番外403 呪法王国の解放
宴の夜から一夜明けて――。
俺が今回ベシュメルクでするべき事は、後は転移門を作る事ぐらいになっただろうか。
本来なら建材の用意等々も必要だが……王都の外にサルヴァトーラを囲っていた外周部分が残っていたりする。
サルヴァトーラが起動した後は、後で再利用する予定があったのか、パーツごとに整理されて置かれているようではあるが、規模が規模なのでそのまま手付かずになっているようで。
あれらを片付けがてら、転移門用の建材として再利用が可能かどうか、朝食を済ませてからクェンティン達に聞いてみる。
「――陽の光を受けて王都に魔力供給をしているというような話を聞きましたし、場合によってはその機能を復活させつつ転移門を作れればとも思うのですが」
そんな風に提案してみるとクェンティンは申し訳なさそうに言う。
「ご厚意は嬉しいのですが、外周部は離宮にいた魔術師達によると内部にある代物――サルヴァトーラを外部の攻撃から物理的にも魔法的にも防護する盾であったそうで。陽光を受けて王都に魔力を送る云々は偽装だったそうです。サルヴァトーラの動力を流用して魔力供給をしていたわけですな」
……なるほど。となると平時はサルヴァトーラの動力炉に蓄積した魔力の一部を街灯や水質浄化、下水処理等々のインフラ全般に利用していた、という具合だろうか。
「では、現在の王都の設備は大丈夫なのですか?」
「王城側に昔の供給設備は残っているので、そこから魔術師達の手で魔力供給をすることは可能ですぞ」
マルブランシュ侯爵が言う。
ふむ。王都の地下はミスリル銀線も張り巡らされていたしな。
サルヴァトーラを起動させただけで王都の機能が麻痺しては困る。旧来の設備も使える形として残してあった……というよりは、王城から直接サルヴァトーラへの魔力供給や起動が可能だった、と見るべきだな。王城からサルヴァトーラまで回路は繋がっていたわけだし。
「では、外壁の外に置いてあるあれは――」
「そうですな。丸ごと建材として使って頂けるかなと」
バルソロミューが笑みを深めた。
「ん。建材も潤沢」
「あれだけあれば色々作れそうね」
と、シーラが腕組みして頷くと、イルムヒルトも微笑んで同意していた。マルレーンもにこにこと楽しそうである。
うむ。実際にどのぐらいの規模の建築が可能なのかはウィズに計算を手伝ってもらうとして。
「後は建築予定地、かしら?」
ステファニアが首を傾げると、マルブランシュ侯爵とバルソロミューはそういった話の流れになるのは予期していたとばかりににっこりと笑う。
「それに関してはおあつらえ向きの場所がありますぞ」
「先王は呪法兵を更に量産する計画を立てていたようでしてな、王城内部の区画を整理して呪法兵関連用の設備を作るための準備をしていたわけですな」
魔界に侵攻する計画を立てていたからな。王城内部に色々と作るのは……まあ、分からなくもない。そこでザナエルクが倒れてしまうと、そうした用地確保からの計画等々も白紙になって宙に浮いてしまうわけだ。
「では、魔法建築の話は間が良かったというわけね」
「そうですね。実に有り難い事です」
ローズマリーの言葉にクェンティンは笑って頷いていた。
では、建材も用地もあるということで早速魔法建築を行っていく事にしよう。
「やっぱり、転移門と宿泊設備を兼ねたものにするのかな?」
「そうだね。特に問題がなければ。転移門を通ってヴェルドガル以外からも訪問してくる場合もあるだろうし」
アルフレッドの言葉を受けてクェンティン達を見やれば、そのあたりはお任せします、とのことで。そう言った設備に向いた魔道具類もシリウス号に積んできているので、アルフレッドはビオラ達と共に準備を進めてくれるそうな。
というわけで、そちらはアルフレッド達に任せ、俺の方はまず、王城内の空き地部分を確認し、使える土地の面積の把握から始める。
景観や日照、利便性、周囲の調和等々を意識すると空いているスペース全てが使えるわけではないが……ふむ。これなら建材の多さも含めて、ある程度大型の建築物を作れそうな気がするな。余った建材は地下部分を作るなどしても良いかも知れない。
続いて建材の方へと移動する。空から見て回って建材の総量を確認。魔力反応を見て危険物が無いかもチェックしておく。
外周部に使われている技術は……紋様魔術とミスリル銀線か。建材の種類は石材を中心に装飾につかわれているガラス等々があるが……元々王都に作られた建築物だけに色合いは王城の雰囲気や景観を壊すようなものでもない。
ミスリル銀線だけ回収すれば後は素材ごとに分離し、そのまま建材として使えるだろう。
ウィズに建材の総量を計算してもらい、空き地にどんな建物を作るのが良いのかを色々とシミュレートしつつ、光球に溶かして素材ごとに分離していく。
