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番外424 工房の夕食会

 タームウィルズに向かい皆を紹介して回ったりしてから、馬車に乗って工房へと向かう。

 アルクスはタームウィルズに出ると――やはりまずはセオレムに目を奪われた様子だ。


「迷宮が作り出したものとはいえ、美しい造形です」


 と、アルクスはそう言って頷く。

 アルクスの知識はそれなりに豊富だ。だが感情を持ってからだと風景一つでも心を揺さぶられるものなのだろうけれど、カルセドネ、シトリアと少し違う点は、人の往来が多い事そのものに感慨深そうに頷いていたことだろう。


「月の船がこうして再び賑わいや笑顔を取り戻したのは……素晴らしい事だと思います。私はこれまではあまり外に関わる事ができませんでしたが、これからはまた違う、のでしょうか」


 と、馬車の窓から外を眺めながら、そんな風に言うアルクス。

 そう……。そうだな。迷宮に属する者の最終的な意義や目的はそれだ。だから、月の船が齎した成果、結果そのものを見て先程の言葉を発したアルクスは――至極ガーディアンらしい理由で感動していると言える。


「そう、ね。これまでは外に出る事はなかったけれど。それは与えられた仕事の場所が違っていただけだもの。問題は起こったけれど、私や、貴方達が船の元々の目的を間違えて行動していたことは無かったのではないかしら。だからこれからも、きっと大丈夫よ」

「姫様……」


 微笑むクラウディアの言葉に、アルクスは臣下の礼を以ってお辞儀し、目を閉じていた。元々の目的。暴走により融通が利かなくなっていたが、迷宮核を守ろうとしていたのは、全て月の船の目的を達成するため、地上の再興のためでもあったからな。クラウディアの言葉は確かにそうだ。ラストガーディアンもパラディンも、地上のために船を守ろうとするという行動だけは偽りなく継続していたと思う。暴走状態でも船を壊す側には回らなかったのだから。


「門番は――世界の平穏を守るための任務と理解しています。今の私は未熟ではありますが、ご期待に添えられるよう頑張りたいです」

「私も……そんな風に言ってくれるアルクスさんと一緒に頑張りたいです。きっとガブリエラ様やパルテニアラ陛下も喜んでくれると思います」

「それは――光栄です」


 エレナが言うと、アルクスもエレナを見て頷き、どちらからともなく改めて握手をする。

 うん。エレナとも良好な関係を築いていけそうで何よりだ。ベシュメルクの面々がタームウィルズに来た時に、アルクスに門番の役割を任せたいと思っている事も含めて、しっかりと紹介しておかないとな。


「アルクスなら、きっとすぐだよ。それとは別に、あちこち遊びにいったりもしたいね」

「はいっ」


 と、俺の言葉に笑顔で答えるアルクスであった。




 工房に到着したところで、早速アルバート達にもアルクスを紹介する。


「あのパラディンがこんな風になるんだね。格好いいのと愛嬌とが混ざっていて、良いと思うよ。よろしく、アルクス」

「はい。アルバート殿下」


 と、アルクスはアルバートと握手をしていた。オフィーリアや工房の面々も丁寧に挨拶とお互いの自己紹介をする。


「おお。これは良いですね……! ティアーズさん達の上司なんですよね? 同じ系統の姿で素敵です!」


 コマチのテンションも上がり気味だ。アルクスと工房のみんなも仲良くやれそうで何よりである。


「一応、日常生活用の器っていうことでこの姿の戦闘能力は、あまり高くはないんだけどね。その代わり、感覚器は備えてるよ」


 そう言うと、おお……という感心したような声が漏れていた。


「ああ。ライブラにも感覚器を組み込む仕事も進めないといけないわね。そちらは、わたくし達で進めておくわ」


 ローズマリーがアルバートに言う。


「ありがとう、姉上。助かるよ」

「よろしくお願いします、ローズマリー様」


 アルバートとライブラがそれぞれそんな風に言うと、ローズマリーは羽扇で口元を隠して目を閉じていた。

 そうだな。みんなでアルバートの負担を減らすという話をしていたし。

 ライブラの感覚器については、ライブラ本人とドリスコル公爵との兼ねてからの約束だ。ドリスコル公爵もベシュメルク王国の歓待には顔を見せる予定なので、それまでにライブラの改造も進めてしまうというのが良いだろう。その点ローズマリーが手伝ってくれれば、アルバートが多忙でもこと魔法生物に関しては何とかなる。


