番外409 夏の港町にて
食事の用意はフィリップが別邸側で進めてくれるとの事なので、それを楽しみにしつつ俺達は街に買い物に行ったり浜辺を散策したりしてこようという話になったのであった。
というわけでシリウス号は別邸の近くに停泊させ、そのまま部屋に案内してもらい、着替え等々の手荷物を置いたら大公の用意してくれた大型の馬車で港町に出発である。
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
「留守番よろしくね」
と、洋館の庭の、噴水周辺に腰を落ち着けている動物組にステファニアと共に声をかけると、ラヴィーネがこくんと頷き、コルリスやティール、ヴィンクルやアピラシア達はこちらに向かって手を振ってきた。リンドブルムも軽く尻尾を手の代わりに振っていたりするし。行ってらっしゃいという事だろう。
そんなわけで、みんなで街へ繰り出す。
道は良く整備されていて大通りは広々としている。
また外洋に面しているので他国の侵攻も想定した拠点ということで、大公の治安維持といった管理も行き届いているのか、兵士達の巡回もしっかりとしているようだった。
といっても住民は息苦しそうにはしていない。
俺達が訪問中なのでそれが話題になっているのか、兵士に質問している住民達が多いようだが、笑って受け答えしているあたり、住民との良好な関係が窺える。このあたりは大公が軍規を徹底していて兵士達が規律正しいという証左だろう。
ややこちらに注目されているのは、まあ、仕方がない。
「ん。屋台の串焼きの良い匂いがする。でも、夕食までは我慢」
「ふふ。ここの食事もシーラの好みだものね」
と、シーラがそんな風に漏らして、イルムヒルトがくすくすと笑っていた。ここも海の幸がメインだからな。シーラにとっては喜ばしいが誘惑も多いようで。
やがて御者が馬車を止める。案内してもらったのは水蜘蛛の糸を使った衣――水着も扱っている仕立て屋らしい。近隣の人魚らと取引があるという事なのだろう。フィリップの紹介なのでしっかりした店なのだろう。
馬車から降りて、改めて街を見てみれば――。岸壁を掘るようにして壁面に家があったり、比較的緩やかな斜面に家が建って上の方へ街が続いていたり。上を見上げれば切り立った崖のすぐそばまで家が建っていたりと……高低差を活かすような作りをしているのが面白い。
それに、結構南の方なので椰子の樹といった南国系の植物が生えていたりして。
「改めて見ても、面白い街の作りですね」
「そうだね。崖の上下で一つの街っていうのは」
グレイスの言葉に答える。やや行き来が大変そうではあるのは否めないが、それも含めて味なのかも知れないな。
そんな会話を交わしつつ、仕立て屋に入る。
「いらっしゃいませ」
と、仕立て屋を営んでいる夫婦が丁寧に挨拶をしてきた。セラフィナを連れていたりするので少し驚いた様子だったが、大公家の馬車が通りにあるので、そういうこともあるかといった感じで気を取り直してこちらに笑みを向けてくる。
「こんにちは。ええと。彼女達に水蜘蛛の衣を探しに来たのですが」
そう言って、水着を持っていない面々――エレナとカルセドネ、シトリアを紹介するように夫婦に引き合わせる。ちなみにコマチは水着等々も東国にはなくて知らない素材ということで既に入手済みとのことだ。
「まあ、可愛らしいお嬢様方ですね。どうぞ、こちらへ」
奥さんの方が前に出てエレナ達を案内してくれる。
「よしなにお願いします。遊泳で使いたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「そうですね。人魚達の織った生地は水に強いというのもありますが、伸縮性に富んでおりますので。合わせなくてもある程度作り置きができるという利点がありまして。余暇で遊びに来て下さる貴族の方々からも要望も多いので、完成品を置いてありますよ」
エレナが尋ねるとそんな答えが返って来る。
遊びに来る貴族というのは南東地方に居を構える大公家の家臣や、その派閥の貴族達の事だろう。確かに海も綺麗で風光明媚だし、海の幸も楽しめる。平和も続いている事を考えれば確かに、遊びに来るには良い場所かも知れない。
