番外423 迷宮の仲間達
「おはよう。上手くいったみたいで良かったわ」
「これは姫様。おはようございます」
クラウディアに声をかけられ、パラディンは畏まった態度で応じる。
クラウディアもまた管理者代行の立場なので、パラディンからしてみると仕えるべき主の一人、という立ち位置になるのだろう。
それを言うなら迷宮核に出入りできる権限がある面々全員が、と言えるのかも知れないが、昔からの主であるのはクラウディアだ。
「目覚めの気分はどうかしら?」
「見るもの、聞くもの一つ一つに感情を動かされ、それが新鮮で、驚いているところです。しかし、悪い感じはしません」
と、小さな身体で律儀に騎士の作法を守りながら丁寧に答えるパラディンである。
「長い時間を過ごせるよう、精霊達に近いような感性になれば良いなとは考えてたよ。迷宮核が構築した時もそうだけど、対話でも影響したかも知れないね」
「そうなのですか」
パラディンは目を丸くしていた。対話も挟むので調整が確実とは言えなかったということもあり、ティエーラとコルティエーラ、ヴィンクルの尺度に合わせて、任意に長期の休眠に入れるような機能も搭載している。このあたりはイグナシウスやラザロの前例を踏まえてのものだ。
クラウディアはそんなパラディンに微笑んで頷く。
「あなたの立場に近い子達。気持ちを理解できそうな子達は身近にいるわ。私達も一緒だから、戸惑うことがあったらすぐに言ってね。あなたは古参ではあるけれど、ある意味では生まれたばかりのようなものだから、1人で無理をすることのないように」
「ありがとうございます、姫様」
そしてクラウディアが主の一人であるなら、ヴィンクルやヘルヴォルテ、ベリウス、アルファ、ジェイクといった迷宮出身の面々は上司や同僚というべきか。
ヴィンクルが楽しそうに声をかけるとパラディンは目を瞬かせていた。
「おはようございます。これはまた、随分と小さくなってしまいましたな。情報として理解はしていたのですが」
そんなパラディンの言葉にヴィンクルは笑い声をあげていた。翻訳の魔道具によると、それはお互い様ということらしい。
「それは確かに」
と、苦笑するパラディンである。場合によっては目に加えて眉毛の形も光のサインで表しての表現になるので、苦笑といった感情も声色と併せて見て取る事ができる。
声に関しては本体のパラディンのイメージに合わせているので、ちびパラディンの見た目よりは凛々しいイメージではあるが……ややアンバランスな感じが逆に愛嬌、という感じで受け取って貰えれば俺としては嬉しいところだ。
「ヴィンクル共々――これから先、よろしくお願いしますね」
「はい。管理者殿。私に剣ではない役割を求めて下さったことは……嬉しく思っています」
静かに微笑んで手を差し出すティエーラ。パラディンも手を差し出し、握手をかわす。
「よろしくお願いしますね」
「こちらこそ」
そうしてパラディンはグレイス達にも丁寧に挨拶をして回り、自己紹介を受けていた。お辞儀をするウィズやバロールにも丁寧にお辞儀を返したり。ヘルヴォルテがほんの少しだけ口元に笑みを浮かべた。
「私にとっては……久しぶりと挨拶するべきでしょうか。改めてこれからよろしくお願いします。私も、感情については今学んでいる最中なのです」
「そうなのですか。ヘルヴォルテは確かに……私の記憶より柔らかい表情をするようになった気がします。共に色々学んで行きましょう」
「そう言って貰えると、少しは私も成長しているのかなと」
パラディンの言葉に自分の胸に手を当てて答えてから握手するヘルヴォルテである。
「ん。名前はパラディンのまま?」
と、続いてパラディンと握手をしながらシーラが尋ねてくる。
「確かに、迷宮出身のみんなに名前をつけてるし、本人が嫌じゃないならって考えてたけど」