 と、そんなことをしている内に美味しそうな匂いが工房の奥から漂ってくる。

 工房に戻って来る頃には丁度小腹も空く頃合いだろうと、オフィーリアや工房のみんなが食事の準備も進めていてくれたのだ。


「感覚器の話題が出たからというわけではありませんが、そろそろお食事になさいますか?」

「良いですね。お手伝いします」


 オフィーリアが笑顔で言うと、グレイスも笑顔で応じて、みんなも立ち上がる。


「お食事の準備、手伝う」

「何をすればいいのかな」


 と、カルセドネとシトリアも言って、アルクスも手伝うつもりらしく浮遊しながら頷く。


「では、一緒にこちらへ」

「もう出来上がっているから、運んでみんなに割り当てるだけかしらね」


 アシュレイとステファニアがそんな風に言って、マルレーンもにこにこしながらカルセドネ達の手を引いて厨房へと連れていく。


「ん。テオドールは迷宮で一仕事した後。ゆっくり休んでて」


 と、シーラ。確かに魔法生物との対話は集中が必要な仕事ではあったから、脱力していられる時間はありがたいが。


「んー。それじゃあ、お言葉に甘えて」

「ふふ、行ってくるわね」


 イルムヒルトもシーラと共に立ち上がり、笑顔でこちらに軽く手を振って厨房へと向かうのであった。




 工房で用意してくれていた食事は、塩おにぎりと、醤油や味噌を塗った焼きおにぎりだ。

 感覚器を手に入れたアルクスに初めて食べてもらう料理は俺の関わっている物をということで米や醤油、味噌を使ったものが良いだろうとアルバートが言ったので、その意見が採用された形だ。その上で、簡単に数を用意できるものをということで、塩おにぎりや焼きおにぎりになったわけである。

 動物組用に肉と魚、鉱石まで買い出しに行ってくれていたようで、コルリス達もご満悦な様子だ。


「うむ。ライブラは今回も我の感覚器を流用してもらう事になってしまって済まないが」

「ありがとうございます。マクスウェルのお気持ちは嬉しいですよ」


 と、マクスウェルとライブラはそんなやり取りを交わして隣り合った席に着く。うむ。魔法生物同士仲が良くて何よりだ。

 それぞれにおにぎりが行き渡ったところで、食事となった。何と、ユラが緑茶の葉をコマチに預けていってくれたということで、飲み物も含めて純和風である。


「それじゃあ、いただきましょう」

「では失礼して」


 バイザーの下部から醤油の焼きおにぎりを感覚器に入れて咀嚼するアルクスであったが……目を閉じて感覚に集中していたようだが、やがてかっと目を見開く。


「これは……! 何と香ばしいのか……!」

「おいしい……!」

「いい匂いがする!」

「ああ。これは美味しいですね……!」


 焼きおにぎりを持ったまま空を見上げて固まるアルクスと、表情を綻ばせるカルセドネ、シトリア、そして頬に手を当てて笑顔になるエレナである。

 アルクスや彼女達の反応は、みんなも気になっていたようでそれを見届けて笑みを浮かべてから自分達も食事を口に運ぶ。


 俺も醤油の焼きおにぎりから頂くが……ああ。これは絶妙な焦がし具合だ。焼いた醤油の香ばしさをしっかりと引き出していて、米の食感と相まっていい出来である。

 コマチがおにぎりを食べてうんうんと目を閉じて頷いているあたり、おにぎり作りの監修はコマチといったところか。流石ヒタカ出身という印象だ。


 塩と味噌も……ああ。これは美味いな。緑茶もおにぎりに合っていて、口の中でほどけていく食感がなんとも良い具合である。そうして和やかに工房での夕食の席は進んでいくのであった。

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