番外388裏 呪法兵団・中編
飛行する呪法兵達は頭部に青白く輝く光輪を浮かべており、人間型のものは背中に翼のようなパーツを持ち、白を基調とした流線型の装甲を纏っているというデザインだ。
光輪と白い装甲という姿は共通しており、全体を見れば天使を模したような、と表現できるような姿をしているが……すべて浮遊しているからか、足があっても爪先から下は槍のように尖った形状をしている。
支援砲撃型と思われるものは腰から下が球体で、手には杖というデザインをしていたりと、その姿は役割によってそれぞれ違いがあるようだった。
変わり種としては――グレイスが相手をしている、他よりも一回り大きな天使長というべき純正強化したような個体と……ローズマリーとイグニスが相手をしている、多数の浮遊部品を手足のように操る特殊な個体だ。
それらは一目で分かるほど他の呪法兵より抜きん出た性能をしているが、それぞれその一体しか存在していない。
コスト面で問題があるのか、性能が特殊で汎用性がないからか。いずれにせよ一個体のみで部隊的な運用から外れる者であるのは間違いない。
部隊とはいったが、それでも呪法兵自体はそこまで数が多くない。だから――エリオット達がそれらの、部隊化された呪法兵達を相手にすることとなる。
サフィールに跨ったエリオット、デュラハン、ヘルヴォルテが先陣を切り、右手から光の剣を生やした前衛の呪法兵達と切り結ぶ。
後方から青白い光の砲撃を放つ呪法兵に対しては、前衛の呪法兵と連携させないためにイチエモン、ベリウス、ジェイク、ピエトロといった面々が切り込んでいく。
「行くぞ、サフィール」
エリオットの声に、ヒポグリフのサフィールが嬉しそうな声を上げる。エリオットとサフィールを一体化させるように氷の鎧が形成されたかと思うと、サフィールがシールドを蹴って更に加速する。
対するは手刀のように構えた手から光の剣を生やす天使型呪法兵。氷剣と光剣が空中で幾度も激突する度に氷の欠片と閃光が飛び散り、煌めきをその場に残す。
サフィールと並走しながら斬撃の応酬。氷を纏ったレイピアと、光の剣とで幾度も切り結び、互いに弾かれた瞬間にサフィールはシールドを蹴って。天使兵は背中に魔法陣を展開して体勢を立て直し、互いに突っ込んでいく。
サフィールの翼――氷に覆われていない部分を狙うような軌道の刺突――。
エリオットの操る氷の鎧が変形して、天使の刺突の軌道を逸らすように弾いていた。下に潜り込むような格好になるのは分かっていたというように、サフィールは縦回転していた。氷塊を纏った馬の蹄に闘気が宿り、そのまま蹴り上げる格好になる。エリオットもサフィールもお互いに全幅の信頼と先の動きが分かっていなければできないという動きだ。
しかし、サフィールの蹴りが直撃しようかというその瞬間、反射呪法の盾が展開していた。
それは――無駄だった。反射呪法を一方的に打ち消し、サフィールの蹴りが天使兵に直撃する。対反射呪法を無効化する魔道具。エレナの組んだ解呪術式だ。胸部の装甲に罅を入れられながら、大きく後ろに吹き飛ぶ天使兵。
次の瞬間、巨大呪法兵――サルヴァトーラの振るった剣が両者の間を猛烈な勢いで通り過ぎていく。巨兵同士の戦いの傍らでの飛行戦闘。一瞬気を抜けば巻き込まれて命を落とすかのような戦場。
しかし、呪法兵達に生命への危険といった概念は存在しない。ダメージを避けるように動くが、それはあくまで長く戦闘を続けられるようにという機能保全の観点からだ。
痛覚はなく避けられないとなれば捨て身の攻撃に出る。そこに澱みも迷いも一切存在しない。エリオットが相手をしている前衛型も然りだ。
天使兵にダメージを受けながらも、サルヴァトーラの剣が皮一枚のところを通り過ぎていく状況を、時間稼ぎに適していると判断したのか、すぐさま剣に並走するように飛びながら、頭上の光輪を高速回転させて身体の周囲に方陣を展開していた。
翼をはためかせてその先端から三日月状の赤い斬撃を四方へと放つ。一旦四方に散った斬撃は途中から不自然に軌道を変えてサフィールとエリオットに迫る。
攻撃対象を「呪う」ことにより、術者の意識から外れなければどこまでも追尾する。そういう性質を持つ攻撃呪法だ。
解呪の魔道具で一方向なら対応できるだろう。しかし四方八方から飛んでくる赤い誘導弾全てを撃ち落とすのは難しい。
しかし、エリオットもサフィールも意に介さない。正面から突っ込んでくる天使兵に合わせるように真正面に飛び込む。正面からの天使兵。背後から追尾してくる誘導弾。