「人と交易して地上の品を手に入れる、というのは南方の人魚達も同じのようね」
「そうですね。お酒や魔石を欲しがることが多いですよ。西北の人魚の国とは、境界公のご活躍のお陰で関係も良好で、その噂も伝わっておりまして。南方の人魚達もヴェルドガル王国には以前にも増して好意的なのです」
クラウディアの言葉に店主が笑顔で答えてくれる。
……なるほど。グランティオスとは別の勢力に属する人魚達だろうけれど交流があるのか。それとも地上経由で噂話が伝わったからか。
「意外なところで影響が出ているものね」
ローズマリーが羽扇で口元を隠しながら言うと、マルレーンもにこにこしながら元気よく頷く。良い影響だから喜ばしいということだろう。
「……失礼ながら。よもや境界公と奥方様達では?」
大公家の馬車でやってきているが、俺の訪問については通達が行っているので思い当たる節があったのだろう。
「ああ。そうです。申し遅れました」
「おお……。それは知らぬ事とは言え、気が付かずにご無礼を」
「いえ、そんなことは。旅先で無用な緊張を与えてしまうのもどうかと思うので。客として普通に扱って貰えれば僕としてはそれで良いと考えていますよ」
「そうでしたか。ですが、お陰で商売が繁盛しておりますので、お礼の言葉は伝えておきたく思います」
そんな風に感謝の気持ちを伝えてきた。
「それは何よりです」
と、こちらも苦笑して答えておく。
そうこうしている内に、エレナ達の水着選びも終わったらしい。エレナはパレオのついたセパレート型。カルセドネ、シトリアは揃いのワンピースを選んだとのことで。
「後は、普段の服?」
「どういうのが良いのか、よく分からない」
「でも、色んなのがあって、面白い」
「それに、綺麗」
と、カルセドネとシトリア。
2人の衣服は鎧を除けば武官用のサーコートで、外に出ない時は飾り気のない白い貫頭衣ぐらいしか持っていなかったそうで。そのあたりの日用品についてもガブリエラから頼まれている。
「それじゃあ、私達で似合いそうなものを選ぶというのはどうでしょう」
「いいの?」
「分からないから、教えてくれると、嬉しいな」
「楽しそう!」
微笑んで言うアシュレイの言葉に、カルセドネとシトリアが頷き、それを受けてセラフィナが声を上げる。
そうして、みんなで楽しそうに2人に衣服を重ねて合わせてみたりして、これが似合いそう。それならこれも似合うのでは、といった具合に楽しそうに盛り上がっていた。
因みに、カルセドネとシトリアについてはこれから入用だろうということで、ベシュメルクに仕える高位武官扱いとして相当する禄が支払われている。
2人ともスティーヴン達の生き方を見て自意識を取り戻した事もあり、自分の分は自分で払うという考えに感銘を受けている。一方的に世話になるような形は望まなかったらしい。
だから今まで高位武官として仕えていた分を正当な賃金として支払う、という理屈ならば、2人も納得したというわけだ。
そのあたり……ただ働きさせていたザナエルクとディアドーラが悪辣だったと言ってしまえばそうなのだが。そのせいで纏まった金額を手にしているというわけである。
いずれにしても2人は金銭的価値観であるとか世間の常識には疎いので、そのあたりは注意して見ておく必要があるが……。そうだな。買い物等々を通して色々知ってもらえればという気もする。
その点について言うと、水着は素材が素材なので結構値段の張る品だ。というか、この店もフィリップの紹介なのでしっかりとしたところだし、当然、置いてある衣服も上等な仕立てだったりする。
一般人の生活費の相場等を基準として学ぶには……分かりやすいところでは、さっき通りで見かけた屋台で串焼きを買ってその時に話題にしてみるというのはどうだろうか。
「――というわけなんだけど。後で少し屋台にも寄り道もしようか」
「ん。それは良い。必要だから仕方のない事」
そんな考えを説明すると共に提案をしてみると、そんな風にシーラが目を閉じてうんうんと頷くのであった。