番外418 視察と準備と
フォレスタニアの街は平和だが活気のある様子であった。
内訳は以前と変わらず。観光客と冒険者、行商に来ている商人が多く、中々賑やかな様子だ。俺達が帰って来た事を祝して安売りをしている行商人もいたりして。
馬車であちこち視察して回るが、動物組も同行していたりするので俺の移動についてはまあ、バレてはいるのだろう。
とは言え家紋のついた馬車ではない。騒動になって欲しくないというこちら側からの意思表示でもあるが、フォレスタニアの住民も訪問者もそのへんの機微は分かっていて、気付いたら会釈したり騒ぎにならない程度に噂話をしたり、という程度の反応だ。この辺はフォレスタニアに限らず、暗黙の了解的なところがある。
というか、コルリスやティールあたりは普通に手を振ったりして冒険者達も笑顔で手を振り返したりしているしな。
コルリスは旧坑道に食糧調達に行く機会も多いので、普段から冒険者達と良好な関係を築いておくという方針だったりするのでこのへんは問題ない。マギアペンギンも生息地こそ明かされていないものの、友好的な魔物として周知できる部分があるし、俺達の立場も明確になる。
「あれが噂の、境界公家の使い魔か……。確かに、装飾品にご家紋の刺繍がされてるな」
「ああ。お前はタームウィルズに来たばっかりで、見るのは初めてなのか。仲良くしといた方がいいぞ。俺の知り合いは旧坑道で魔物の群れから助けてもらった上に、魔道具で治療までしてくれたって言ってたからな」
「ああ。お礼に鉱石を渡したら喜んで、次から挨拶してくれるようになったってさ」
そんな仲間達の言葉に、冒険者の一人が目を瞬かせる。
「いや、何から突っ込んだらいいのか分からないんだが……。えーと、魔物が魔道具を……?」
「境界公の使い魔は大体そうなんじゃないか?」
そんな仲間の反応に楽しそうに笑う冒険者達である。
うむ。街中の噂話や反応等々を見た限りでは、コルリスについてのあれこれは冒険者達との関係も良好な印象で、結構なことである。
そんな調子で街中の様子も一通り確認してからタームウィルズへと向かう。
みんなと共にまずは工房に移動し、それから俺だけ王城に報告へ向かうというわけだ。ビオラ達は既に来ていたが、アルフレッドはまだ姿を見せていないらしい。とすると……王城で結婚式の件で話を進めているのかも知れないな。
「では、みんなでお茶を飲みながらのんびりしています」
「ふふ。アピラシアちゃん用の小物を考えたりするのも楽しいですからね」
グレイスの言葉にエルハーム姫が笑い、アピラシアがこくこくと頷く。みんなもリンドブルムの背に跨って王城へ向かう俺を笑顔で見送ってくれる。
「行ってらっしゃい、テオドール」
「うん。行ってくる。戻ってきてからのそのへんの話も、楽しみにしておくよ」
クラウディアの言葉にそう言って。リンドブルムが翼をはためかせて上空へ舞い上がった。
王城へ移動して練兵場広場に降りる。報告に向かう旨は通信機で知らせてあったので、すぐに女官がやってきて王の塔のサロンへ案内してくれた。
「おお。待っておったぞ」
「テオドール公も奥方達も、無事だったようで何よりだ」
「や、テオ君」
と、メルヴィン王と共にジョサイア王子とアルバートが笑顔で迎えてくれた。
「お待たせしました。今回のベシュメルク王国への潜入についての報告に参りました」
「うむ」
大体の経緯は定時報告という形で伝わっているし、何より事件も解決しているから優先度や緊急性は低めだが……通信機で伝えたものと正式な口頭での報告とは、やはり違うからな。
「では――」
というわけで、椅子に腰を落ち着けてお茶を淹れてもらったところで、今回の旅の一部始終を話していく。
ホルンの力を借りて夢の世界で情報収集したこと。エレナの知る時代から変化したベシュメルク。城の中で見たもの。スティーヴンとマルブランシュ侯爵、ガブリエラ……。パルテニアラとの会話。そして、ザナエルクやディアドーラ達との戦い。
戦いの後の――クェンティンやデイヴィッド王子を中心にした新しい体制の話。
俺の説明にアルバートからも補足を交えつつ、それら諸々を話し終えると、メルヴィン王とジョサイア王子は静かに頷く。
「戦いについては詳細には報告を受けておらなんだが。相当な激戦であったようだな」
「若返りに加えて負債に形を与える呪法とは……」
ザナエルクの使ってきた呪法であるとか、どんな戦いになったとか、詳細までは文面で伝えられないところもあったからな。
「そなたの傷は……大丈夫なのか?」
「大魔法の衝突を支える際の過負荷が主なものでしたので……。もう完治しておりますよ」
「……うむ。それを聞いて安心した。そなたには……また矢面に立たせることになってしまって済まぬと思っておる」
「いえ。魔界に関しては世界規模での大事になりかねませんでしたからね。個人的な心情としても、ベシュメルクには因縁浅からぬところがありましたし」
そう答えると、メルヴィン王はこちらを真っ向から見据えて言う。
「だが、そなたの決死の戦いによって平穏が齎された事を、余は決して忘れはせぬぞ。望みのものがあれば可能な限り希望に沿うようにしよう」
「ありがとうございます。とはいえ、領主の身で行動に自由を許して頂いて、後方支援まで手厚くしていただいている時点で、既に色々と便宜を図って頂いておりますからね。それに、今回は同盟という枠組みで動いてもいましたので」
それにベシュメルク王国の宝物庫から色々貰ってきてもいるしな。
というわけで俺からの報告に関しては以上だ。褒賞等々については今すぐどうこうというわけでなく何か必要になった時に、ということでメルヴィン王は納得してくれたようである。
「ふむ。では……これからの話を確認しておくか。同盟各国の王達、ベシュメルク王国の重鎮達を招き、宴の席を設ける事となる。これは此度の一件の慰労という目的もあるが、ベシュメルクの同盟の加入と国交の樹立を記念するために、ということになるか。暴君とはいえ先王が崩れている故、祝して、とは言えぬところがあるな」
それは確かに。日程についてはクェンティン達が数日王都を留守にできる程度に安定したら、ということで話をしていたが……まあ、それだけでなく、各国の王達も予定を立て、それに合わせて歓待の準備をしてという諸々がある。
とは言え、幸いな事に肝心のベシュメルク側については、落ち着いていると連絡が来ているので後は日程を調整していけばいいだけだろう。
転移港があるお陰でそうした調整もしやすいし、恐らく数日中には具体的な日程も決まって準備もなされていくのではないだろうか。
「僕の結婚式についても話を進めていたけれど、日程的には歓待より後になるのは間違いなさそうだね。政治的なしがらみはあんまりないと思っていたけど、気が付けばテオ君との繋がりで、あちこちに知り合いが増えていたからねえ」
と、苦笑するアルバートである。まあ、そのへん目立たないようにしてきたアルバートとしては誤算だったのかも知れないが。今となってはそうしなければならなかった理由も過去のものだ。
「工房関係者もだけど、魔道具を提供してる各国の関係者も招待っていうことになるのかな」
「そうだね。だから列席者も結構なことになりそうでね。今度の歓待の席は国内外から人が集まるし、そこで話を通してしまえば丁度良いんじゃないかって」
なるほどな。となると、こちらも結婚式の演出について構想を練りつつ、迷宮絡みの仕事を進めていくというのがいいだろう。