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番外388表 虚飾と共に

 影から作り出した大鎌はある程度自由に形を変えられるらしい。振り抜いた大鎌の柄がカルセドネの身体をすり抜け、同じ方向からもう一度斬撃が飛んでくる。

 普通の長柄の武器に有り得ざる動き。さすが異能で作り出したという事なのだろう。


 斬撃を水晶槍の穂先に展開したマジックシールドで大きく逸らして、逆端を跳ね上げるように反撃。横に飛んだかと思うと背後に開いたゲートからシトリアが現れ、入れ替わるようにカルセドネが消える。シトリアの一撃を受け止めて半身になって踏み込む。

 左手に展開した障壁の上から掌底で叩く。衝撃は突き抜けたはずだが、シトリアは驚いたような様子も見せない。大きく後ろに間合いを開きながら三日月型の赤い斬撃波をこちらに飛ばして、牽制の射撃を撃ちながら転移ゲートの向こうへ消える。


「そっちだ!」


 シトリアが消えるタイミングに合わせて背後から放たれたカルセドネからの斬撃波。それを水晶槍で打ち払いながらスティーヴン達に注意を促す。


「ああ!」


 スティーヴンが衝撃波の拳をシトリアの出現先に放つも、カルセドネが割って入ったかと思うと呪法障壁でシトリアへの攻撃を止めていた。転移の瞬間は移動先の状況が分からない。だからフォローに入ったということだろう。手を繋いで大きく後ろに飛んで。それで生命反応の輝きが増していく。ああして触れ合う事で治癒能力のようなものまで使えるらしいが……。


 2人で1人。言葉など交わさずとも、意思の疎通や連係など最初から完璧で当たり前と言わんばかりの動きだ。まあ、テレパスのようなもので交信はしているのだろうけれど。


 ゲートを展開してお互いの場所に移動したり入れ替わったりするという使い方なので、転移先を予測するのは難しくはない。だが、それを見切っていると双子も悟ると、転移ゲートの展開そのものをフェイントにして消えると見せかけて反撃に転じたりと、中々厄介な動きをしてくる。

 殺傷能力の高い術は使わないにしても……魔法を一切なしで、という手加減ができる相手ではないな。まあ、事ここに至っては正体を看破されても構わないが……。


 一方、スティーヴンとレドリックはエイヴリルの能力で補助をしてもらっている。遠くから見てどこに転移ゲートが展開するかというような、視界外の情報を貰うことで、どの方向からでも対応ができるというわけだ。自身の周囲をどこからでも攻撃できるスティーヴンやレドリックの能力とは非常に相性が良い。


「オクト達が空を飛ぶという情報は、無かった」

「報告と情報の修正が必要」


 そんな風に、双子は衝撃によって受けた軽いダメージからの回復を図りながらも淡々とした言葉を漏らす。

 そう。そうか。戦いの中での連係はある程度決められた範囲でやり取りができるが、言語化しなければ伝えられない情報は会話が必要か。そのあたりは、エイヴリルの能力と同じだな。ならば、こちらの言葉も多少は届くのか。

 だとしたら、双子の回復を見過ごしてでも――。


「話を聞け……! こんな意味のない戦い、お前達の意思じゃないだろう……!?」

「私達の、任務」

「敵は、倒す」


 当たり前の事を聞かれたから当然の答えをというように、2人の口から感情のない言葉が漏れる。


「あいつが……ディアドーラがそんな風に教えたからだろ! 間違ってるのはディアドーラの方だ! 子供に戦い方しか教えないなんて間違ってる……!」


 双子の返答に、レドリックが訴えかける。そんな感情を露わにするレドリックを無感動に見つめるカルセドネと、シトリア。そこで、スティーヴンも口を開いた。


「……俺はオクトじゃない。スティーヴンだ」


 双子の呼称を否定する。その名前は、家族に名乗るためのもので。スティーヴンが自ら選んだ本当の名だ。双子は、動かない。


「情報修正が必要?」

「呼称の違いは、対象の本質に影響はない」

「なら、修正は無意味」


 そんな、会話。スティーヴンは苦笑すると首を横に振った。


「無意味じゃあねえんだよ。昔は実験体8号なんて呼ばれてたな。だが、この力は望んで得た力じゃない。力を引き出すための痛みも苦しみも、戦いの苦労も、ディアドーラ達は知ったことじゃあない」


