番外422 パラディン新生
魔法生物の核を構築し――対話する準備を進める。
迷宮核内部に知的な存在を構築するために、外部に影響を与えないよう結界で隔離してからの対話、ということになる。
これも――工房で行った時と要領は同じだ。
大きな魔法陣の中心で光を放つ球体は、パラディンの魔石に宿ることになる魔法生物の核。その周囲に今までのパラディンを構築していた情報が、光る文字のサークルとなって回転している。
そしてその向かい――小さな魔法陣の中心に、俺の意識が陣取る。ここから呼びかける事で対話をしていくというわけだ。
「それじゃあ、始めよう」
そう言うと、迷宮核がこちらのサポートを始めてくれる。魔法陣が輝きを増して――俺の意識に魔法生物が反応を示した。
周囲を回るパラディンの情報は、破損して失われた部分以外は俺と戦った個体のものだ。その時の、俺との交戦の記録――記憶も残っている。
だからするべき挨拶は初めまして、ではないと思う。
少し考えて、おはよう、と呼びかける。光の球体がぼんやりと光って――その意思をこちらにも伝えてくる。
――おはようございます。管理者代行殿。
どこか不思議そうにしながらも、同じようなニュアンスでの挨拶を返してきたのが分かった。少し戸惑っているが、挨拶されたから挨拶を返す。俺の立場を知った上で、こうしてここにいる正当性も理解している、ということのようだ。
元々自意識は薄いが戦闘のための判断能力等々はあったからな。パラディンのそれらが今の彼にとっての下地になっているようだ。だから、言語能力も最初から備えているらしい。
「今の状況は、分かるかな?」
――ガーディアン、パラディンを再構築。その上で高度な意識の形成を試みていると理解しています。
俺がティエーラの代わりにこうした作業を請け負っているのも分かる、らしい。
だから、管理者代行と俺を呼ぶのだろう。そこに俺に対する遺恨等々の感情は、全く感じられない。
任務であったから戦った。システムの不具合を復元する目的での侵入であり、今こうして立場が侵入者から管理者代行になったという経緯も……パラディンは理解している。
では、戸惑っているのはどういう理由なのか。こちらの疑問を感じ取ったのか、パラディンが答える。
――迎撃のための兵器として作られた私に、高い意識や感情を与えようとするのは非合理的では? 私は決められた規則に適合する状況や、命令があれば戦い、状況の合致や命令があればそれを止めます。感情は時に剣を鈍らせ、裏切りや間違いを起こします。故に私は、大きな意思決定を規則や管理者に委ね、ただ一本の剣であるようにと作られました。
そんなパラディンの言葉。
剣であるように……か。それはそれで、間違ってはいないのかも知れない。最初から感情がなければ、その在り方をどう思うということもないのだろうし、不満に思うこともないのだろうけれど。
「前の管理者だったクラウディアも、ラストガーディアンだったヴィンクルも……変わったからね。新しい管理者である、ティエーラの望みでもある」
長い時間を生きる者達だからこそ、隣にいる誰かとは、一緒に笑い合える友人でありたいと……そう願うのかも知れない。
それにラストガーディアンであったコルティエーラとヴィンクルは、自分達もそうであったから戦い以外の色々な事を知って欲しいと、望んだのではないだろうか。修復するという今を逃せば、パラディンはきっと、一本の剣のままだろうから。
だから――。
「どうして感情を持つ存在でいて欲しいのか。今はまだ、分からなくても仕方ないし、それでも良いと思う。でも、伝えたいことがあるから、そうしているんだ」
カルセドネとシトリアの事だってそうだ。戦いが終わって平和になって。役割が無くなってしまえば、また必要とされる時まで眠り続けるだけなんていうのも、寂しいものだ。
だから……例えば何の役にも立たないように見えても、花火を打ち上げて誰かに楽しんでもらったり、一緒に何でもない時間を過ごして他愛もないことを笑いあう事に、意味がないとは思わない。
