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108 騎士と王子

 浮石に乗って北の塔を垂直に登っていく。

 王の塔の昇降に使っている浮石と違って、こちらの浮石は移動速度が遅い。

 シャフト内壁には定期的にガーゴイル像が配置されていて――恐らくここから逃げ出そうとして縦穴を降下した場合、あのガーゴイルが襲ってくるというところか。

 レビテーションを用いたまま閉所で近接戦を強いられるというのは、魔術師にしてみると如何にも厳しい状況だろう。


 魔法が使えないなら、そもそも縦穴自体からの脱出が難しい。

 ヘルフリートは時々見かけるガーゴイルを薄気味悪そうに見ていた。

 やがて浮石が北の塔上層に到達する。俺達が上層部に繋がる橋を渡ると、浮石は独りでに降下していった。帰るときは、橋付近にいるガーゴイルに言えば、下から浮石を動かしてくれるそうだ。


 迂回するような通路を通り、奥にある部屋に向かう。そこがローズマリーのいる場所、という事になる。

 と言ってもローズマリーは特にどこかの部屋に閉じ込められているというわけではない。元々上層部そのものが牢獄みたいなものだからだ。


 北の塔は元々何かしらの嫌疑がかかった貴人などを幽閉しておくための設備、らしい。魔術師対策がなされている牢としては最も厳重なわけだが、対象を限定しているために過不足ない程度の設備と人員は整えられているわけだ。

 ここに配置された人員については、出入りの際に魔法審問を受けたりと、それなりに監視体制は厳しいようだが。


「面白い顔触れね」


 ――ローズマリーの部屋はすっきりとした印象だった。最低限の調度品で整えられ、身を隠せる場所がない。風呂、トイレがあるであろう奥の部屋も多分、同様に見通しが良いのだろう。


 作業机で書物に向かい合っていたローズマリーが顔を上げて俺達の姿を認めると、口元に不敵とも言える笑みを作った。

 何と言うか。前に会った時とほとんど印象は変わらない。


「僕はそれなりに込み入った話があるので、お二人からどうぞ」


 と、同行者に先を譲る。彼らの話には俺の監視が前提で、俺の話は彼らを同行させないのが前提だからな。順序としてはどうしてもそうなる。話が終わったら先に帰ってもらうしかない。


「……チェスター卿。君から話をすると良い」


 ヘルフリート王子はやや緊張した面持ちで、チェスターに先を譲った。

 チェスターはヘルフリート王子に敬礼で応えると、ローズマリーの方に歩んでいく。


「ローズマリー殿下……いえ、ローズマリー様、ご無沙汰しております」

「わたくしは見舞いに来てくれなどと頼んだ覚えはないのだけれど」


 いつぞやの羽扇を取り出してローズマリーは立ち上がる。


「親しくしていた貴族達は、面会や見舞いを申し出なかった様子ですので」

「それであなたが代表として来たというわけ」


 ローズマリーは嬉しいという表情も見せずに、言う。


「義理堅いのは美徳だけれど。何故――わたくしがお前を遠ざけたか、ちゃんと理解しているのかしら?」


 そう、だな。チェスターがローズマリーに対して引っかかりを覚えているのはそこなのだろう。単なる好き嫌いや気まぐれから、という事もあるまい。


「……いえ。分かりません」

「そう。では教えてあげるわ。お前はグレッグの紹介という割には――グレッグの事がよく分かっていないようだったからね。わたくしが必要としていたのは、あくまでもわたくしに忠実な騎士。けれどお前はそうではないでしょう。飛竜隊に背を向け迷宮探索を優先させた時点で、それがはっきりしたから距離を置いたという、それだけの事よ」