 そう言って。スティーヴンは拳を握る。


「だってのに、ザナエルクやディアドーラは、自分達の殺意だけは俺達に押し付け、俺達のために手を汚してこいと言いやがる。奴らはお前達のために何かをしてくれるか? そんな戦いに、何で付き合わなきゃいけない? だから、俺は家族の皆と、自分達の意思で生きていくために自分で、名前を選んだんだ。苦労はあるが……まあ、その分楽しい事もあるし、充実もしているな」


 そんなスティーブンの言葉も。カルセドネとシトリアには届かないのか。感情に揺らぎはない。


「理解不能」

「そんな事は、知らない」

「こちらに曖昧な情報を流すための情報戦と判断」

「以降、対象の戦闘能力を奪うまで、交渉は遮断すべき」


 そんな風に、淡々と結論を下した。

 知らない。ああ、そうか。それは本当に文字通りの意味で「知らない」んだな。

 生まれてから、今日までの間。喜びも悲しみも楽しみも、怒りや憎しみさえもなく。自分の置かれている状況がどういうものなのか、判断する材料さえもなかった。双子の間で精神のやりとりをして、外部には閉じているから感情も動かない。不平不満も喜びもないから疑問に思うこともない。


 だとするなら。


「2人とも聞いてくれ。今から、あの双子の連係を崩す」


 スティーヴンとレドリックに言うと、2人は揃ってこちらを見る。


「そんなことができるのか?」

「多分。けど、大技が必要だから……少しの間、2人だけで双子の攻撃を凌いで時間を稼いで欲しい。俺の考えが上手くいけば、そこまでいければ何とかなる。できそうかな?」

「……やるよ! それであの子達を助けられるなら!」


 レドリックが気合の入った表情で頷く。


「俺も異存はない。だが、レドリック。無茶はするなよ?」

「ああっ!」


 そんなやり取りをしている間に、双子の回復は完了したらしい。俺は後ろに飛び退って。代わりにスティーヴンとレドリックが一歩前へと。


 俺の考え、作戦はカドケウスが通信機でシリウス号側に伝達中だ。俺の姿は邪魔が入らないように、アシュレイが霧の向こうに隠してくれる。後は……上手く合わせてくれることを期待するだけだ。


「では、始めよう!」


 スティーヴンの言葉と共に。戦闘が再開される。

 循環錬気――。マジックサークルを展開し、環境魔力を取り込んで、俺を中心とする大きな魔力の渦が生まれていく。

 スティーヴン。レドリック。そして双子達は同時に飛び出した。巨大な衝撃波を先手として放つも、鎌で両断して最短距離を突破。


 炎でできた鞭でレドリックは双子を間合いに入れまいと牽制する。近接戦闘ではスティーヴンはともかく、レドリックと双子の間にはかなりの差がある。そこをスティーヴンやエイヴリルの能力と組むことで補って、俺がどちらかに近接戦闘を仕掛ける事で波状攻撃を防いでいた形だが――。


 やはり、俺が抜けた穴は大きいのか、その分スティーヴンの負担が大きくなる。

 倒す対象ではないという意識も大きいのだろう。遠慮なく殺しにくる双子と、迎撃するにしても致命的な威力は引き出すまいとするスティーヴンとレドリック。その差はすぐに顕著なものとなる。


 炎を操って牽制するも、すれ違い様に浅く斬られて転移。別の角度から降ってくる大鎌の一撃をスティーヴンが弾くも、次のシトリアの波状攻撃に反応が遅れてスティーヴンの脇腹を軽く切っ先が掠めていく。


 浅く軽く。しかし鋭く速く。隙を見せれば一瞬で命を刈り取りに行くと双子が飛び回りながら出現と消失を繰り返し、空を踊るように舞う。

 だが。だが。2人とも俺の方には来させまいと攻撃を撃ち放って双子への牽制だけはきっちりとこなしている。

 威力を上げてもあからさまな攻撃なら避けるだろうという、それは双子の力量への信頼でもあり――。


「危険。竜人の魔力が異常増大中」

「大魔法の兆候あり。優先して竜人を止める」


 環境魔力が渦を巻き、練り上げた体内の余剰魔力が火花を放射する。双子の注意がこちらに向いて。ああ。こちらも準備できた。突っ込んでくるのは望むところだ。


 2人は手を繋いで。空いた両腕から巨大な影の鎌を展開させる。武器というよりは巨大な蟷螂の腕。


「来いッ!」


 こちらもマジックサークルを展開。真正面から突っ込む。とんでもない長さまで展開した影の鎌が凄まじい速度で迫ってくる。こちらも――応じるように魔法を発動させた。過負荷によってウロボロスに纏わせた結晶が弾け飛び、竜杖の姿が露わになる。