そうして作業を始めると、各国の面々もベシュメルクの重鎮達と共に外壁の上に姿を見せて、魔法建築見学をするようだ。
「ふむ、興味深い」
「テオドールの魔法建築は見ていて小気味良いのは間違いない」
「こちらの建造物を作るのを見るのは初めてなので、楽しみです」
笑みを浮かべるパルテニアラの言葉に、イグナード王やシュンカイ帝がそんな風に受け答えしていた。カルセドネやシトリアも興味津々といった様子で見ているし、コートニーに抱かれたデイヴィッド王子も俺の姿を認めると喜んでいたりして。
んー。……まあ、肩に力を入れ過ぎると逆効果だ。気合が入りそうな面々だからこそ、平常心と安全を心がけて作業を進めていくとしよう。
素材ごとに分離したら、続いては現場まで建材を移動させる。
片っ端からゴーレムにして現場まで歩かせていけばいいわけだが……ここは昨晩の花火と同じ手を使わせてもらう。
隊列を組ませ、回収したミスリル銀線を掴ませる事で、広範囲のゴーレムをこちらの制御下に置くわけだ。そうして先頭のゴーレムに俺を担がせるようにして、隊列を引率していく。
兵士達にも既に通達が行っているのか、俺の姿を認めると外壁の門を開けてくれた。
「境界公が建材を搬入なさるという旨、内側の門と城門にも通達がいっておりますので、このままお進み下さい」
「ありがとう」
礼を言うと兵士が笑顔と敬礼で返してくる。そんなわけで王都の大通りをゴーレムの隊列と共に進んでいく。沿道から手を振られたりと、王都の住民からは好意的に受け入れられているようだ。
これは、王都の住民には戦いに参加していた兵士達の家族も多いから、かな。
現場に到着したら素材ごとにゴーレム達を並べて、後はウィズと共に建築していくだけだ。地下部分をゴーレムに変えて掘り下げ、構造強化等々も用いてきっちりと土台部分を作る。
「今バロールが飛んでいる位置あたりが、建物の一番高いところになるかな。模型にすると――こんな感じ」
「んー。それなら、このぐらい土台を固めてあれば大丈夫、かも」
と、セラフィナがバロールと模型を見比べつつ教えてくれる。このまま作っていって、セラフィナが気になるようならその都度補強ということで。
建材を光球の中に溶かして、そのまま建物に変換していく。王城と色合いや建築様式を合わせた迎賓館を作っていく形だ。城の敷地内にある建物であり、建材も豊富ということで、ちょっとした尖塔も作っていく予定である。
風呂、トイレ、厨房、氷室。物置や会議室に客室。それに奥まったところに転移門を設置する区画。門を警備する兵士達の待機できる部屋。
必要な設備と間取りをそれぞれ作り、ウィズの作り出す光のフレームを埋めるように下から上へ向かって建物を形成していく。
尖塔の屋根部分なども色合いは決まっているので迷うことがない。セラフィナと建物の強度等々について相談しつつ作業を進めていけば、概ね完成というところだ。
「残りの装飾は、みんなと相談しながらかな」
この辺もいつも通りだ。
「このへんに装飾があると華やかになるかも知れませんね」
「外のあの辺にも、何か飾りをつけて見てはどうでしょうか」
「良いわね。装飾の様式は前に本で読んだ、少し前の時代のものが合いそうな気がするわ」
「ああ。あの花の冠をつけた像が最初の挿絵になっていたあの本ですか?」
「ええ。それだわ」
といった感じでグレイスやアシュレイ、クラウディアが装飾についてのアイデアを出してくれる。
東国の建築だと、西方諸国の装飾はそのままでは使えないところがあったからな。西方での魔法建築の様式は皆のアイデアを貰って作っているところがあるので、今回もそれを踏襲させてもらうというわけだ。
そうしてみんなで作業を進めていくと、やがて建材も少し余りを残した程度で使い切って建物部分の一先ずの完成となる。
「見事なものですな。こうも短時間に建物一つが出来上がってしまうとは」
クェンティンが建物を見上げて言う。
「これで……転移門を設置すれば、ヴェルドガル王国と行き来できるわけですね。ずっと他国との交流を閉ざしてきただけに、感慨深く思います」
エレナは少し遠くを見るようにそんな風に零していた。
見た目は……ベシュメルク王城の様式に合わせた小さな宮殿といった佇まいである。装飾回りで少し外の様式が混ざっているのも……エレナの言葉を踏まえると中々象徴的で良いかも知れない。
まあ、まだ転移門も設置していないし、魔道具類も家具も入っていないので完成とは言えないが、中々の物に仕上がったのではないだろうか。
後は転移門の周囲に結界を張ったり、ミスリル銀線を敷設して魔道具回りを整備したりすれば、こちらの作業は終了だ。家具類はクェンティン達の好みで入れてもらえばいいだろう。