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番外389 王たる資格は

 静まり返っていた。サルヴァトーラが砕け散って、地上軍の兵士達には言葉もない。我先にと潰走しないのは呆然としているからか、それとも丘陵地帯の向こうで起こったことなので、後方まではまだはっきりとした光景が見えていないのか。


 ざわめきが広がろうかというその瞬間。突如狂ったような哄笑が響く。凄まじい魔力の放射と共に周囲に衝撃波が走り、爆発に巻き込まれたディアドーラを助けようと駆け寄っていた魔術師が後方に倒れる。

 ディアドーラだった。制御水晶の逆流による爆発に巻き込まれたようだが……生きていたか。こめかみのあたりや腕が血で染まっているようで、無傷とはいかなかったが……あの分ならまだまだ戦闘続行可能、といったところか。しぶといものだ。


「そうか! 分かった、分かったぞ! ヴェルドガルの英雄! 魔人殺しがどこかであれと面識を得たか! ヴェルドガル王国の連中が周到に用意をし、我が国を潰しに来たというわけか……!」


 少し誤解がある、と言っても納得するとも思えないが。まあ、事ここに至っては隠しても無駄な話か。ウィズとキマイラコートの変形を解くと、ディアドーラはゆっくりと高空に浮遊してきた。


「潰しに来たのはお前らだけを、だ。ベシュメルクをじゃない。お前らが野心を出す前に守るべきものを見失わなければ、こんな状況にもならなかっただろうに」

「貴様らの大義に、裏も私心も無いなどと信じろとでも? 我が王こそがベシュメルクの国体である。国体と我が国の財産を害そうとする者。貴様らこそがベシュメルクの敵に相違ない!」

「信じろとは言わない。力の弱い者を無理矢理従わせてきた、お前らの理屈に合わせるだけだよ。自分の番が回ってきただけ。そうだろ?」


 弱肉強食の理屈で言うなら、文句は出ないだろう。


「クク。飛行戦力を潰し、呪法兵を排除し、双子を無力化し……そしてサルヴァトーラまでも。勝負があった、と思っているのだろう? だが違うのだよ。噂通りの戦いぶりだが、そうであればこそ、弱点とてあろう?」


 そんな、ディアドーラの言葉と共に。

 突然の事だった。眼下の地上軍――騎士、兵士達が一様に胸のあたりを押さえて、苦悶の声を漏らし始めたのだ。

 赤。赤い呪力の光が将兵達の身体を覆うように広がっていき、生命反応の輝きも、魔力反応の輝きも、爆発的に増幅していくのが見えた。


 ベシュメルクの魔術師達の一団も……何が起こったのか分からないというように。周囲の状況の変化に動揺を隠せないらしい。

 ディアドーラは……何も動いていなかった。魔力の動きには注意を払っていたが、こいつは行動を、起こしていない。だとする、ならば?


「――何を、した……?」

「肝心な時に役に立たない、飛行戦力に劣る歩兵など、わざわざ連れてくると思うのか? 王都の将兵は、我が王に仕える際に武官として主従の誓いを立てている。日々の訓練や食事に少し細工をしておき……いざという時に、即席の呪法兵と仕立て上げ、命を惜しまぬ兵力に変貌することができる仕込みがなされているわけだ。これも我が研究成果の一つでな。ま、一時的に理性を失い、ほとんど獣と変わらん有様だが、命令ぐらいは一応聞く」


 ……騎士や兵士としての誓いを――契約魔法や呪法の呼び水として利用した?

 赤く輝きを宿した瞳。兵士達は理性を失った獣のような雄叫びを上げながら、背中に赤く透ける呪力の翼を生やしつつある。

 飛行可能な、狂乱した魔物の群れ、とでも言えばいいのか。それが――作戦遂行のためになりふり構わず突っ込む、と?

 だからこそ、魔術師達に地下からの攻撃への備えをさせたままで、本陣の守りは解かなかったということか?


 助けた双子や捕虜となって眠っている騎士達――にはとりあえず影響は出ていないようだ。肉体も夢の中も落ち着いてると通信機から返答を貰っている。となれば、意識を刈り取れば活動停止もさせられる、か?


「切り札は、こちらなのだよ。既にマルブランシュ侯爵領を攻め落とせ、侯爵の首を持って来いと……王の命令は下されている。――できるだけ人死にを避けようなどと考えている、お前や、8号や、侯爵のような……。甘い考えの輩には効果的な運用なのではないのかな? それとも――先程のような大魔法を、何も知らない兵士達に叩き込むかね? 今なら、飛び立つ前に間に合うかも知れんぞ?」


 笑う。ディアドーラは笑う。飛行部隊を叩き潰した俺達の手勢の規模を見切った上で、この規模の一斉侵攻は止められないと見積もっている。

 それが嫌なら今すぐに、何も知らない彼らを大魔法で殺して止めて見せろ、と?


