番外414 新しい日々の幕開けを
宴会の席も盛り上がり、明けて一日。
大公家の別邸にて羽を伸ばして過ごさせてもらい、俺達ものんびりとした朝を迎えたのであった。
「いや、楽しませてもらいました。領民も伸び伸びとしていて、海も綺麗で食事も美味しいとなれば……また遊びに来たいものです」
「ん。この街は良い」
そんなシーラの言葉に、フィリップからも笑いが漏れる。
「はっは。そう言って頂けると嬉しいものですな。勿論、何時でも歓迎しますぞ。まあ、私もこの街に常駐しているというわけではないのですが」
遅めの朝食後に寛ぎながらそう言うと、俺の言葉にフィリップが笑顔で応じる。
フィリップはデボニス大公の後嗣だし、大公もそろそろ引退を考えているという話だからな。そうなってくるとフィリップもこれから色々忙しくなってくるのではないだろうか。
「私としてはブロデリック侯爵のお膝元も気になるところではありますな。ハーピー達の劇場については盛況という話を聞きますが?」
「そうですな。境界公とヴェラ殿達のお陰で繁盛しておりますよ。ドワーフ達を中心に、領民達も日々の励みが出来たと、活力に満ちていると言いますか」
「それは何よりです。ハーピー達の呪歌も聞いていて心地よいですし……種類によっては疲労を軽減させて、力も湧いてくると言った効果もありますからね」
と、俺の言葉にマルコムは相好を崩して頷いていた。
「ほうほう。それは興味深い。仕事で疲れた時は転移港を通って骨休めに行くのも一興ですな」
「勿論、フィリップ卿ならいつでも歓迎しますぞ」
「それは楽しみです」
と、フィリップとマルコムはそんな話をして盛り上がっていた。
一方で俺達もタームウィルズに戻っての報告等々もあるので、何日も滞在というわけにもいかない。
休暇というにはやや短いが、フィリップやマルコムとも顔を合わせて、再会を喜ぶ事も出来たし、南国の港町の雰囲気や食事等々も楽しませてもらって、良い具合に肩の力を抜くことができたと思う。
なので、朝食をとってのんびりとしたらタームウィルズへの帰途に就く予定なのだ。だからまあ、必然的に食後の茶の席での会話も、こうした内容のものになる。
「また来たい、ね」
「うん。楽しかった」
カルセドネとシトリアにとってもここで過ごした時間は楽しいものだっただろうか。そんな風に顔を見合わせて頷き合う2人に、フィリップやマルコムも穏やかに微笑むのであった。
食後の茶の時間をのんびりと過ごし、それが終わったところで帰り支度を進める。
と言っても別邸に持ち込んだのは着替え等の手荷物程度で、後はここで手に入れたお土産が少し増えたぐらいのものだ。シリウス号に積み込むのには然程の時間はかからなかった。
そうして船に乗り込み、忘れ物はないか、人員は揃っているかなどの点呼を終えて、見送りに来てくれたフィリップとマルコムに向き直る。
「では、そろそろ出発しようかと思います」
「道中お気をつけて。タームウィルズでまた後日再会致しましょう」
「ありがとうございます。僕からもお二方の道中の安全を願っておりますよ」
「はっは。私達は転移港で移動する事になります故、ご心配には及びませんぞ」
といった会話をかわす。
ベシュメルクとの正式な国交が開かれれば、貿易その他で国境を接している大公家とブロデリック侯爵家の果たす役割は重要なものとなる。
故にクェンティン達の訪問に合わせて2人も後日タームウィルズを訪問してくる予定だ。
シリウス号に乗り込んだところで、船体がゆっくりと浮上を始める。
見送ってくれるフィリップ夫妻、マルコム夫妻達、そして領民達からも手を振られ、こちらも手を振り返し――そうして俺達は南の港町を後にしたのであった。
タームウィルズを目指してシリウス号が進む。空から見える景色はやはり、カルセドネとシトリアにとって物珍しいのだろう。ここまで来た時と同じように、食い入るようにモニターを眺めている。
「あれは、何?」
「……山羊。私の本にも……描いてある」
「ほんとだ。同じだ」
