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109 第1王女ステファニア

「わたくしを陥れて……それで一番得をするのは、誰かしらねぇ」


 ローズマリーは腕組みをすると、こつこつと音を立てて歩き回る。その表情には、笑み。どこか楽しんでいる風がある。


「心当たり――は聞くだけ野暮なのかな」

「そうね。敵も多いし恨みも買ったもの」


 だが――まあ。誰がやったかはともかく、ローズマリーに悪評を立てればどうなるのかと言えば、彼女が王位継承を望んだ際の妨害工作にはなるだろう。

 妨害工作、か。その程度で王女の命を狙うというのもリスクが大きい。そうなると、もう少し強力な手札にする為の工夫があってもおかしくはない。


「そういう策をやるなら、後でマルレーンの事件を蒸し返せるようにしておくけどな」

「ああ……。わたくしかわたくしの派閥の者が関わっているという証拠を捏造しておいて、最も痛手になる時を見計らって札を切ってくるというわけね」


 それも、白黒はっきりつかない形が望ましい。疑いがある、というだけで支持者を離反させる事ができる。もしくは、悪名を着せたまま暗殺してしまうか。

 ……王位継承に絡んでくるな、これは。

 王族、その側近。或いは外戚か国の重鎮か。権力中枢に近い誰かの描いた絵だ。


「でもそうなると、あなたやマルレーンには良かったのではなくて?」

「……マルレーンが安全だって確定したようなものだから?」

「そうね。降嫁してしまえば、言葉が戻ったとしても跡目争いとは無縁でいられるもの」


 まあ……理屈の上ではそうなる、か。同様に跡目争いからドロップアウト気味のアルバート王子、有力視されていないヘルフリートについては、暗殺の危険は薄いだろう。


「跡目争いからはわたくしも除外される……と言いたいところだけど。まあ、わたくしの場合は別件もあるものねえ」


 そんな事を言ってローズマリーは笑う。

 ……暗殺の危険ね。こっちが何か手を打っておくべきなんだろうか。


「お前は大丈夫なのか?」

「北の塔に仕掛ける方法はそう多くないわ。ここのガーゴイルはわたくしが逃げようとしない限りは、わたくしの護衛でもあるのよ」


 浮石のシャフト内部だけでなく、通路にもこの部屋にもガーゴイルは配置されているな。


「だからそれこそ、お前がさっき言ったような手を使うしかないでしょうけれど――わたくしを毒で殺せると思って?」


 ローズマリーは不敵に笑う。


「まあ、納得した。マルレーンに盛られた毒の種類については?」

「いくつか候補があるけれど……分量を間違えた時の症状から判断するに――」


 ローズマリーは紙に羽根ペンを走らせると、俺に渡してきた。


「有力候補は人魚の嘆きではないかしら」


 また――魔法薬、か。だとするなら、破邪の首飾りで解呪できていてもおかしくはなさそうだが。


「これは海の魔女の秘薬。術式と連動していて、飲んだ者から声を奪うとされているわ。声を取り戻さない限り、解呪の方法はない」


 なるほどな。何がしかに封じ込められているマルレーンの声を解放してやる必要がある、と。

 取り戻したとしてマルレーンが話をしたがるかどうかはまた別の話だが……それはマルレーンのものだ。預けておいてやる理由はない。


「結構時間も経っているけれど。追いかける当てでもあるのかしらね?」

「それなりには」


 実行犯は事件後に何かしらの口封じなりをされているだろうし、魔法審問官も同様だ。その時期に人を動かしたなら、動かしたなりに痕跡が残る。

 毒物の出所に脅迫の方法。まあ、色々調べてみる事にしよう。人魚の嘆きとやらのレシピは……アルラウネの口付けほどには特殊ではないようだな。迷宮からの素材だけで全部まかなえる。


