番外407 ベシュメルクからの帰途
そんなわけで、早速ではあるが宝物庫から戻り、アピラシアとみんなをお互いに紹介する。翻訳の魔道具もあるので魔力供給をせずとも意思疎通は可能だ。
「よろしくね」
「はじめまして」
と、カルセドネやシトリアがアピラシアと握手をする。
「ふふ。蜜蜂はもこもこしていて可愛らしいですね」
と、シャルロッテもにこにこしながらアピラシアと握手を交わしたりしている。
何でも昔、シルヴァトリアで養蜂家のところに見学に行った事があるそうで。滅多な事では刺さないと教えてもらって実際に手に一匹とまらせたり、蜂蜜を貰ったりした思い出があるとのことだ。
「シルヴァトリアの蜜蜂と、南方の蜜蜂は種類が違うのよ。寒さに強い種で越冬ができて……他の蜜蜂に比べても、特に人懐っこくて大人しいと言われているわ」
と、ヴァレンティナが教えてくれた。
「越冬で養蜂家が世話もするのであれば、それで人との関わりが深くなるからかも知れんな。こちらの野生種の中には気難しくて攻撃性が強いから養蜂には向かないものもいる」
ファリード王がそんな風に言った。
「なんだか、蜜蜂も地域によって色々な違いが見えて面白いですね」
「各国の者達が集まればこそよな」
俺の言葉にイグナード王が笑い、アピラシアも自分は魔法生物だが元になった蜜蜂の話には興味があると、そんな風に答えながらこくこくと頷いていた。
そんなちょっとした雑談を交えながらも、アピラシアは丁寧に挨拶と自己紹介をしていく。動物組や魔法生物組、精霊や妖怪達ともしっかり握手を交わすのであった。
「さて。では、私達は一足先に国元に戻ることにしよう」
「ではまたヴェルドガル王国で。テオドール殿」
それからしばらくして――王都の外門のすぐそばに俺達の姿はあった。飛行船に乗り込むヨウキ帝、シュンカイ帝からそんな風に別れの挨拶を受ける。
「我らもあまり里を長く留守にしているわけにもいかぬしな」
と、オリエが言うと、御前やレイメイも同意していた。
「次は、デイヴィッド殿下やクェンティン殿下を同盟にお迎えする時ですね」
「うむ。その点、気軽にヴェルドガル王国と行き来できるのは良い」
俺の言葉に、エルドレーネ女王がそう言って微笑み、イグナード王、ユラやゲンライと言った国際色豊かな面々も同意するように頷く。
タームウィルズに戻ってから、改めてベシュメルクの面々を招待し、同盟各国と共に歓迎するということになっている。
同盟への加入を祝うことで、ベシュメルクの体制に変化が生まれたというのを内外に知らしめることに繋がっていく、というわけだ。国交が開かれるのでそれに付随する話も色々と交わされる予定である。
「しかしまあ、空の旅の道行きだ。帰りの道中も退屈せずに済むな」
「全くだ。後詰めとしてこちらに向かってくる際も有意義な話ができたからな」
「ふふ。それではね、テオドール。また会いましょう。デボニス大公やブロデリック侯爵にもよろしくと伝えておいてね」
「はい。またお会いしましょう。伝言は伝えておきます」
と、レアンドル王、ファリード王、オーレリア女王達とも一時の別れである。
転移門で先に帰る事も可能だが、飛行船での道中でも話をして得られる事もあるというわけだ。飛行船団なら道中の戦力も減らさず、互いの安全も確保できるしな。
「気を付けて帰って来てね」
「皆も、今度はフォレスタニアに遊びに行きたいと言っていた」
「ありがとうございます。いつでも遊びに来てください。歓迎しますよ」
セイレーンのマリオン、ハーピーのヴェラともそんな言葉を交わして、手を振りながら船に乗り込んでいく。
やがて、点呼も終わり。戦いに駆けつけてくれたみんなを乗せた飛行船団がゆっくりと浮上して。甲板から姿を見せるみんなに手を振って。
そうして飛行船団はタームウィルズへ向かってゆっくりと遠ざかって行った。
「飛行船に乗って去っていく人達を見送るのは、いつもと逆で……不思議な感じですね」
「何だか、名残惜しいですね。見送ってくれる人達はこんな気持ちだったのでしょうか」
「あー。そうだな。いつも見送られる側だったし」
グレイスとアシュレイの言葉に頷く。人が少なくなると静かに感じてしまうところもあるしな。
俺達も……もう少ししてから帰途につく予定だ。
王達は直接タームウィルズへ移動して転移港から帰る予定だが、俺達は道中少し寄り道をして、今回の一件でバックアップをしてくれた大公やフィリップ、マルコムにも挨拶をしていく予定なのである。
俺達が潜入調査をしている間、飛行船団の面々はベシュメルク国内のどこにでもすぐに援軍として駆けつけられるよう、デボニス大公領やブロデリック侯爵領を後方一時待機の為の拠点としていたわけだ。そうして国内事情が判明し、決戦の場所など目星がついたところで援軍として飛行船を飛ばして駆けつけてきてくれたわけだが。
フィリップやマルコムはその間、後詰めの面々への食事や寝床の提供等、色々と動いてもらったからな。マルコムも一仕事終わって、俺達がフィリップの待機している断崖の港町に立ち寄ると聞いて、合流して少しだけ休暇を取るという話になっているそうで。