と、ページをめくって山羊の絵を見せるシグリッタ。カルセドネとシトリアはモニターとシグリッタの絵を交互に見比べて感心したように頷いていた。
といった調子で、モニターの拡大機能を使って、時折眼下に気になるものが見えると質問したりしていた。外に出たばかりで色々珍しいというのはシオン達にも覚えがあるからか、カルセドネとシトリアに対しては親身になっているようだ。
面倒見が良いのは大変結構なことだ。エレナやフォルセトもそんな様子を微笑ましそうに見守っていた。
イルムヒルトの奏でるリュートに合わせて、足をぶらぶらと動かしながら歌うセラフィナの声も響く。そんな和やかな空気の中でシリウス号は進んでいく。
タームウィルズのある北西方向へと向かうにつれて、段々と植生なども見知ったものになっていく。やがて――遠くに王城セオレムの尖塔が見えてきた。
「あれが王城セオレムですよ」
「迷宮が作ったんだって!」
「こんなに遠くから見えるんだ……!」
「すごい……!」
楽しそうに告げるシオンとマルセスカの言葉に、カルセドネとシトリアのテンションも上がり気味だ。近付くにつれて全容が明らかになっていく王城セオレムに、2人は感嘆の声を上げる。
街道を行く人々に手を振られたりしながらも、シリウス号は造船所へと。ゆっくりと下降して停泊する。
「おお、テオドール! 戻ったか!」
タラップで造船所に降りるとメルヴィン王が笑顔で出迎えてくれた。
「これは陛下。ただ今戻りました。お待たせしてしまったようで恐縮です」
と、みんなと共にメルヴィン王に挨拶をする。
「いや、通信機で伝えてきた頃合いぴったりであるからな。こちらとしても予定を組みやすかったぞ。うむ。皆壮健のようで、顔を見て安心した」
そう言ってメルヴィン王はにやりと笑った。
航行速度と距離から到着時間を割り出し、通信機で何時頃に到着すると連絡を入れてあったのだ。なので執務の合間を縫って出迎えにくるのも簡単だったとのことで。
「ありがとうございます。まだ門の移送や調査等、課題が残ってはおりますが。喫緊の危険性は去ったものと存じております。後程王城にて、詳しい経緯を報告させていただきたく存じます」
「うむ。ベシュメルク王国とも、今後は良い関係を築いていきたいものだ。報告については、旅の疲れを取ってからでも構わぬぞ。通信機で経緯は聞いておるからな」
「ありがとうございます」
俺の言葉にメルヴィン王は笑顔で頷く。
「お帰りなさい、アル」
「ただいま、オフィーリア」
「お帰りをお待ちしておりました」
「ああ。カミラ。今帰ったよ」
アルバートとエリオットにもオフィーリアとカミラが迎えにやって来ていて。お互い笑顔で手を取り合い、再会を喜んでいた。
それからオフィーリアとカミラは俺達の方に向き直り、丁寧に一礼してくる。
「アルの顔を見て安心しましたわ。ありがとうございます」
「こうして無事に夫と再会できるのも、境界公のお陰と存じております。境界公はいつも将兵をいたわり、被害を減らすように動いてくださいますから」
「アルバート殿下とエリオット伯爵には僕の方こそ助けられていますよ。エリオット伯爵に関しては、偏にご本人の武勇が優れているからでしょう」
と、そんな風に苦笑して答える。そうしてオフィーリア達と、アシュレイやみんなも再会を喜び合っていた。
「いやはや、タームウィルズに戻ってくると安心するものでござるな」
「エベルバート陛下やジルボルト侯爵にも顔向けできるというものです」
イチエモンやエルマー達はそんな風に言って笑い合っていた。イチエモンやエルマー達は――一旦国元に帰る予定だ。今回のベシュメルク行きに加わった功労者という扱いで、後日またタームウィルズを訪問してくる予定ではあるが。この後解散して一旦お別れともなると名残惜しいものも感じてしまうな。
「本当――帰ってくると安心しますね」
そんなグレイスの言葉にみんなも穏やかに笑って、しみじみと頷いていた。
だが、エレナやカルセドネ、シトリアやアピラシアにとっては新しい日々の幕開けということになるのか。彼女達にとっても安心してもらえる場となるような。そんな楽しいものにしていけたらと、そう思う。