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番外391 夕暮れの丘

 光の柱はやがてその直径を狭めて消えていく。後には元通りの青空が残るばかりだ。背後を振り向けば……遠くの空にいたデュラハンが手に持った自分の首を二回ほど縦に振っていた。

 これで……確実にザナエルクを倒した、というわけだ。


 そうなると気になるのは将兵達に関してであるが――ああ。大丈夫そうだ。背中の赤い輝きが空中に散りながらゆっくりと降下していく将兵達が見える。

 将兵達の意思ではないな。ザナエルクの消滅と同時に意識を失ったようだが、制御ができない状態になると術式が自然分解しながら低速降下するように組まれているらしい。


 高空で地表までの降下が間に合うかどうかという位置にいた兵士達は、御前が水の帯で受け止めに行ったり、オリエや小蜘蛛達が糸で空中にネットを張ったりして、飛行呪法の特性がなくとも救助できるように動いていてくれていたようだ。


 オーレリア女王や七家の長老達も広範囲に風のクッションを展開したりして。この分なら落下で怪我を負う者はいないだろう。

 みんなも……無事か。怪我人は――? バロールであちこち見て回ったり通信機で連絡を入れたりと、少しの間確認作業を行う。


 どうやら大きな怪我をした者はいないようで……まあ、一先ず安心した。身体から力が抜けると、どっと疲労感やあちこちの痛みが押し寄せてきた。まあ、後方のみんなと合流しよう。レビテーションと風の魔法で丘陵の向こうにゆっくりと飛んでいく。


 後方のみんなも、暴走した兵士達になるべく怪我をさせず、行動停止させるように動いていたらしく、結構大変であったようだ。

 みんなが怪我をしたら本末転倒とも思うのだが……その方針に合わせなければ意味がないとみんな奮闘してくれたらしい。仙術や魔法と連携したりして、かなり頑張ってくれたようだ。


 コルリスやティールは敵を引きつけて水晶や氷で首だけ残して拘束といった対応をしていたようだが、殺到してくる敵を捌くのは大変だったのか、背中合わせにぺたんと腰を落ち着けて呼吸を整えているようだった。ラヴィーネや、ピエトロ、オボロも、リンドブルムにべリウス達もくたびれたらしく地べたに腰を下ろしていた。

 バロールが巡回して視線を向けているのを見ると、サムズアップをしたりフリッパーを振ってきたりして、思わず笑ってしまうが。うん。そういう反応を見ると安心できるところはあるな。


「全く……。毛が毟られてしまったではないか。あの連中ときたら本能剥き出しで凶暴極まりない」


 と、かぶりを振りながらぼやきを漏らしているのはイグナード王だ。


「はは、大きな怪我をしなかっただけよしとしましょう」

「そういうお主も毛並みが酷い事になっておるぞ」


 イグナード王とイングウェイの毛並みは泥にまみれ、ぼさぼさになってと……何というか怪我はしていないようだが揉みくちゃになった後という感じで、壮絶という印象だ。


「まあ、そうですな。闘気の防御に集中しての、身体ごと飛び込んで絞め落としでしたからな。ですが、その甲斐は十分にありましたぞ」

「ふ、確かに」


 そう言って二人は笑い合っていた。長老達。ゲンライやレイメイ。シュンカイ帝にヨウキ帝。エルドレーネ女王、オーレリア女王、ファリード王にレアンドル王……みんな、みんな無事で。


「テオドール様!」

「テオ!」


 と、名前を呼ばれる。丘陵の向こうからみんなが飛んでくるのが見える。すぐにこちらに辿り着いて、丘陵の頂上付近の草の上に着陸する。


「ああ。みんな。勝ったよ」

「テオドール、アシュレイ。この上で治療を」

「はい、マリー様」

「助かるよ」


 ローズマリーが魔法の鞄から敷布を取り出し、その上に腰を落ち着ける。キマイラコートを脱ぐと、すぐにアシュレイが身体を診てくれる。


「ありがとう、アシュレイ」

「いえ。治癒術師であるのと同時に、妻の務めでもありますから」

「……うん」


 身体のダメージは命に係わる類のものではない。それを見て安心したというのもあるのだろうが、アシュレイは穏やかに俺に向かって微笑むと、清潔な布を浄化した水で濡らして、みんなと手分けして血の汚れを落としたりしてくれた。怪我の場所を分かりやすくするためでもあるだろう。