 ――笑わせる。


 俺が肩を震わせたのが不可解だったのか、ディアドーラの表情が曇った。


「残念。切り札を残しているのは、こっちもなんだ。当てが外れたな、ディアドーラ」


 敵飛行部隊の規模を見るに迎撃なら俺達だけで足りるし、それは事実だった。

 手札はぎりぎりまで伏せるものだ。だが、後詰めは不測の事態に対応するためにある。決戦が近付いていたこの状況下で、いつでも割って入れる距離で準備していてくれた。


 状況を把握した彼らが――後方から偽装を解いて、高速で四方から戦場へと突っ込んでくる。それは――シリウス号と同系統の、飛行船達。

 まだ三隻しか建造が進んでいないが、多国の旗がはためき、紋章が刻まれている。


「ひ、飛行船だと――!? シルヴァトリアに、ドラフデニア王家!? バハルザードにエインフェウスまでいるというのか!? 馬鹿な!?」


 今度こそ。ディアドーラは動揺を見せた。月や海底、東国からの援軍もいるけれどな。


「さっきお前はヴェルドガルの名前を出して敵だと言ったよな? あれは正確じゃない。とっくにお前とザナエルクは、世界全ての敵なんだよ」


 ディアドーラはその言葉に、裏で進行していた事態を理解したのか、射殺さんばかりに俺を睨んでくる。


「エルメントルードめ……! ここまで祖国に仇なすか、裏切り者めが! だが! 戦力が拮抗したからと言って……散開して侯爵領を目指す獣の群れを……止められると思っているのか!?」

「当たり前だ」


 掲げるのは――エルドレーネ女王から預かった、グランティオスの祈りの宝珠。

 使う者の意思に応え、結界の形を変える。ヴァルロスと戦った時は光の鎖となってベリオンドーラを縛りつけた。あの時ほどの祈りの力は蓄積されていないとの事だが、今のこの状況であれば、問題なく必要なだけの力を発揮してくれるだろう。


 宝珠から淡い輝きが四方に広がっていく。霧の森から――石切り場――後方の兵士達より更に先まで。丘陵地帯をほとんど覆うような巨大な結界が形成されていた。

 常識では有り得ない結界の規模にディアドーラが目を見開いた。


「こ、こんな! 人を獣に変えるようなやり方は間違っている!」


 そう言ってレビテーションを発動。敵陣から飛び出して、こちらに向かってくる、フードを被った魔術師が一人――。

 離反者、か? 将兵を呪法で縛るようなやり口が、気に入らないと?


「ちっ! 動ける者! そいつを逃すな!」


 ディアドーラが命令を下すと、呪法による支配が完了したらしい兵士達が1、2人、翼を広げて唸り声を上げながら魔術師を追う。

 兵士達の手から放たれる赤い弾丸を風の魔法の制御で避けながら、振り返って応射。俺もまた前に出て、そこでシリウス号の外部伝声管を通してエレナの声が届いた。


『今のは――ザナエルクの若い頃の声です!』


 その声に身構えた――次の瞬間、追撃を仕掛けてくる兵士に対応するように背を向けていた魔術師が、抜刀するような仕草を見せた。

 凄まじい魔力が一気に膨れ上がり、振り向きざまに長大な呪法剣の赤い閃光が横一文字に薙ぎ払われる。

 重い衝撃。それを――ウロボロスで受け止めていた。


 見抜かれれば変装の意味はない、とばかりに。それは顔を露わにする。

 ……若返っている。どういう手段かは知らないが。だが、確かに……あの尊大で酷薄な印象を残すものだった。


「失敗したか。エルメントルードもここにいたのだな。余の若い頃の声を記憶していたとは――いや、バスカールの持ち出した魔道具、か? 遠くの声を聴くための魔道具も……どこかにあるようだな。なるほど。面白い」


 ザナエルクだ。今のやり取りだけで色々と理解したようだが……。


「……将兵を変えたのはディアドーラじゃなかった。そんな術式を操れる者がいるとしたら、主従の誓いの主であるお前だけだ。あの竜籠か、軍の中か。この戦場のどこかに紛れているとは思っていたよ」


 俺の言葉に、ザナエルクは笑う。


「呪法の発動で余がこの場にいると確信を得て、結界で閉じた、か。くく。切れ者だな。本当は……子供の姿にまで戻って侯爵領にて仕掛ける予定であったのだが。まあ、彼の魔人殺しであるというのなら、全盛期の身体で対峙することになったのは僥倖と言うべきか。先程の手並み、確かに見事なものであったが……余とあれらを同じに見るではないぞ?」


 ザナエルクは片目だけを大きく見開いて俺を見据えてくる。

 それだけの自信がある、ということか。確かに……膨大な魔力を感じるが。


「全盛期じゃ、負けたら言い訳もできないな。その手で八つ裂きにするだとか言ってたが、騙し討ちがせいぜいじゃないのを見せてもらおうか。まさか、大魔法で魔力を消耗させたから有利だろう、なんて甘い見通しじゃないだろうな?」


 循環錬気で魔力を練り上げ、高めていく。何一つ問題はない。


「よかろう。では他の者達には我らの戦いに手出しをさせないと約束しようではないか。貴様は――世界が余らの敵だと言ったな? 元よりそれを覚悟すればこそのベシュメルクの王よ。故にこの日、この時のために備え、より大きな力を求め続け、高め続けたのだ。だとすれば貴様と余は殺し合うが道理であろう」


 牙を剥いて笑うザナエルクの魔力が更に膨れ上がっていく。余剰魔力の赤い火花が四方に散った。


「――みんなが許すと言ったって、降伏する気なんかないんだろう? お前が、そんなやり方をしてなければこっちだって敵対しちゃいないさ。沢山の守るべき人を踏みにじって、まだ王を名乗る資格があると思っているのか……?」


 エレナの必死の行動も、パルテニアラの願いも届かなかった。守るべき民を犠牲にして……。ティエーラやコルティエーラの想いも届かない。


 即席の呪法兵達は皆が押さえてくれる。ディアドーラも今度こそ戦いに加わるようだが……俺達の戦いに割って入ってくる様子はないか。

 なら、あの女はみんなに任せる。こいつを叩き潰して――この馬鹿騒ぎも終わりにしよう。

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