 分解術式――! 身体の周囲に展開した白い輝きが、首と胴体を両断するように叩き込まれた影の鎌を、触れた瞬間に弾き散らす。分解術式の輝きを纏ったままで、真っ直ぐに双子に向かって突っ込んでいけば。それで左右に双子は分かれる。


 今ッ!


 双子の間を隔てる様に分解術式の壁を展開する。その瞬間。双子は確かに戸惑ったような表情を見せた。鎌を展開するでも転移ゲートを作るでもない。双子はお互いの顔を見合わせて。

 それは――。目に見えない物も等しく分解する術式の輝きだ。最短距離で左右に分かれた双子の間にも、テレパスの魔術的な結びつきは存在する。


 だから。それを一瞬でも切断して遮断してしまえば、連係の為の交信が途絶するということだ。そしてその瞬間なら、後方で控えているエイヴリルやイーリス、ユーフェミアや子供達の……その想いは届く――!


 エイヴリルとユーフェミアが協力して。イーリスや子供達や、彼らの想い、祈り、願いを束ねて放つ。それは強烈な思念の波だ。

 俺の脳裏にも、感情や光景として、確かに届いていた。


 空の見えない、地下の暗い研究室。実験の痛みと苦しみと。感情抑制から解き放たれた時の、世界の見え方の変化。

 未知を知る喜びと、適合できなかった子供への苦悶の想い。同じ境遇の仲間を失ったことの悲しさも、実験体であった彼らはその時初めてそれを知ったのだ。


 立ち向かう事を決めた時の事。みんなで協力し合うことのできる嬉しさと心強さ。自分達のための戦い。得られた自由と、実験体であることから解き放たれた代わりに待ち受ける、生き続けるための苦難。

 みんなとの暮らし。森の中に家を建てたり。釣りや狩りや料理をしたり。日々の試行錯誤。失敗と成功。喜びも悲しみも、苦悩も怒りも混ぜあって。けれど、自由になってからのそんなスティーヴン達の日々は、大変だけれどとても楽しそうに見えた。そうしてカルセドネとシトリアの事を知って。彼女達の事を心配する、その気持ちに至るまで。

 それは長く感じても一瞬の白昼夢。彼らが歩んできた日々の記憶と、様々な感情の軌跡。


 最初に――反応を示したのはシトリアだった。多分彼女の方がシリウス号に近かったから。


「なん、で……私……?」


 シトリアは動きを止めて、頬を伝う涙に触れていた。止まらない。涙を止める事ができない。


「シトリア?」


 カルセドネが怪訝そうな面持ちで片割れの名を呼ぶ。

 分断されていたテレパスは、能力によるものだからすぐに迂回して繋ぎ直すこともできるだろう。けれど。シトリアに届いたということはカルセドネとも共有されるということで。


「え? あ。あ、あ、あああ……? ど、どう、して?」


 そう。カルセドネにも伝わる。カルセドネもまた、動きを止めていた。

 知らないのであれば伝えれば良い。2人だけで閉じているから届かないのなら、割って入ってこじ開ければいい。


「もう……分かるだろ? あの女は、能力や結果しか見てない。ザナエルクのために戦わなきゃならないなんて。僕は、そんなのは嫌だ」

「俺達はお前達を傷つけるつもりはない。俺達にとっては、お前達は最後の妹だからだ。共に生きていきたいと、そう望んでいる。俺やレドリックだけじゃなくて、後ろで待っているみんなもな」


 双子は、お互いを求めるように手を繋ぎ、頭痛に堪えるように額に手を当てる。先程と違い、言葉は――いや、その意味するところは、届いているはずだった。


「う、あああああああっ!」


 小さな子供がするように必死に首を横に振って。ただがむしゃらに。掴みかかるように。俺に向かって飛んでくる。それは体術でもなんでもない。混乱して、やり場のない感情をただぶつけようとするだけの動きで。