「それ、は」


 チェスターが目を丸くした。

 なるほど。ローズマリーがチェスターを遠ざけたのは、自尊心が傷付けられたからなどではないわけだ。


 チェスター自身はグレッグの派閥にありながら、あくまでも王国、王家に忠誠を誓っていたわけだし、騎士道という自己規範の枠組みで動いているとも言える。

 例えばローズマリーが何か事を起こした際、敵に回る――或いはどちら側に転ぶか分からないと判断したわけだ。

 だったら、初めから遠ざけておくのが彼女なりのリスク管理という事なのだろう。


 それにしても歯に衣着せぬ物言いだ。

 チェスターは結局、ローズマリーからの不興を買ったと……そう受け取ったグレッグ派からも遠ざけられた。

 だからこそその後のグレッグとフェルナンドの騒動後に首が繋がった面もある。それを彼女の手柄と誇る事もできるのかも知れないだろうが。ローズマリーは言及しない。


 言われたチェスターは目を閉じて。それから言った。


「……それでも、ローズマリー様との面会には参りたいと思ったもので」


 それは、グレッグの派閥から切り捨てられた実体験から来るものだろうか。


「――それはまあ、お前の自由ではあるわね。わたくしはこの通り。ここから出られはしないけれど、それなりに今の境遇を楽しませてもらってはいるわ」


 ローズマリーは肩を竦めてみせた。チェスターはそれで納得したのか再びローズマリーに頭を下げて後ろに下がる。

 チェスターとしては――ローズマリーの扱いが気になっていたというところか。


「ヘルフリート」


 ローズマリーは目を細めて、弟を見やる。


「姉上――僕は」

「何故お前がここに来たかは――大体想像もつくわ。大方、父上に談判に行ったのではなくて?」

「それは……そうです」


 ローズマリーは羽扇で口元を隠して――ヘルフリートに言う。


「わたくしはそこの異界大使に策を跳ね返されたから、ここにいる。それが全てだわ」

「し、しかし……姉上がこのような場所に……」

「ヘルフリート」


 渋面を作るヘルフリートにローズマリーは殊更優しげな微笑みを見せる。


「わたくしが他の王子や王女達に厳しく当たっていた、その理由が分かる?」

「……いえ」

「いずれ蹴落とさなければならない相手に、僅かでも情を移したくないからよ。お前にそうしていないという時点で察しなさい。わたくし達の中で、お前が最も王に向かない。つまりお前は、わたくしの敵にさえなり得ない」


 そういう意味では――アルバートやマルレーンは、ローズマリーにとっての敵足り得る存在だったわけだ。ヘルフリートが肉親だからという理由ではなく。資質の問題で敵と見るに値しないと……そう面と向かって言われたに等しい。