「そう。では、もし犯人を見つけたら、わたくしが濡れ衣を着せられた分もお願いするわ」


 ローズマリーは羽扇で口元を隠して目を細めた。




「話がある。少しいいかな?」


 ローズマリーとの話を終えて北の塔から降りてくると、ヘルフリート王子が声をかけてきた。どうやら、俺が出てくるのを待っていたらしい。

 世間話という様子でもなさそうだし……とりあえず王の塔のサロンまで移動して話を聞くのが良いだろう。


「何の話でしょうか」


 サロンで差し向かいに座ってそう切り出すと、ヘルフリート王子はどこかばつが悪そうな顔をしながら言った。


「この前は……君を良く知りもせずに疑って掛かるような事を言って悪かった。本来なら、姉上との面会を融通してもらう前に、こちらから謝罪を言いだすべきだったと思う」

「いえ。別に何をされたというわけでもありませんので」

「……いや」


 ヘルフリートは首を横に振る。


「何かは、したんだ。その……納得がいかなかったから、君の事を調べさせてもらった。その過程で――君の母親の事についても聞いてしまった、というか」


 言いにくそうに、そんな事を告げてくる。

 母さんの事についても調べた、か。シルヴァトリアの事はギルド長の推測だから出てこないとしても……死睡の王と戦った、その顛末については調べればすぐに出てくるだろう。


 ヘルフリート王子は頭を深々と下げて、言う。


「だから――その事から考えると、僕は随分と無礼な振る舞いをしたと思う。どうか疑った事を許してほしい」


 顔を上げたヘルフリート王子は、なんだか涙ぐんでいた。

 えっと。いや……その反応はどうなんだろうか。


 しかし、なるほど。この前と随分態度が違っていたのは、母さんの事を聞いたせいで俺の境遇に思う所が出てきたから、か。


 その辺は納得いったけれど、これはローズマリーの評も分かるような気もする。感情的で反応が素直というか。確かに、王には向いていないと言われもするだろう。ローズマリーの考え方からしたら、尚更だ。まあ……俺にはあまり関係のない話ではあるけれど。


「わかりました。謝罪は確かにお受け致します」

「そうか……良かった」


 ヘルフリート王子は胸を撫で下ろした。母さんの事を知って、そう言ってくれるのは有り難くはあるけれど。そうやってストレートに来られると、俺としては少々居心地が悪い感じもあるかな。


「ああ、ヘルフリート。ここにいたのね」


 ティーカップを傾けていると、サロンに1人の若い女性が顔を覗かせた。白いドレス。かなり身分の高そうな事を窺わせる、身なりと立ち居振る舞いだ。


「ステファニア殿下」

「ああ、いいのよ。そのまま楽にしていて頂戴」


 彼女は気安い様子で俺達を着席したままでいるよう手で促して、同席してくる。

 第1王女ステファニア。これで王子、王女とは全員と面識ができたという事になるが。


「貴方は……テオドール君よね。……ええ。リサ様に髪と瞳の色がよく似ているわ」

「冒険者ギルドのアウリア様からもそう言われました」

「ふふ」


 と言うと、ステファニア姫は相好を崩す。どうやらステファニア姫も母さんと面識があるようだ。


「この様子だと、ヘルフリートは仲直りできたのかしら?」

「……はい」


 ヘルフリートは恐縮した様子で頷く。


「そう。それなら良かったけれど。私が探しに来る必要はなかったようね」


 と、使用人が運んできたティーカップに口を付けている。

 ヘルフリート王子が、ステファニア姫に相談した、というところか。口ぶりからすると母さんの話を諭して聞かせたのが彼女……なんだろうな。


「リサ様とはもう随分前にね。船の上でお会いしたの」

「船で、ですか」

「ええ。あれはシルヴァトリアへ親善に行った帰り道だわ」


 あれ。アウリアの推測に裏付けみたいなものが出てきてしまったじゃないか。いや、まあ。シルヴァトリアから来たらしいというだけで、政変云々の話とこじつけるのはどうかと思うけれど。


「船の護衛として雇われていたそうだけど。あれでは船医と言った方が正しいわね。乗組員の間で広まっていた病気を魔法で治療していたわ。その時から綺麗で素敵な人だとは思っていたのよ」


 ……船医か。まあ、母さんはいつも通りだったとして。


「その後も冒険者として活躍していたものね。リサ様については色々お話を集めているの。そういった事も含めて、ヘルフリートにはお話をしたわ。勝手に話をしてしまって、気を悪くさせたらごめんなさいね」

「いいえ」


 ステファニア姫の言葉に苦笑する。気を悪くするような理由がないというか。

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