番外388裏 呪法兵団・後編
イグニスとマクスウェルが相対したのは、飛行型呪法兵の中でも一際異彩を放つ個体であった。本体は不明。光輪を頂く球体こそが本体なのかも知れない。表面には不可思議な光の紋様が浮かび上がっている。その周囲に無数の立体物を浮遊させて、さながら衛星のように自身の周囲を高速回転させている。
例えば正四面体、正六面体、正八面体、正十二面体等々……。大きさも形も不揃いなそれは積木の玩具のようでもある。だがそれらは間違いなくこの特殊な呪法兵の「武器」なのだ。
異様な姿ではあるが――イグニスはお構いなしに踏み込む。それらの立体が蛇や鞭のように連なって猛烈な勢いで打ち込まれたマクスウェルの一撃を逸らし、イグニスの巨体を弾く。
一瞬後には元通り球体の周囲を回る衛星軌道に戻るが、別の立体が白熱したかと思うと目にも止まらぬ速度の弾丸となってイグニス目掛けて降り注いだ。
マクスウェルが磁力線を展開。磁力のレールに乗せて風車のように高速回転させて防壁を作る。凄まじい金属音が響き渡って弾丸が四方八方へ吹き飛ぶ――が。それは勢いを失っても独りでに浮遊してきて、再び球体呪法兵の周囲を回る衛星の中へと加わるのだ。
イグニスはお構いなしに踏み込んで斬撃を繰り出すが、高速回転する衛星リングを盾か鎧のように使い、マクスウェルの磁力斬撃の打ち込みに応じる。風切り音と耳障りな金属音。
衛星リングの端から立体の群れが一条飛び出すと、大きく迂回しながらイグニスの背後を掠めるような軌道で戻ってくる。装甲と連なる立体が擦れ合うようにして、火花を散らす。
イグニスの胴体を絡め取るように連なる立体の輪が引き絞られるが、その前に魔力光推進の輝きを爪先から残してその場を上空へと離脱していた。
球体表面に浮かぶ光の紋様が――イグニスの離脱した先を追うように動く。それはさながら、光の紋様で形作られた目のようでもあり――。
異様な姿と戦闘方法ではあるが、あの光の紋様は球体呪法兵の感覚器官なのかも知れない、とローズマリーは思う。
「もう少し温存しておきたかったけれど、埒が明かないわね。出し惜しみは無しにしましょうか」
「確かに、手強いな」
マクスウェルが答える。
呪法兵の視線の先にローズマリーはいた。
「な、何だあれは――?」
そんな、ベシュメルクの将兵の声。
傍らにイグニスとマクスウェルを従え、ローズマリーは――乗り物にその身体を収めていた。
それは――イグニスと連係するための、チャリオットというべき代物だ。その装甲、デザインもイグニスの姿に合わせたもので――。
チャリオットではあるが、車輪ではなく足に似たパーツを下部に備える。足に相当するパーツは様々な方向に動くが、歩くため、駆けるためではなく、先端から魔力光推進を行うための稼働型噴出孔となるのだ。
チャリオットは迷宮深層を守護するセントールナイトの魔石を動力として内蔵している。3連の小型浮遊炉が組み込まれ、乗員にかかる慣性や衝撃を相殺するという、小型の飛行船に近い構造。
イグニスの背面、腰部装甲が展開し、ミスリル銀の装甲を持つ流線型の魔法生物にイグニスが身体を接続することで――ケンタウロスに近い姿となる。
チャリオットの前方には流線型のパーツが迫り出しており、そこにケンタウロス形態となったイグニスが接合することで強固な装甲と魔法的な防壁に守られ、また自身の浮遊制御を行う必要もなく、前線でイグニスの強化や援護射撃に専念できるという寸法だ。
イグニスがその身体を接続させれば――魔石が全力で稼働し出して、魔力の輝きが周囲を照らす。
「おお。これは良い。力が漲ってきた」
十全でありながらも過剰ではない。最適化された魔力供給を受けたマクスウェルは核を明るく明滅させて、楽しそうな声色を響かせる。