 血を拭った俺の手をそっと両手で抱いて、何か大切なものを扱うかのように治癒魔法をかけてくれるアシュレイに、少し赤面してしまう。


「また……魔法の発動で無茶をしたようね」

「ん。それはごめん」

「いいわ。無事に帰って来てくれたから」

「おかえり、なさい」

「おかえり!」


 と、クラウディアが微笑み、マルレーンとセラフィナがそんな風に言って。


「ああ、ただいま」


 そう答えるとマルレーンもにこにことしながら静かに頷いていた。


「みんなは? 怪我してない?」

「スティーヴンさんが一番の大怪我でしたが……治療して薬も飲んで、今は安静にしていますよ。意識もはっきりしています」

「そっか。それは良かった」

「私達は大丈夫。冷静さの足りない相手は問題ない。粘着糸が大活躍だった」


 と、あまり表情を変えずに胸を張るシーラである。


「私はアシュレイと防御陣地を張っていたし、コルリス達が奮戦してくれたからね」

「私も後衛だったから平気よ。ちょっと……尻尾で殴っちゃった騎士もいたけれど」


 明るく微笑むステファニアと、少し気恥ずかしそうなイルムヒルトである。


「私は――加減が難しくてあまり攻撃役にはなれなかったのですが」

「闘気で防御しながら、敵を引きつけてくれたわよね。操り糸を打ち込みやすくて助かったわ」


 恐縮するグレイスと、にやりと笑うローズマリー。2人は顔を見合わせて肩を震わせる。

 そうして。傷の治療が終わったところでみんなと改めてお帰りなさい、ただいまというやり取りをかわしながら抱擁する。


 そうしてそれが終わると、ヴィンクルと一緒に――飛んでくる一団がある。ああ。ティエーラや精霊王達もこっちに顕現していたのか。道理で精霊達の力が高まるわけだ。


「テオドール」


 と、気遣うような声のティエーラ。コルティエーラもゆっくりと明滅していて。精霊王達やテフラ、フローリアも心配そうな表情でこちらを覗き込んでいた。


「ああ。勝ったよ」

「はい。力を振るえない私達に代わり……礼を言います」

「反精霊というような危険な術を操る相手でしたからね……」


 と、ティエーラとマールが言う。


「見ていてテオドールが心配で心配で……!」


 ルスキニアの言葉に他の高位精霊達もうんうんと頷く。

 まあ……高位精霊達が戦うと天変地異がセットになってしまうようなところがあるからな。自分で動きたくてもできないのは歯がゆかっただろうけれど。


「何となく、みんなにも背中を支えてもらったような気がしたから。一緒に戦ってくれたのと同じだと思ってるよ」


 そんな風に答えると、高位精霊達は少し困ったように。けれど穏やかに笑ってありがとう、と礼を言ってくるのであった。




 ――エイヴリルによると、ユーフェミアが夢の世界でも外――というか現実の様子を見せたので将兵達は完全に戦意を失っているそうだ。

 俺達に対して感謝の言葉を述べる者も多いのだとか。家族にまた会えるとか、故郷に無事に帰れるという声もあるそうで。


 呪法が発動した瞬間までの事は覚えている者が多いそうで。周囲の者達が獣のように咆哮を上げたり、自分の身体が自分のものじゃなくなっていくような感覚が恐怖だったと語っているそうである。


 即席の呪法兵とはならなかった魔術師達も、あんな戦闘を見た後では戦う気も失せてしまっていて。大人しく封印術を受け入れたり捕虜として従順な様子だ。

 曰く、将兵達を殺さないように戦う姿に打ちのめされた、だそうだ。


 眠っている将兵達は拘束して順次意識を戻し、エイヴリルにも確認してもらって、言動と感情に乖離のない者はある程度拘束から解放しても大丈夫だろうと、処置を進めた。


 まあ、そうは言っても理性を失って暴れ回ったような状態だ。

 各国から治療班も連れてきている。治癒魔法を使える者も複数人いるので命に係わるような怪我人はもういないが……骨折、脱臼、打撲、裂傷等々、治療が十分でない面々を数え上げればきりがない。


 怪我の度合いやこちらに対する感情によって――別々の飛行船に積み込み、侯爵領に運んで治療を施したり、という手筈になっている。

 大多数の王都の兵士達を連れて飛行船団で戻れば、王都に残っている兵士達も投降せざるを得ないだろう、という判断だ。


 というか……俺達はもう十分働いたからと、捕虜やらの扱いは任せろという、ファリード王やエルドレーネ女王を始めとする各国の王様達の頼もしい言葉に甘えさせて貰っている状態だな。

 七家の長老にハグされたりと色々みんなの喜び方が凄かったのは苦笑が漏れてしまうところではあるが。


 ともあれディアドーラや騎士団長といった主だった者については――オルディアが能力そのものを宝石化してしまったし。

 封印術も施してあるし、知識等々は隷属魔法で研究に携わること自体や秘密の口外を禁止してしまえば後は無力だ。証拠や証言を集めて、個々人の罪の軽重を見ていくということになるのだろうか。


 そうして将兵達の分散、積み込み、最低限の街道整備やら諸々終わった頃には大分陽も傾いていた。


「――終わったのですね」

「ザナエルク王も倒れました、か」


 侯爵領に向かって飛行船団は進んでいく。水晶板から夕焼けの丘陵を見ながら、エレナとガブリエラは少し放心したような様子だった。

 ザナエルクが倒れた時に、巫女姫である2人にはパルテニアラからのお告げのようなものがあった、らしい。

 門は大丈夫だから、焦らずに動いて欲しいとのことだ。


「これで……ベシュメルクが平和になると良いですね」


 そんな二人を見て、グレイスは穏やかに微笑む。


「そうだね。考えなくちゃならない事は色々あるけど」


 まあ、みんなも手伝ってくれるしな。今日のところは……ゆっくり休ませてもらおう。

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