番外421 新たなる器
さて。迷宮の新区画の番人には目星がついたというか、方向性が定まってきた。カーバンクルの能力を術式化してセンサーとして組み込むのも……恐らく大丈夫そうだ。
そんなわけでみんなと共に迷宮核へ向かう。
壊れたパラディンの制御用の中枢の修復は保留しつつも、迷宮核に今後の予定を伝えて、まずは身体部分の再生から始める。
俺の意識だけが術式の海に浮かぶ中で、迷宮核周辺の情報が照らし出される。パラディンの残骸が宙に浮かび上がり、リング状のマジックサークルで幾重にも囲われて、みんなが見守る中で修復が開始される。
「ん。何だか格好いい」
と、そんな感想を漏らしているのはシーラである。マルレーンがにこにこしながら頷いていた。
破損状況を確認。再生に必要な情報、現在の工程などが情報として俺の周囲に次々映し出される。
「再生自体は、問題無さそうだな」
そう言葉を発するように意識をすると、迷宮核が肯定するように俺の意識に信号を送ってくる。何というか、対話をしているような感覚があった。実際はテレパシーに近いのだろうけれど。
迷宮核の奪還以後、パラディンの修復処理は保留になっていたが、元々月の船の戦力であったわけで。その構成情報も迷宮核内部に保存されている。当然、単純に修復するだけならば問題はない。
そうした情報の詳細を迷宮核に送ってもらいながら、こちらの望む方向で改造するにはどうしたらいいか。その場合、どんな問題が予想されるか等々のシミュレーションを迷宮核や、五感リンクで繋がっているウィズに補助してもらいながら行っていく。
……パラディンの制御中枢――魔石には容量にまだ余裕があるんだな。後で改造や、改善の余地を残した設計か。まあ、ぎりぎりで設計となると融通も利かないし、そのあたりは当然か。
「高次自意識の形成、育成用の器への行き来と、封印術による能力の一部制限に……新しい術式の習得。それを収納する容量――。大きく改造しなくても術式周りに手を加えれば何とかなりそうだな」
容量が厳しければ必須となる術式以外は別の魔石を追加してそれに刻めばいいわけだしな。
元のパラディンのデータはそのまま残しつつ、パラディン改とでも言うべきデータを構築して保存していく。
迷宮核の外にいるみんなにも、カドケウスの通信機で何とかなりそうだと知らせると顔を見合わせて笑顔になっていた。
『パラディンの自意識形成は、迷宮核内部で魔法生物の核を形成して、そのまま対話することになるかな』
「工房で行ったことを、迷宮核内部で行うということですか?」
猫の姿で見上げるカドケウスにグレイスが尋ねてくる。
『そうなるね』
と、尻尾で素早く通信機を操作して文字を打つカドケウスである。
『後は……新区画をどうするべきか、かな。地形はパラディンの能力を活かせる方が良いけど、そもそも魔界の門を安置するのにどんな場所が良いのかは相談して考えたい』
「やはり、パルテニアラの力が高まるような場所……ではないかしら?」
と、クラウディア。
「迷宮内の月光神殿のように、パルテニアラ様への信仰や感謝の念を集める場所、ということでしょうか?」
「門の封印も、パルテニアラ陛下の力によって維持されているものだものね」
アシュレイが尋ねると、ステファニアも頷く。
「パルテニアラ女王の領地――神殿を……そうね。エレナがいるからタームウィルズよりは、フォレスタニアに作るのが良いのかしらね?」
「テフラ様の時と同じような感じ?」
ローズマリーの言葉にイルムヒルトが首を傾げた。そう。そうなるだろう。
『今度は、道筋を整えた上で、迷宮核任せじゃなくてしっかりと指示をしてパルテニアラに沿った新区画を作る形になるだろうけどね』
区画の要になるのが魔界の門になるよりずっと良いだろう。
魔界の門への対策は――区画を作って、後から特性を与える事も可能だ。だから、エレナやパルテニアラと相談しながらというのが良さそうだな。実例として四大精霊殿や月光神殿もそうした作られ方をしているし、俺の場合は迷宮核に直接アクセスできるという強みもある。
区画については……それで良さそうだな。基本の方向性だけは迷宮核に予定として伝えておく。パルテニアラの領地をこちらに作って、意図しない区画の生成をされては困るからだ。
では、引き続いて――パラディンの育成用の器の設計に移っていこう。
これはマクスウェルやアルファの日常生活用の器と同じようなものを想定している。パラディンがマスターならこちらはスレイブユニットだ。
五感リンクで自分の身体のように動かす事ができて、味覚等々の感覚器を備える、という寸法である。食べ物を経口摂取して魔力補給できる点も同じだ。
ティエーラやヴィンクル達と共に、日常生活を楽しめるようにというわけだ。パラディンの元の身体のスペックは高過ぎて日常生活には向いていないからな。グレイスも封印を解いている間は日常生活では力加減に苦労しているし。
光のフレームを思考によって操作して、見た目をデザインしていく。
小型にはしたが、装甲を外した素体は元の大きさの縮尺に合わせたものだ。
自分の手足等々の長さが変わると元の身体に戻った時に感覚に齟齬が生じるからだ。だが、縮尺で比率を変えただけならば違和感が出る事は少ない、という寸法である。
但し……もう少し日常生活に溶け込めるよう、愛嬌のある姿にしておく。
バイザーを取り付け、その奥に円形の目が光っているようなデザインだ。感情によって目の形状を変えて喜怒哀楽を表現できるような機能を搭載。これなら意思疎通がしやすくなるだろう。
装甲も尖った部分は丸くしたり兜や手足の装甲の一部を大きくしたりして――何となく見た目だけはデフォルメされているような印象にしていく。
そうして光のフレームにより、ちびパラディンとでも言うべき器が姿を現していった。
通常のパラディンより小型だが、浮遊できるようにしておけば運動性能等々も問題あるまい。元々パラディンも空を飛んでいたし、日常的に飛行ができる方が良い。
フレームに着色して、迷宮核の外に立体像を投影。みんなに見せて意見を聞いてみる。
『日常生活用の器も、姿を考えてみたんだけどどうかな? 大きさも原寸大。頭部や手足は大きく見えるけど、装甲の下の素体は縮尺を小さくしただけで、元の身体に戻っても違和感なく動けるようにって考えてる』
立体像の手足を動かしたり、浮遊して動くところを見せたり。目の光を動かして表情を見せてみたり。
「ふふ。また……随分と小さくなりましたね」
「日常生活用だし、威圧感は必要ないものね」
それを見たグレイスやクラウディアが微笑む。
「目が可愛いね!」
と、それを見たセラフィナが笑顔になって、ヴィンクルと一緒に飛んでいく。ヴィンクルも嬉しそうに声を上げて、立体像の周囲を飛び回る。後で実際に会った時の事を想像しているのかも知れないな。丁度今のヴィンクルと同じぐらいの身体の大きさだ。意図して縮尺を近いところに合わせた部分もあるが……喜んで貰えて何よりである。
「見た目は随分可愛らしくなりましたが……実は縮尺を変えているだけというのは面白いですね。この身体での生活を、喜んでくれると良いのですが」
ティエーラが微笑み、コルティエーラも肯定するように明滅していた。
『それじゃ、問題なければこの姿で作っていこうかな』
迷宮核に指示を出して、パラディンの新しい身体を並行して構築していく。これらの作業が終わったら……そうだな。魔法生物の核との対話に移っていくとしよう。