「生き方をいきなり変えろだなんて言われても、怖いものな。少し――ユーフェミアのところで休むと良いよ。ここは、騒がし過ぎる」


 分解術式の輝きは左手の中に隠し、2人の腕をすり抜けすれ違い様に眠りの雲を浴びせる。術式への抵抗も出来ずに――2人はあっさりと意識を手放して崩れ落ちた。

 落ちていく2人に封印術を施し、それをスティーヴン達が受け止める。


「2人を安全なところに。俺はまだ、やる事がある」


 そう言うと、スティーヴン達は俺を見て頷く。


「ああ。2人を船に届けたら、すぐに戻ってくる」


 ああ、そうだな。まだ戦いは終わってない。2人のテレパスを分断するために分解術式を発動したが――これはまだ生きている。魔力もまだまだ使い切ってはいない。

 ディアドーラやザナエルクのやり口に対する感情も、ユーフェミア達の記憶を垣間見たからか、燻ったままだ。だから――。

 視線を戦場に向けると、グレイスが巨大な闘気の拳で呪法兵を吹っ飛ばしているところだった。そうだ。グレイスなら、あの程度じゃ済ませない。狙いも、分かる。この位置、距離なら十分、合わせられる。


「行くぞ!」


 魔力光を噴出させて、最短距離を突き抜ける。グレイスの巨大斧が凄まじい唸りを上げて――呪法兵を両断。その背後にいたサルヴァトーラにも直撃する。

 揺らぐ。グレイスの一撃に巨体が揺らぐ。それを見逃すマルレーンとライブラでもない。

 部分召喚されたオールドエントの一撃がサルヴァトーラの脇腹にめり込み、カタカタと笑うような仕草を見せたガシャドクロが、大きく開いた口の中に凄まじい閃光の輝きを宿す。危機を察知したのか、サルヴァトーラが呪法障壁の赤い壁を展開しようとする、が――遅いッ!


「はああああああああっ!」


 気合と共に竜杖を突き出す。にやりと笑みを浮かべて唸るウロボロス。円錐状に纏う分解術式の輝き。狙うは――サルヴァトーラの頭部。


 狙いの位置から寸分違うことなく。呪法障壁を突き抜け、顔面を分解しながら後頭部へと突き抜ける。頭部に理解不能な損傷を負ったサルヴァトーラの術式制御が乱れ、展開していた呪法障壁が霧散。そこにガシャドクロの口から放たれた極大の閃光が浴びせられた。巨体が倒れて地響きを起こす。


 まだだ。まだまだまだまだ――! 頭上にウロボロスを掲げ、マジックサークルを展開。どうせもう正体は割れている。何の遠慮もいらない。ここで――貯め込んだ魔力を一度放出し切る!


 周囲に余波が届かないようにヒュージゴーレムを防壁へと変形。オールドエントもガシャドクロも、送還されて消えていく。

 第9階級。火、土複合魔法メテオハンマー。顕現した巨大な大岩が振り降ろす杖の動きと共に解き放たれた。


「潰れろ」


 女神像の姿も救世主をもじったその名前も、そこに何の意味もありはしない。紛い物は紛い物。虚飾共に吹き飛んでしまえばいい。

 防御もままならない状態で、その胴体へと白熱する流星が直撃した。凄まじい轟音と共に胴体がひしゃげ、周囲の土砂を巻き上げながら胴体を粉砕されたサルヴァトーラの手足が吹っ飛ぶ。もうもうと土煙が立ち込めるその後には……女神像だった残骸が残るばかりであった。

いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます!

読者の皆様の応援、感想、ポイント、大変日々の励みになっております!


さて、6月25日発売の、書籍版境界迷宮と異界の魔術師8巻に合わせまして、

登場人物のラフイラストを活動報告にて公開しております!

挿絵担当の鍋島テツヒロ先生に、テオドール達の新デザインや

新しい登場人物のラフイラスト等を頂いておりますので、

こちらも合わせて楽しんでいただけたら嬉しく思います。


今後ともウェブ版、書籍版共に頑張っていく所存ですのでどうかよろしくお願い致します!

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