足を組んで操縦席に座るローズマリーが、制御球体に触れながら薄く笑った。
「――始めましょうか、イグニス、マクスウェル」
戦鎚とマクスウェルを両手に携えて。チャリオットと一体となったイグニスが魔力光推進の尾を引きながら、凄まじい加速をしながら呪法兵に突っ込んでいく。
それは――イグニスを魔力糸で強化した時を遥かに上回る速度だ。チャリオットに4門、イグニスの両足でさらに2門。合計6門からなる魔力光推進による加速を受けながらも、ローズマリーは笑っていた。組み込まれた浮遊炉が乗組員への負荷を軽減しているのだ。
球形呪法兵が体表に浮かぶ目を大きく見開く。すぐさま立体衛星がイグニス達を迎え撃った。
戦鎚とマクスウェルを縦横に振るい、高速回転する立体衛星を弾き散らす。電磁加速されたマクスウェルの一閃が球体ぎりぎりのところを掠めていく。
通り過ぎた――と思ったその瞬間に。ローズマリーの放ったマジックスレイブが球体周辺を包囲していた。
「爆ぜろ」
マジックスレイブが一斉に火魔法リペルバーストを発動させる。つまりは――四方八方から爆圧が呪法兵に押し寄せるということで。
金属を擦り合わせるような奇怪な鳴き声を上げながら球体が爆炎の中から飛び出してくる。反射呪法を張り巡らせたようだがそれでも全方位をカバーできるものではない。反射ダメージもローズマリーの手元で身代わりの護符が燃え上がるだけで、ローズマリーには届かない。
ミスリル銀の装甲を持つ魔法生物に攻撃を仕掛けても無駄だと判断したのだろう。呪法兵はその武器である衛星達をチャリオットに乗るローズマリーに向けて撃ち放つ。
チャリオットは弧を描いて戻ってくる軌道。イグニスとマクスウェルが向かってくるそれらを弾き散らすが――撃ち落とし切れない。質より量。身を守る衛星をも解き放ち、全てを以って操縦者であるローズマリーを仕留める構え――。
だが――。多重のマジックシールドがローズマリーの周囲に張り巡らされていた。チャリオットもまた、魔法生物。移動方向を他者の制御に委ね、自身の意識、感覚は防御への専念に使う事で鉄壁を実現する。
無数のスパーク光を散らしながら分厚いマジックシールドを展開して弾雨を突き抜け――チャリオットが迫る。
球形呪法兵もまた、光輪を激しく発光させて呪法により自身を強化。衛星を引き連れながら加速して距離を取ろうとする。
呪法兵の速度はチャリオットには及ばない。だが、速度を上げて同じ方向に動けば突撃の勢いを弱める事が出来る。
「――甘いわね」
そんなローズマリーの声。突然の――進行方向からの衝撃があった。
「衛星を持っているのはお前だけではないわ」
マジックスレイブによる光魔法の迷彩を受けたローズマリーの衛星弾が、進行方向から突っ込んできたのだ。背後から追い縋るローズマリー達に意識を向けていた呪法兵に、これを避ける術はない。
すれ違い様。魔力光と磁力で加速したマクスウェルが、イグニスの膂力で振り切られていた。球体が中央から真っ二つに両断され――チャリオットの背後で爆発を起こす。
ローズマリーはそれを見届けると、羽扇を取り出して口元を覆う。
「……ふむ。試運転でも分かっていたことだけれど、瞬間的に大きな力を出せる分、全力だと消耗が激しくなるわね。圧倒的ではあるけれど、配分に気を付ける必要があるわね」
そうして、視線を仲間達の元に向ける。まだ、余力はある。加勢して戦況を有利に導くべきだろう。そうしてローズマリーは制御球に手を触れるのであった。
ヒュージゴーレムとガシャドクロ、サルヴァトーラが交戦を続けるそのすぐ傍らで、幾度も激突する。
漆黒の闘気が渦を巻き、呪法兵――天使長の放つ閃光を掻き散らす。
