番外399 ベシュメルクの明日は
クェンティンの子、デイヴィッド王子が王位を継承。父親であるクェンティンはデイヴィッド王子が独り立ちできる年齢まで摂政を務める。
農業、治山、治水等々の内政事情に詳しく、民からも人望のあるマルブランシュ侯爵が宰相。実務を取り仕切ってきたバルソロミューが財務大臣としてクェンティンやマルブランシュ侯爵を補佐。
その他、重要なポストにマルブランシュ侯爵と共にザナエルクに意見をした宮廷貴族――ヒルトン卿達の就任が決まっている。
立場的には侯爵とバルソロミューの部下となる事。ザナエルク派が失脚してポストが空くのでそれらの穴埋めを行い、未経験故の未熟な部分は侯爵とバルソロミューに色々と学んでいくという事らしい。
ガブリエラは巫女姫として育てられ、本人も祖母に憧れて様々な分野への幅広い知識と高い教養を持っている事、また祖母と同様に民から慕われている事も鑑みて、将来的には巫女姫兼王子の教育係、ということになるようだ。
ザナエルクがああして野心を抱いたのは、ベシュメルクの理念への無理解があったからだと。以前よりも巫女姫と交流できる時間を増やし、立場や理念への理解を深めてもらえば良いのではないか、ということらしい。
エレナもやはり刻印の巫女姫としての立場を持ち、門の移転先に同行する、ということになる。恐らく門の移転先が迷宮になる事と無関係ではあるまい。
俺達やタームウィルズ、フォレスタニアの人達と……今の時代に友人となったこと、それにエレナの複雑な立場や境遇に対して理解がある環境となると、エレナが門の近くにいるのが良いのではないか、というわけだ。
「何と言いますか……事件が解決したらベシュメルク王国に戻る事になるかと思っていたのですが……。その、皆さんとまた一緒にいられるというのは嬉しいです。若輩の未熟者ではありますが、どうかよろしくお願い致します」
と、先々の事が決まったところでエレナはそんな風に言って深々と一礼してきた。
「こちらこそ、またよろしく」
「ん。エレナがそう思ってくれて良かった」
俺の言葉を受けてシーラもそんな風に言って。マルレーンもにこにことしながらエレナの手を取り、エレナもはにかんだようにマルレーンと微笑みあっていた。中々和やかな光景である。パルテニアラも目を閉じてうんうんと頷いているし。
「スティーヴン達は、約束通り。薬や魔道具に関しては万全にしておくから、今後も頼ってもらって構わないよ」
転移門の設置も決定事項なので、スティーヴン達はこのままベシュメルクに留まるのも、利便性を考えてフォレスタニアに来るのもどちらも可能だ。好きな時に行き来できる。
「それは……助かるな。だが、あまり世話になってばかりは心苦しいから、多少は何かの役に立ちたいところだが」
「そのあたりは――まあ、気にしなくていいさ」
仕事の斡旋、任官等々はこちらとしては歓迎だが、彼らの心情を考えると王宮や貴族の近くで働くというのも心情としては勧めにくい。結局は意思を尊重するということになってしまうだろう。
「貴君らについての話は……聞かせてもらった。今まで苦しめてしまった分、せめてもの償いをさせては貰えないだろうか」
クェンティンが自身の胸のあたりに手を当てて、スティーヴンを真っ向から見て言った。
「それは……あんた達のせいじゃない。それに、薬や魔道具の費用はベシュメルクが持ってくれるってんだろ? それで十分だろう」
「それは最低限で、当然の話だ。貴君らが我らとの縁を不快に思う気持ちもわかるが……幼い子供も多いと聞いた」
言い募るクェンティンに、スティーヴンは……ふっと柔らかく笑った。
「不快だとかそんなことは……思っちゃいないさ。確かに、離宮の奥にいた魔術師達には恨み言の一つや二つはあるが、文句を言う相手を間違えるつもりもない。身体の事だけは俺達じゃどうしようもなくて、生きるために必要な事だから世話になるってみんなと決めたが、ただ……それ以上の事をしてもらってると、何となく頼り切りになっちまいそうで、あんまり一方的に面倒をかけないように気を付けようって話もしてたんだよ」