脳裏によぎる戦いの記憶。何の為に戦うのか。その意味は。
大切な人達との日常の何気ないやり取りに思う、平穏な時間の素晴らしさ。
野原に咲き誇る花。山々の稜線。沢山の生き物が遊ぶ海の中。海の彼方に沈みゆく夕日。満点の星空――。
そういった記憶の数々と共に、その時々に思った事を感情と共に想起して、少しずつ、少しずつ伝えていく。
――感情というのは……これほどに複雑で繊細で。世界は……これほどに美しいのですか。
どこか呆然としたような。そんなパラディンの感情。混乱しないように少しずつ時間をかけて伝えたつもりだけれど。今まで知らずにいたものばかりだったから、だろうか。
パラディンの核が……その輝きを増していくのが見える。
「これは、俺が見て、感じてきたもの、だけれどね。パラディンが実際に見た時に思うこと、感じる事はまた違うかも知れない。全く同じ物が、見られるわけじゃないし。でもさ。こういうものを、パラディンとも一緒に見て、同じ時間を過ごしていけたらって。そう思う気持ちが、何となくでも伝わってくれたら、俺としても嬉しい」
これからのことだってそうだ。
魔界の門の番人。訪問者の目的をしっかりと見てから判断するというのもそうだが、魔界側にも友好的な存在がいるというのは既に分かっている。
必要な時に戦う事、戦えるだけの実力も必要だが、そのためには見定める目が必要で。ただ剣であればいい、というわけでは無いだろう。
――それは……難しい事のように思えます。戦えるだけの力と知識と、それだけの器ならばありますが。
「確かに今すぐにはね。簡単な事だとも思わない。でも――それはパラディンだけに任せることじゃなくてさ。みんなで考えるべき事なんじゃないかって思う。そうすれば、大きく間違えることもないんじゃないかな。色んな事を一緒に見て、考えていければって、そう思うよ」
俺の言葉に、パラディンが頷いたのが分かった。
――私も……世界を見たい。貴方達と共に歩んで、学んでいきたいと望んでいます。こんなにも……強い願いを抱いている自分に驚いています。剣でしかなかった私に、そうでない役割を求めてくれたことを嬉しく思う、自分を不思議に思っています。
結界越しに。手を差し伸べてくるような、そんな気配と、親愛の情にも似た穏やかな感情が伝わってきた。
こちらも、差し伸べてきた手に合わせるように意識を――手を翳す。
「次は――迷宮核の外で会おう」
――はい。代行殿。
魔法生物の核との対話は、偽りの感情を伝えることのできないもので。だからきっと、パラディンは大丈夫だ。
対話を終えると、パラディンの意識と諸々の制御術式が外に送られていく。俺も、一旦迷宮核を出て、会いにいくとしよう。
そうして。気がつくと迷宮核の外にある、俺の身体に意識が戻ってきていた。
「ん……。ただいま」
「おかえりなさい」
少しかぶりを振ってから、迷宮核の外で待っていてくれたみんなの方を見て言うと、彼女達が微笑んで迎えてくれる。
「パラディンとの対話もしてきたよ。多分、大丈夫だと思う」
そう言うと、みんなの視線がパラディンの方に集まった。既に修復と新たな器の構築は終わっている。迷宮核から魔石に制御術式を送られて――青白い煌めきがパラディンのマスターユニットとスレイブユニットに絡みついていたが……やがてその光が落ち着くと、スレイブユニットの兜のバイザーの奥に、目の光が宿る。
目蓋を瞬かせるように光が動きを見せる。うん。感情の動きだけでなく意識の状態も理解できるように術式を組んだからな。パラディンの意識そのものはマスターユニットにあるが、スレイブ側で目を覚ます、というのも予定通りだ。
そうして周囲を見渡し、ちびパラディンは挨拶をしてくる。
「――おはようございます」
「うん。おはよう」
と、先程と同様の挨拶を返すと、パラディンは目の光を笑みの形にして感情を伝えてくるのであった。