影を留めぬ程の速度で踏み込み縦横に斧を振るうグレイス。
対する天使長は光輪を輝かせ、グレイスの速度に勝るとも劣らない速度で飛び回りながら、翼状のパーツを無数に分離展開させて四方八方から光弾を撃ち込んでくる。すれ違い様にグレイスの斧と、天使長の槍が交差してスパーク光を散らす。
呪法に対する備えがあると看破すると、天使長は早々に呪法系の術式使用を自らの強化のみに限定して、グレイスに対抗してきた。
その結果がこれだ。力と力。技と技。常軌を逸した速度で交差し、人の及ばない膂力で得物を叩きつけ合う。
自身の周囲に漆黒の闘気で防壁を張り巡らせて立体的な射撃を防御するグレイスと、分離した翼からの射撃と本体の波状攻撃でグレイスの闘気を分散させて突破しようとする天使長と。
そのすぐ傍らで。ガシャドクロはカタカタと笑うような仕草を見せながら黒紫色のオーラを纏い、骨の刀をサルヴァトーラに叩きつける。
グレイスもまた天使長へと一層力を漲らせて突っ込んでいく。
赤黒い呪力の輝きを閃かせて、天使長の槍がグレイスの双斧を捌く。互いの得物。肩から先が影をも留めぬ速度で振り抜かれ空中に無数の火花を散らす。
闘気の隙間を縫うように四方から閃光が奔る。グレイスはそれを躱しながら斧を打ち込み、槍の穂先でそれを逸らして反撃への反撃を重ねる天使長。
放たれた閃光一つ一つが、グレイスに直接当たらない軌道でも、漆黒の闘気でかき消されている。天使長はガシャドクロやヒュージゴーレムを射線上に置いた上で射撃を繰り返すからだ。
交差させた斧で受け止め、グレイスの蹴り足が跳ね上がる。天使長は呪力を込めた構造強化で防御。それでも重い音を立てて天使長が後ろに吹き飛ぶ。
間隙を縫うように闘気の砲弾が放たれ――天使長の分離した翼の一つを砕く。砲台を兼ねる翼を構成する部品もまた高い機動力を要するが、グレイスの闘気弾を避けなかったのは――やはりその背後にサルヴァトーラがいたからだろう。
代わりにサルヴァトーラからの応射。赤い魔法陣がいくつも装甲表面に展開するとグレイスに対して光線を放ってくる。それを――ヒュージゴーレムが受け止めて。
砕けた部分は地面から吸収して補修。鈍重な代わりに無尽蔵の再生能力でサルヴァトーラに追い縋るヒュージゴーレム。
そうして互いに援護を行いながらも、巨兵達もまた常軌を逸したサイズでの剣戟を繰り返す。赤い呪力の巨大剣とガシャドクロの黒紫色の骨刀が激突。凄まじい轟音と衝撃を周囲に響かせる。
ヒュージゴーレムが岩の弾丸を腕からぶっ放し、空中に召喚ゲートが展開したかと思うとクラーケンの足がサルヴァトーラの腕や足を絡め取って動きを阻害する。そんな、馬鹿げた規模の戦闘のすぐ横で、人間サイズの二つの流星が交差して火花を散らす。
2つ、3つと攻防の中で翼の砲台を砕かれた天使長が、その翼を自身の元に引き戻す。翼が背中に接続されるとそれまで以上の赤い輝きが天使長から噴き上がった。
空間制圧でグレイスの集中力を削るよりも本体の力として一点集中させるべきという判断だろう。
各個撃破されていけば大きく削られてしまうし、グレイスの闘気の砲弾は常軌を逸した破壊力だ。サルヴァトーラに撃たれても有効打に成り得るならば、射撃戦よりも息を吐かせぬほどの徹底した近接戦闘を行うべきなのだ。
爆発的な速度で突っ込んでくる天使長。真っ向から迎え撃つグレイス。激突の瞬間に衝撃波が散って。そのまま斧と槍とで打ち合う、打ち合う。
互いの身体を掠め、得物をぶつけ合い。それでも一歩も退かない。
その光景を、ディアドーラは本陣から眺めていた。その手には赤い水晶。
「あのような逸材がいるとは世界は広いが――呪力を束ねて無尽に力を引き出すプレスケスに……勝てるかな?」
