番外393 王都の兵士達
「きょ、今日はその、よろしくお願いします!」
と、緊張した面持ちを浮かべていたが、俺を見ると深々と頭を下げてくる兵士達が数名。王都に向かった際に、開城の説得に協力してくれる面々とのことだ。
あちこち包帯を巻いていたりして医術的な治療を受けた後といったところだが、魔法や呪法による治療は綺麗に治り過ぎて激戦の痕跡を見せられないからと、本人達から説得が終わるまでは治療を先延ばしにして欲しいと言ったとのことで。
因みに、循環錬気で将兵達の体内魔力の流れも見てみたが、即席呪法兵とする呪法の痕跡は戦闘終了後から段々と薄れていって、一晩も経つと綺麗に無くなっていた。ザナエルクが消滅したから、奴を契約の核としていた呪法も自然に消滅したという印象だ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
軽く笑って挨拶を返すと、彼らも少し安心したようだ。
「今回の事でご家族に危険が及んだり、不利益等々が生じないように取り計らいたいと思います」
彼らの家の位置などを事前に模型で把握しておく、というのが良いだろうか。そんな風に考えを纏めつつ切り出す。
「ああ、それは……大丈夫です。ここにいるのは元々身寄りのない奴らばかりですからね。王都の連中がもし迂闊な行動をしても安心だからって、俺らで志願したんですよ」
と、兵士が明るく笑う。
「そうでしたか。では、もし開城後に今回のことで、不義理や裏切り等の誹りを受け、王都で住みにくくなるようなことがあれば、遠慮なく僕達を頼って下さい。フォレスタニアでも皆さんを受け入れる用意はありますよ」
「説得後の治療も任せて下さい」
アシュレイがそんな風に微笑む。
「それは……ありがとうございます」
彼らは畏まったように一礼してきた。
「でもまあ、生まれ故郷ですからね。なるべく頑張りたいところではあるんですが」
それは……分からないでもない。できるだけ希望に沿うようにしてやりたいところだな。
「それに、騎士の上の方は分かりませんが、俺達に関しちゃ他の連中だって皆同じだと思います。みんな協力したいって思ってますからね」
そうか……。中央の兵士達が揃ってこちら側についてくれるというのは……その後の王国の安定という意味でも心強いな。
「皆さんのお気持ちは嬉しく思います」
礼を言うと、彼らは顔を見合わせ、そして頷いてからこちらに向き直る。
「境界公の戦う姿は……この目に焼き付いております」
「嫁さんや子供に会えるって、すごく喜んでる奴もいました」
「あの黒い化け物達も……境界公が止めて下さらなかったら、後ろで暴れまわっていた俺達の身体も、どうなっていたことか」
「改めて、命を救って下さったことのお礼を言わせて下さい」
と、彼らは俺に真剣な表情で敬礼をしてきた。面と向かって言われるのは、ややこそばゆいな。俺も真剣な表情で頷き、そして笑みを向けた。
「あなた方のような方々が無事だったのは良かった。では……参りましょうか」
「はいっ!」
というわけでタラップを昇りシリウス号に乗り込んで、飛行船団四隻中、三隻が王都を目指して移動することとなったのであった。
エレナ、ガブリエラ、マルブランシュ侯爵、そしてスティーヴン達も俺達と同行する。侯爵領側にもまだ捕虜が残っているが、後方の安全のためにヨウキ帝、シュンカイ帝、ゲンライやレイメイ達が飛行船一隻と共に残ってくれるとのことで。
例のドワーフの樵もスコットと共に留守中は任せられよ! と気炎を上げていた。信頼できる王もいるし、ああした一本筋の通った人物も残っているということで……中々に心強い事である。
それにしても説得か。明かせる部分も多くなったが、逆に明かせない部分も色々あるし、王都に残っている者達も裏の事情を知っている者はいるのかも知れない。