引きつけてから方向を変えて避ける事で誘導弾を術者に当てる、という動きを想定したのか、天使兵は速度を緩め、どちらにでも動けるようにその場に留まる。
エリオットは――機動を変えなかった。最高速で突っ込みながら何かを後方にばら撒く――。
それは、人型、ヒポグリフ型に紙を切り抜いたような――陰陽術による身代わりの護符だ。呪法に対しての目暗まし。「呪い」の対象を誤認した誘導弾が、エリオットの後方で次々赤い爆発を起こす。
迎え撃つような刺突を皮一枚で避け、すれ違い様に天使兵を覆うような水球を叩きつける。エリオットに操られる水球は――胸部装甲に生じた亀裂から天使兵の内部に潜り込み、急速に膨張しながら氷のスパイクボールに変貌する。
装甲の隙間から内部機工部分への破壊。胴体を内側から砕かれるようにして天使兵が四散しながら落ちていく。落ちていく前衛の呪法兵一体を視界の端に捉えながら、エリオットが言う。
「――対呪法の備えがあれば……というところかな。しかしこんなものを小規模な部隊として作れる、というのは……厄介極まりない」
武芸や魔法といった地力で負けているとは思わない。だが人工物でありながら、体術も判断能力も相当なものだった。手加減できるような相手ではないのは確かで、対呪法の温存も難しいだろう。
エリオットは一瞬表情を険しいものにするも、すぐさま仲間の援護に加わるべくサフィールに指示を出す。手練れではあるが絶対数が多くないのなら、天秤を傾ければ傾けるほど有利な状況になっていくはずだから。
「呪法に対する備えを持つとは――!」
地上軍に守られる形で後方に控える、ベシュメルクの魔術師達は驚愕の声を露わにしていた。
地下や転移による奇襲に備えての守り、及び飛行部隊の後衛への援護攻撃が彼らの仕事だ。敵を食い破る黒い犬の呪いを放ち、前衛となる騎士や呪法兵、後衛となる砲撃型呪法兵の援護を行う――言わば中衛としての役割が彼らの任務であった。
だが、通常の魔法が届かない程の遠距離から確実に相手を捉えるはずの呪いの猟犬達が目標を誤認してしまって役に立たないのだ。
人型の札を噛み砕いて消えてしまうか、誤認して別の目標に向かったところに攻撃を食らって――しかもその呪詛が術者に跳ね返される。呪法対策の術式を相手が保有しているという証左だ。
「ぐはっ!」
またも。遠隔で呪いの猟犬が爆破され、呼応するように仕掛けた術者が後ろに吹っ飛ぶ。
そして助け起こそうとしても、意識が戻らない。
「面白いことになっているな。これは……眠り姫の能力か。少し見ない間に干渉距離が伸びたようだが……やはり、あれに対する対策は難しいな。これだけ距離を取っていれば問題ないと思っていたのだが」
と、そこに姿を現したのはディアドーラだ。意識の戻らない魔術師を見て嬉しそうに笑う。
「でぃ、ディアドーラ様。これでは援護がままなりません!」
「それどころか、このまま損耗が続けば、地下からの攻撃に備えることができなくなってしまいます!」
焦ったような声を上げる魔術師の声に、ディアドーラは肩を震わせる。
「くく。これはもう、間違いないな。あの身代わりの呪符についてはよく分からんが……ベシュメルクの呪法に精通した者が敵方にいる」
「そ、それは一体……」
「まだ断言はできんがな。もしかすると陛下の長年の探し物が見つかった可能性もあるぞ? ともかく貴様らは、支援攻撃に期待ができぬのであれば転移や足元からの奇襲にだけ備えておけ」
「は、はい!」
畏まるも少し安堵したような魔術師の顔に、嘲るようにディアドーラは笑った。
「魔術師達の攻撃が止んだでござるか。エレナ殿の呪詛返しの術式はかなり効果が大きかったようでござるな……!」
好機と見て取ったか、青い閃光から身を躱して、イチエモンがシールドを蹴って飛ぶ。
砲撃型呪法兵に関しては、砲撃そのものの系統が呪術のそれと違うために身代わりの護符が通用しない。
術系統を敢えて統一しないことで一つの対策で全てを潰されるというのを防ぐ意味合いがあるのだろう。前衛型の呪法兵の光の剣とてそうだ。呪法に対策が取られても戦えるようにという設計思想は――魔界というベシュメルクの過去の遺産を相手取るため、という目的も見え隠れするもので。
だとしても中衛の支援を失った後衛に対し、イチエモン達が遅れを取る理由はない。
分身や迷彩といった目暗まし。或いはオボロの幻影といった手段で射撃をそらし、掻い潜って接敵する。