「……」


 ヘルフリートは一瞬押し黙ると、部屋を飛び出していった。

 チェスターは一礼すると、ヘルフリートの後を追うように部屋を出ていった。後に残されたのは俺とローズマリーだけだ。


「……何もそこまで露悪的にしなくても良かったんじゃないのか?」

「彼らに色々動かれても迷惑なだけだもの」


 と、ローズマリーはどこ吹く風で言う。

 ローズマリーからしてみると……外部に影響力を残すと、逆に身を危うくするという部分があるのだろう。

 同時に、繋がりを残さないというのはチェスターやヘルフリート自身の身を守る事にも繋がる。

 或いは、俺への不信感を煽るような誘導を行うと、窓口にしている俺からの信用を無くす、という部分もあるだろうか。

 どこまでが本心でどこからが建前なのか。相変わらず読みにくいというか何と言うか。


「何故俺を名指しでっていうのは聞いたら答えてくれるのかな?」

「一番買収しにくいから互いに安全――という事にしておきましょうか。王配をちらつかせたのに、無視されて殴り飛ばされるとは思ってもみなかったわ」


 ローズマリーはどこか愉快そうに笑う。


「まあ、まずは報告するべき事をしてしまいましょうか」


 ローズマリーは何冊かの古文書を書棚から。彼女自身が書いたと思われる紙束を作業机の引き出しから取り出してくる。


「まず、封印の扉が存在する区画について」


 暗号化された古文書を開き、ローズマリーが言う。


「宵闇の森、大腐廃湖。この2つは既に見つけていたわね。残りは2つ。魔光水脈と、炎熱城砦から精霊殿に通じるとあるわ」


 水脈と城砦、か。城砦は厄介だな。区画自体が過酷で、かなり高レベルな魔物も出てくる。騎士団に任せると死人が出るかもしれない。水脈と城砦。順繰りに進めるしかないな。


「魔光水脈は今探索中だな」

「そう? なら、残りは炎熱城砦という事になるわね。解読が間に合って良かったわ。役立たずという訳にはいかないものねえ?」


 そして、ローズマリーは「もう一点」と薄く笑う。


「月光神殿へ至る道は、裏迷宮から、という事になるわ」

「裏迷宮から、か」

「正確には深層部の扉を満月時に通過して裏迷宮側を抜ければという事になるのかしらね」


 どちらにしても入口が封印されている以上は内部に立ち入れないのだろうが……行き方を把握しているというのは重要だろう。


「迷宮についてはこんなものかしらね。宝珠についても多少調べを進めているわ。伝承に曰く。4対の宝珠にて災厄を封じる、とある」


 ……また新しい情報が出てきたな。

 対の宝珠。精霊殿の宝珠と、魔人の宝珠の事、か? つまりどこかから魔人が宝珠を持ち込んだ、と。

 宝珠については、このまま調べを続けてもらえば、その役割など何か分かるかも知れないな。

 思案していると、ローズマリーが言った。


「マルレーンの暗殺未遂事件について――お前と話をしたいのだけれど、いいかしら? あのお粗末な手口に色々言いたい事はあるのよ」


 ……あれか。魔法審問で暗殺未遂事件についても聞かれたのだから、自身に嫌疑が向いていたのは分かっているのだろう。

 マルレーンに盛られた薬の分量にミスがあったと、そんな事をローズマリーは言っていたようだけれど。

 ……そうだな。ローズマリーとは意見を交えておきたいとは思う。


「とりあえず、どうやって魔法審問を誤魔化すかについては、なんとなく想像がつくような」

「へえ」


 俺が言うと、ローズマリーは感心したように目を丸くした。


「魔法審問官と口裏を合わせる事ができれば、難しい事はそれほど多くない」

「魔法審問官を買収した、と?」

「買収じゃなくて脅迫かもよ。肉親を人質に取る、だとか」


 古典的で普遍的。誰にでも通じるやり口だ。

 これは審問官だけでなく、実行犯を動かす時にも使える。息が掛かっているか否かさえ関係なく動かす事ができるというわけだ。


「つまり。あの場にいるいないに関わらず、誰にでもできると言いたいわけ?」

「そう。例えばまず実行できそうな役職についている者を脅迫して薬を盛らせる。当然魔法審問が行われるわけだから。今度は実行犯の口から審問官を脅迫させてやればいい。失敗しても、それなら自分に繋がる情報が、即座に出る事はない」

「……審問をすり抜けるのに、魔法も秘薬もいらない、か。脅迫が真実であると審問官には分かってしまうから……内部事情にさえ詳しければ、できるというわけね」


 そういう事になる。強いて言うなら関係者を人質に取れるだけの組織力も必要という事になるだろうか。


「当時の審問官は、今の審問官と同じ?」

「いいえ。代替わりしていたはずよ」


 これは既に、実行犯共々口封じされていると見るべきだな。


「第3王女を狙った理由は?」

「動機があるのが――ローズマリーしかいないと思わせるのが目的、とかは?」

「はっ――」


 ローズマリーは羽扇を閉じると掌に叩き付け、吐き捨てるように笑う。


「能力至上主義を掲げるわたくしには、確かにあの子は名目上最大の敵だものね。実際、わたくしが何らかの手段でやったのではないかと噂が立って、距離を置いた者達も出たわ」


 それについては噂自体を流した可能性があるな。アルバートだって明言こそしなかったものの、それでローズマリーを警戒していたようだし。

 実際ローズマリーは色々やっていて潔白というわけでもなかったからな。尚更事件について反論しにくい所はあっただろうし。

 ふむ。マルレーンを狙ったのがローズマリーの敵対者という線は――如何にもありそうだ。

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