぱりある程度隔離して育てることになるかな」
「貴重な植物も、食べられちゃったら困るものね」
「なら、様子を見ながらかしらね」
イルムヒルトとクラウディアが苦笑する。
「やっぱり、継続して育てたら何度も毛が刈れるのかしら?」
「ん。どっちにしても、話が通じたら面白い。今後に期待」
そんなステファニアやシーラの言葉に、マルレーンもにこにこしながら首を縦に振る。
そうして話をしている内に馬車は王城に到着する。
馬車から降りると――メルヴィン王と共にジョサイア王子や国内の貴族達も練兵場広場で待っていて。冒険者ギルドのアウリアやオズワルド、巫女頭のペネロープといった顔ぶれもその中にあった。
馬車に乗ってきた面々もしっかりと整列したところで、メルヴィン王が口を開いた。
「ようこそ参られた。こうして友との絆を再確認し、そこにまた新たな友人を迎えられた事を嬉しく思う。悲喜交々、様々な出来事があったが……今日という日は我らの新たな門出として歩き出す記念。誰にとっても平穏の訪れを喜び合う日となることを望んでいる」
メルヴィン王が歓迎の言葉を口にすると、クェンティンが応じる。
「私は摂政という立場ではありますが――今日という日に立ち会えたことを嬉しく思います。我が国も過去のしがらみを乗り越え歩き出しております。共に道を行く友がいる事を喜び、先々に幸多からん事を望むものです」
クェンティンがそう返すと、コートニーに抱かれているデイヴィッド王子がタイミング良くきゃっきゃと手を振って笑って……居並ぶ皆の表情が思わず綻んでいた。
貴族や騎士団からも和やかな空気の中で拍手が起こる。メルヴィン王は穏やかな表情で頷き、それから女官に目配せをした。
それぞれ、騎士の塔と迎賓館に分かれる形で女官に案内されていく。ベシュメルクの重鎮達と各国の王達は練兵場に面する騎士の塔へ。
国内の貴族達の大半や各国の側近、招待客といった面々は迎賓館へ。俺達に関しては騎士の塔側へ移動する。
騎士の塔の観覧用の大部屋に移動し、そこからみんなで騎士団の演武を見ながらの会食となった。
やはりタームウィルズと言えば迷宮産の食材を使った料理や海産物ということになるわけだが……マンモス肉などは最初にカツとして振る舞ったことから、定番になってしまっているようで。
王城でもマンモスカツとして饗されたりしているらしく、宮廷料理に採用されてしまっているのはやや責任を感じなくもないが……きっとこの辺はメルヴィン王が気に入ってくれたからなのだろう。
そうして料理が運ばれてくる中で、騎士団の演武も幕を開けた。
ファンファーレと共に飛竜騎士達が一糸乱れぬ飛行を見せて、魔術師隊が泡や光の煌めきを追随させる。楽士達が勇壮な音色を重ねると、音符型の光が舞ったりと……何やら演出面でも強化されているのが見てとれたりして。中々に見応えがあるというか。
「見事なものよな」
と、それを見たパルテニアラが相好を崩す。カルセドネやシトリアも演武の様子に見入っているようだ。
「テオドール様の光の魔法を見せて頂きましたが、やはりヴェルドガル王国でも魔法を利用した演出を行っているのですね。優れた魔法技術を、人を楽しませるために用いる、というのは素晴らしい事だと思います」
ガブリエラが言うと、メルヴィン王は笑った。
「これもテオドールの影響ではあるな。少し前なら演武は演武として魔術師隊の演出も無かったが……うむ。日々の研鑽は平穏のためにあり、武術や魔法の研鑽が腐ることなく、また誰も傷付く事がないとなれば……それは、歓迎すべきことなのであろう」
そんなメルヴィン王の返答に居並ぶ面々も感じ入るように頷くのであった。
さてさて。演武と会食も一段落すれば火精温泉に場所を移したりしてのんびりしながら今後について――ベシュメルクとの国交、魔界の門等に関すること――の話をしていくことになるだろう。