まあ……各国の王を迎えるとなるとフィリップもマルコムも心配事の種は尽きなかっただろうし、羽を伸ばしたいのだろう。メルヴィン王、エベルバート王ものんびりしてくると良いと、笑っていた。
なので俺達もフィリップのところに立ち寄り、約束通りあの港町の海に遊びに行ったりしようなんて話も出ていたりするわけだ。
そうして。俺達も帰り支度を整える。
パルテニアラとガブリエラ。クェンティンとコートニー夫妻、マルブランシュ侯爵とロジャー。バルソロミューといったベシュメルクの重鎮達に加え、スティーヴン達に、顔見知りになったベシュメルクの兵士達といった面々が見送りに来てくれる。
エレナは――最初から俺達に同行することになっている。
「まあ、またすぐに会うことになるだろうが……こっちの事は心配しなくても大丈夫だ」
スティーヴンがにやりと不敵に笑うと兵士達も真剣な面持ちで頷く。
ベシュメルクから国外の勢力が不在となるわけだが……スティーヴン達もいるし反乱、脱走等々の心配はとりあえずないだろう。裏の事情を知っている実力者はオルディアの能力封印、封印術、隷属魔法と、三重もの封印処置を施されてしまっているわけだし。
「うん。頼りにしてる」
「それは、僕達のセリフのような気もする」
「ああ。これからもよろしく」
レドリックとそんな風に笑って受け答えする。
薬は作り置きを渡したのでしばらくは大丈夫だろう。とはいえ、帰ったらいつでも転移港でスティーヴン達とも会えるし、その予定ではあるのだが。
それでもスティーヴンのところの子供達はラヴィーネやコルリスやティールやリンドブルムやベリウス達に抱きついたりして、名残惜しそうにしていた。
コルリスがぽんぽんと、子供達の背中を軽く撫でていたりして。
「カルセドネとシトリアの事をお願いね」
「2人には、外の世界を見せてあげたいものね」
「なら、テオドール達に頼むしかないかなって」
と、イーリスとユーフェミア、エイヴリル。
「ああ。港町も結構綺麗なところだし、いい刺激になるんじゃないかな」
「ん。泳げなくても魔道具で浮かんでられるから安心」
「しっかり見ているから安心してね」
シーラとイルムヒルトがそんな風に答え、マルレーンも自身の胸に手を当ててにっこりと笑う。
そんな面々を見てクラウディアがくすくすと笑った。小さな子との接し方に慣れている面々も多いしな。イーリス達にも安心してもらいたいところだ。
「行ってくるね、おねえ、ちゃん」
「海、見てくる」
そんなイーリス達の言葉に答えると、カルセドネとシトリアもこくこくと頷く。
カルセドネとシトリアについては社会勉強ということで一足先に俺達に同行するということになっている。状況が落ち着けばまたスティーヴン達と一緒に過ごしたりという時間も増えるだろう。
「国内情勢は……大丈夫だろうと見ております。地方領主達も先王の体制からの変化は望むところでしょうし、政治的な駆け引きはあるにしても、武力面で滅多な事はありますまい」
「ましてや、今の中央の体制は同盟各国の後押しもありますからな」
「中央の将兵達も協力的ですし、安定していくと見ておりますよ」
というのはクェンティンとマルブランシュ侯爵、バルソロミューの言葉だ。
「皆さんがそう仰るのなら安心できますね」
ステファニアがそう言って頷き、クェンティン達も笑って応じる。
「ソレニ、通信機、水晶板モアルカラ、安心!」
と、ロジャーが声を上げて、一同から笑いが漏れていた。そうだな。なにかあればすぐに駆けつけられる。
「それじゃあ、エレナ様もお気をつけて。私も海に行きたかったけれど、今回はタームウィルズの海を楽しみにしておきますということで」
「はい、ガブリエラ様。タームウィルズでお会いしましょう」
ガブリエラとエレナはお互いの手を取って、別れの挨拶をしていた。そんな巫女姫達の姿に満足そうに目を閉じて頷くパルテニアラである。
「妾もな。門の移送が成れば、タームウィルズやフォレスタニアに出没することも増えると思うが、その時はよろしく頼むぞ」
「そうですね。その時を楽しみにしています」
「ふふ。ティエーラ様やアウリア殿にも遊びに行くと約束をしたのでな」
と、パルテニアラ。うむ。何やら交友関係が広がっているようだが。
「バロメッツの苗木も、次会う時にですね」
「期待しているわ」
ガブリエラの言葉にローズマリーが頷いていた。
「私もノーブルリーフを見るのが楽しみです」
「植物園も是非見ていって下さい」
マルブランシュ侯爵とも農地関係で約束をしているからな。
そうして。名残を惜しみながらみんなで船に乗り込んで。点呼を終えたところでゆっくりとシリウス号が浮上する。甲板から手を振るとみんなも手を振り返してくれて。ベシュメルクの兵士達は敬礼を。王都の住民達も手を振って見送ってくれる。
そんな風にして……知り合った沢山の人達に見送られて、俺達はベシュメルクを後にしたのであった。