……その気持ちは、分かる気がするな。
「まあ……なんだ。自分達で家を建てたり、食い扶持を稼いだりしてきたっていう、自負や矜持みたいなもんがあるって言えば良いのか。あんたの言いたいことも分かるんだが……難しいな」
そう言ってスティーヴンは後頭部を掻く。
「自負と矜持、か。確かに大切な事、だな」
クェンティンはスティーヴンの言葉に目を閉じる。
「あー。ちょっと、みんなと相談させてくれ」
そんなクェンティンを見た後、スティーヴンはそう言って、レドリック、イーリスやエイヴリル達と相談すると言って、少し離れてみんなで話をしていたが、やがて戻ってくる。
「みんなもガブリエラ姫やマルブランシュ侯爵達の事は心配なようでな。こっちの状況が落ち着くまでは、持ち回りで護衛なりなら俺達にもできるんじゃないかって話になった。その代わりとして助けも借りるっていうのは……どうかな?」
「それは……願ってもない。重ねて言うが、貴君らを束縛する気はないと改めて伝えておく」
クェンティンはスティーヴンの返答に表情を明るくして答える。
身体の治療、維持に関する費用。仕事の対価としての賃金に加え、子供達の読み書き計算と言った学習にかかる費用といった内容が落としどころとなった。
ギブアンドテイクというのは、確かに健全だな。スティーヴン達の強さは将兵達も知るところだし、護衛としてにらみを利かせているというのも心強いだろう。
クェンティンの心情としては、本当は衣食住全ての費用負担をしたいらしいが、そこは自分達が仕事の対価として受け取る賃金でどうにかするとスティーヴン達は固辞した。
家臣というよりは臨時の雇われということで、護衛担当以外の非番の面々は転移門でタームウィルズに行ったりも自由ということで。
「でしたら、気軽にお会いできますね」
「私の護衛なら、一緒にタームウィルズやフォレスタニアに遊びに行くのもできるのでは?」
と、エレナとガブリエラはそんな風に言って喜び合っている。
スティーヴン達が護衛につくというのは、確かに安心だし、心強い話だな。体制の移行や状況が落ち着いたら、護衛の仕事も一段落してしまうのかも知れないが、就職口という話ならこちらとしてもスティーヴン達なら大歓迎だったりするので、先々の事も心配いらないだろう。
「タームウィルズやフォレスタニアに、というのは王子の教育にとっても良いかも知れませんな」
「ベシュメルクだけを見るより、外の世界にも触れてみる方が良いというのは確かだ。そこは国の成り立ちにも関わるだけに妾も責任を感じてしまうところはあるが。妾としても今の世がどうなっているのかには興味があるな」
マルブランシュ侯爵が言うと、パルテニアラも頷く。
「これで……諸々話も纏まったかしらね」
クラウディアが言うと、オーレリア女王も頷いた。
「魔界の門については迷宮に、ね」
「一先ずは入口に結界等々を張っておいて、受け入れ態勢ができ次第移送、ということになりますね。調査に関しては……しっかりと準備を整えてからが良いでしょう」
「安全が確保されている以上、急ぎではないからな。確かに万端にしてから臨むべきだ」
パルテニアラも同意してくれる。魔界の変移についてはパルテニアラがそれを防止するための術を教えてくれるとのことで。魔道具を準備して調査に向かうというのが良いだろう。
魔界の門については迷宮に新区画を作って、そこに移送して安置する、ということになる。これについては迷宮核で調整をしなければなるまい。
各国の承認を得て結界が解除されるだとか、その区画に続く転移門が使用可能になるといった仕組みにし……後は後々の事を考えて強力なガーディアンの配置も視野に入れる、ということになるか。
後は――街道の整備をしたり、マルブランシュ侯爵領に梱包されている連中も王都側に引き渡したりしなければな。それが終われば――。
「ソレジャ、平和ニナッタ記念ノ、宴会! 酒盛リ!」
そんな風にロジャーが声を上げて、居並ぶ面々から笑い声が漏れるのであった。