パラディンではどちらかというと役職名に近いところがあるしな。
「代行殿に名前を付けて頂けるなら、嬉しく思います」
と、こちらに期待するような目で見てくるパラディン。マルレーンもにこにこと微笑んでこちらを見てくる。
「それじゃあ……そうだな。アルクス、なんてどうかな」
弓を意味する言葉から転じて、虹を表す言葉としても使われるが……虹は空にかかる橋として例えられたりもする。
だから番人としての弓でもあるが、橋というのはどこかとどこかと繋ぐものなので、そこから誰かとの友情や絆、それにこちらと魔界の橋渡しとして、という意味を込めたものだ。
由来を説明するとパラディンは目を閉じて名前を反芻していた。やがて真っ向からこちらを見て、頷く。
「素晴らしい名を、ありがとうございます」
と、気に入ってくれた様子だ。
「色々意味は込めたけど、みんなと良い関係を築いていければいいなって、そんな風に思ってのものだよ。パラディン――アルクスは真面目だけど、気負い過ぎたりはしないようにね」
「はい。みんなと共に考える、でしたね」
「うん」
嬉しそうに言うアルクスに、俺も小さく笑って答える。
「それじゃあ、一旦迷宮の外に出ようか」
他にもアルクスに紹介したい顔触れはいっぱいいるしな。
そんなわけでフォレスタニアの城に戻り、留守番していた動物組、魔法生物組や、シオン達、それにカルセドネ達とも引き合わせる。
「――というわけで代行殿からアルクスと名付けて頂きました」
アルファ、ベリウスは尻尾を振りながら一声上げて、ジェイクもぼんやりと目を光らせてから淡々と握手を求めていた。
やはり迷宮出身の面々は互いに仲間意識があるのか、アルクスが自意識を得た事を歓迎している節があるな。
迷宮出身以外の面々もアルクスと引き合わせていく。こちらはアルクス側が出自を知らないので迷宮出身の面々とは違い、きちんとした紹介が必要だ。初対面という顔ぶれも多い。
そんなわけで、コルリスやティール達にも丁寧に名前を名乗り、握手をするアルクスである。感情に目覚めたばかりという点ではカルセドネやシトリアと似ているが、アルクスの場合は真面目さが目立っている印象がある。
そんなわけで、カルセドネとシトリアも経緯と共に紹介する。
「感情を知ったばかりとは。私と似ているのですね」
「よろしくね」
「一緒にがんばろう」
「こちらこそ」
カルセドネ、シトリアともしっかり握手を交わし……みんなもその光景に表情を綻ばせていた。
それにマクスウェル、ライブラと……対話を経て自意識を獲得した面々だ。カドケウスやウィズもそうだが、迷宮中枢部で先に紹介済みだからな。
「うむ。主殿は丁寧に対話をしてくれるからな。これからよろしく頼む」
「魔法生物仲間が多くて嬉しく思います」
「私もです。紹介したい相手が沢山いると仰っていましたが理由が分かりました」
マクスウェルやライブラとそんな会話をかわすアルクスである。
エレナや水竜親子、セシリアに迷宮村の住人達と、城のみんなも紹介して、それからフォレスタニアの居城を一歩出たところで――。
「ああ……これは――美しい」
と、湖畔の風景に嘆息していた。精霊に近くなるようにとしたところはあるから、自然の風景などに感銘を受ける感性なのかも知れない。フォレスタニアはまあ……自然の風景というにはやや語弊があるが。
「そう言って貰えると嬉しいな」
「代行殿が作った風景でしたね。素晴らしいものだと思います」
「うん。色々見て感想を聞かせてくれるとこっちとしても楽しい。フォレスタニアだけに限った話じゃなくてね」
「はい。私も楽しみです」
うん。アルクスに関しては問題ないな。性格的にも落ち着いた印象だし、もう少し慣れてきたらマスターユニット側も動かしてみたり、段階を踏んで色々進めていくとしよう。