エレナもガブリエラも説得が上手くいくかどうかを心配しているのか、少し緊張している面持ちであるが。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ハーブティーですね」
と、グレイスがお茶を淹れると、2人は自分達が緊張しているのを自覚したのか、表情を緩めてお礼を言っていた。
「ふふ。マリー様が、ハーブティーは落ち着くからと仰いまして。用意してくれたんですよ」
「そうなのですか。ありがとうございます」
「確かに、少し緊張していました」
グレイスの言葉に、2人がローズマリーに礼を言う。
「まあ、説得の場面では大した手伝いになれないものね」
ローズマリーはそんな風に言って羽扇で口元を隠していたけれど。そんなローズマリーの様子にマルレーンもにこにことしている。
『我らの同行が説得の一助になれば良いが』
『そうだな。だが、幾つかの約束を守ってもらえるならば過度な干渉はしない事を明確にしておくべきだろうな』
と、水晶板モニターの向こうからレアンドル王が言うと、ファリード王も首肯する。
そうだな。他国の干渉には反発する者もいるだろうし。こちらとしてもベシュメルクを侵略しにきたわけではない、という点は明確にしておかなければなるまい。
そうして飛行船団は街道を進んでいく。昨日戦闘した丘陵地帯も見えてくる。まだ戦闘の痕跡もあちこち残っていて、改めてみると酷い有様だ。
丘陵地帯の整備も応急処置ということでとりあえず通行可能程度の状態であるし、これも後で、しっかり綺麗に修復しなければいけないだろう。あちこちに配置したハイダー達も後で回収だな。
「ここで役立ちそうなものを回収していきますか。侯爵領へ向かった軍が敗れた事を示す証拠になりますので」
「と、仰いますと?」
「例えば……サルヴァトーラや呪法兵の物だったと分かる破片等、でしょうか。昨日は人命救助や危険性の高そうなものだけの回収に留まっていましたから。今日はもっと見た目に分かりやすい品物が目的ですね」
マルブランシュ侯爵に答えると、なるほど、というような表情を浮かべるのであった。
というわけで、一旦飛行船団を停止させ、物品を回収する。
サルヴァトーラの胴体は粉砕したが、頭部は穴を穿っただけで残っていたりするからな。これもレビテーションを用いて鎖をかけ、リンドブルムに回収してもらう。
それから、バロールやウィズと手分けして、もう一度魔力反応、生命反応等を見て危険物が残っていないかも再確認。
呪法兵の核や魔石など、魔力反応の高い物品はそれだけ危険性が高い場合も予想されるので、昨日の内に封印術をかけて回収してあるが、念のためにというところだ。
「あら、コルリス良いものを見つけたわね」
と、コルリスが土の中から何か掘り当てたらしい。
視線を向けてみれば、コルリスが高々と掲げているのはグレイスと戦った天使長の翼部分の残骸だ。それを見てステファニアが笑みを浮かべ、コルリスはふんふんと首を何度か縦に振っていた。
ラヴィーネやアルファ、ベリウスといった面々も騎士団長が被っていた兜であるとか立派そうな作りの剣や槍、盾といった品々を土の中から探り当て、それらを小蜘蛛達が甲板から糸で引き揚げて回収したりと、手早く作業を進めていく。ふむ。これだけの物品があれば……問題ないか。これらの品々に見覚えのある者もいるだろう。
特に呪法兵が残らず破壊されたという事実を理解できる、裏の事情に精通した者ほど、戦力差というものを肌で感じ取れるはずである。
ああ……。そういえばザナエルクの使っていた錫杖も諸共に吹っ飛ばしてしまったな。ウロボロスと打ち合えたあたり、結構な業物だった気がするが。
奴は変装のために宝冠は被っていなかったから、あの杖も王錫などではないだろうが……まあ、吹っ飛ばしてしまったものは仕方がない。それにザナエルクの装備品などというと、どんな仕込みがあるかも分からないしな。
そうして諸々の回収を終えて、飛行船団は改めて王都へ向かって進んでいく。やがて――地平線の向こうに王都が見えてきたのであった。