赤く輝く水晶。ディアドーラの言葉を裏付けるように。地上軍の後方に、一心に印を結んで力を供給し続ける魔術師達の集団があった。
他の魔術師達が前衛呪法兵達の直接援護を止めたのは、供給担当の魔術師達を守るためでもある。天使長――プレスケスの瞬間的な出力が増すというわけではないが、最大出力での継戦能力は他の追随を許さず、そしてその戦闘能力自体が常軌を逸している。
だからこそ、グレイスの渦巻く漆黒の闘気に対して一歩も退かずに打ち合う事ができる。最大出力を引き出したままで幾度も攻撃を繰り出す。
それを受けるために、グレイスもまた闘気を振り絞る。今でこそ均衡しているように見えるが、グレイスの闘気の総量は少しずつ削られていた。
赤い輝きを宿す槍を、大きく引いて、そのまま凄まじい勢いで幾度も刺突する。穂先から赤い閃光が飛び出し、本来の槍の射程距離以上の間合いから攻撃を見舞う。グレイスが腕を振るえば闘気の壁が上方に噴出するように迫りくる刺突の雨を弾き散らす。
同時に、グレイスの手から片方の斧が投げ放たれていた。大きく弧を描いて背後から迫るそれを、プレスケスの翼が受け止める。正面――。闘気の壁を突き抜けるようにして最短距離をグレイスが突っ込んでくる。大上段に打ち込まれる一撃。呪力を集中させた槍の柄で受けて逸らし、一挙動に殴り抜くがそれをグレイスは柄を握るように手で受け止めていた。押し込む。プレスケスが押し込む。力尽くで。
押しながらもプレスケスのその頭部に赤い光が集中していく。そして、避けようのない距離から閃光が放たれた。
「お父さんと、お母さんの国。貴方達のような人達の……好きにはさせません」
だが――グレイスに閃光は届かない。それまで以上の漆黒の闘気の渦が。グレイスを中心に噴き上がる。
グレイスが巨兵の近くに陣取ったままで戦っていたのは戦闘の余波にサルヴァトーラを巻き込むためでもあるが、夜闇の気配を強く宿すガシャドクロと、相乗効果で互いの力を高めるためでもある。
戦いの中で散った力を夜闇の精霊の力を借りて、グレイスの元に集めていく。エナジードレインの応用だ。
膨大な量の闘気と夜の力が、一瞬にしてグレイスの空いた拳に集約される。至近から。黒い雷を迸らせる闘気の拳が放たれた。
何かがひしゃげるような音。最大出力の呪法障壁さえも撃ち抜いてプレスケスが装甲の欠片をばら撒きながら大きく吹き飛ぶ。
それで――終わりではなかった。黒い火花を四方に散らしながら、グレイスが再び手にした斧に漆黒の闘気が集束していく。伸びる。振りかぶった斧の柄が伸びる。刃が馬鹿げた大きさに肥大していく。片手斧だったはずのそれは――斧と呼ぶのも馬鹿馬鹿しいサイズに肥大化した。
ホウ国で得た神珍鉄とバリュス銀の合金。グレイスだけが扱える必殺の武器。
「あれは――!?」
「はあああああああっ!」
ディアドーラの驚愕の声と、グレイスの裂帛の気合が重なる。
黒い大雷。そうとしか形容しようのない一撃が大上段からグレイスの全身のバネを以って振り抜かれた。吹っ飛んでいくプレスケスを両断し、横合いからサルヴァトーラにまで直撃してその巨体を揺るがす。
「しま――っ!?」
同時に、ディアドーラの手にしていた制御水晶が白光を放つ。供給されるはずだった呪力が行き場を失い――逆流してきて。そして爆発を起こした。
いつも拙作をお読み下さり、ありがとうございます。
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詳細は活動報告に書きましたので参考にしていただければと思います。
今後ともウェブ版、書籍版共に頑張っていく所存ですのでよろしくお願い致します。