イチエモンの機動を読んで横から偏差射撃を行おうとした別の砲撃型が――ベリウスの口から放たれた火線を浴びせられて溶断される。ベリウスの放射する炎は常軌を逸した火力を秘めているらしい。反射術式の防御も役に立たないとなれば、前衛型の近接戦闘能力という要素を持たない分、砲撃型は意外なほどに脆い。
イチエモンはそれを横目に捉えつつ、正面に迫る砲撃型の装甲の間へと、苦無を差し込んで飛んで離れる。次の瞬間、苦無に仕込まれた火の術式と火薬が反応して爆発を起こした。
肩口の装甲を砕かれても、尚も杖の先端に光を灯して射撃を放とうとするそれを――デュラハンの大剣がまともにとらえて両断していった。
射撃戦に関してはテオドールの訓練の事もある。
あれを考えれば砲撃型の射撃能力は中衛との連係を想定したもので、まだ甘いと、イチエモンは思う。そもそも、同等以上の速度で空中戦を行う相手というのが設計思想から考えれば想定外なのかも知れないが。
シーラの操る真珠剣とベシュメルク王国騎士団長クロムウェルの剣が空中で激突する。
クロムウェルが駆るのは、燃えるような赤色の鱗を持つ飛竜だ。クロムウェル自身も呪法の使い手なのか、身体のあちこちに方陣が展開し、それに呼応するように飛竜も身体強化や乗り手との連係を行っているらしい。
マジックシールドを蹴って反射を繰り返す。瞬間瞬間身体が現れたり消えたりしながら、見えた瞬間の動作とはまるで別方向から現れるシーラ。
そんな、本能的に感覚を幻惑するシーラの動きにも、クロムウェルと飛竜は対応して見せた。真上から降ってきた一撃を、クロムウェルは視線も向けずに剣で受け止めたのだ。
闘気による強化ではなく呪法による強化。赤黒い煌めきがクロムウェルの四肢に纏わりついて。本来なら受けられないであろう一撃を力で止める。
跳ね上がってきた飛竜の尾を、シーラはもう一方の真珠剣で受け止めた。クロムウェルの切り返しの一撃は呪法の剣。
――飛竜の身体をすり抜けて、赤い刃がシーラに迫ってくる。神がかり的な反射神経を以って、闘気を纏った剣でぎりぎり受け止め――遅れて解呪術式の魔道具が呪法剣を分解するが、振り抜かれる勢いに負け、大きく後ろに弾かれてしまう。
呪いの対象を限定することで、飛竜には傷をつけずに敵を切り裂く。そんな技だ。
追撃というように、回転しながら周囲のものを切り裂き、薙ぎ払おうとする騎士と飛竜の剣、爪、牙。シーラが右に左にシールドを蹴りながら後方に跳んで、口を開く。
「今のは騎士には見えていなかったのに飛竜の視界で騎士側が反応した。呪法で互いの感覚を補って……肉体や反射速度……五感の強化もしている。解呪の術式も――それには効かない」
シーラの言葉は仲間内で情報共有する意味合いもある。だがそれを、自身に向けられた言葉と思ったのか、クロムウェルは笑い、闘気の斬撃を剣から二度三度とシーラに向かって飛ばしながら突っ込んでくる。闘気の斬撃をすり抜けるようにシーラが真正面から応じる。
「戦闘用の即席呪法への解呪術式を刻んだ魔道具か……! そのような術式、どこで手にしたのかは知らぬが――。我らは互いへの呪法を以って人騎一体となる、実験体の研究によって得られた新式の強化呪法! 外に向けた呪法ではないからこそ、我らへは通じぬと知るがいい!」
そうして互いに動きを止めない高速戦闘となる。すれ違い様の攻防。クロムウェルの実体を持つ剣。飛竜の身体を無視する赤い剣閃と、飛竜の爪牙。その凄まじい手数に対し、双剣と小回りの利く立体的な体術とで対応するシーラ。
絡めて跳ね上げようとするクロムウェルの剣を双剣で抑え、小手から雷撃を放つ。感電するはずのそれは、本体に触れる前に赤黒い障壁に阻まれて霧散。横合いから大顎を広げて首元に食らいつこうとする飛竜。
上体を逸らすようにシーラは後ろに跳んで、自由落下に身を任せるように弧を描き、身体をすり抜けてくる刃をも、下方向へと加速するようにシールドを蹴って回避する。次の瞬間には転身。体勢を立て直して、すれ違い様の斬撃を繰り出してきた。
多対一の戦闘、立体的な戦闘にも慣れている、とクロムウェルもそのシーラの戦闘技術に内心舌を巻く。見えない位置からの攻撃は飛竜の視線で把握しているという絡繰りも看破しているのだろう。だから、呪法剣の一撃も回避できる。
だが。呪法による強化と騎獣との感覚合一はそんなシーラの動きでさえ捕捉できる。いくら幻惑して見せようとも、動ける範囲には限界がある。騎士か飛竜のいずれかが別々の方向に注意を払い、動いた方向に対応し、そこにもう片方が追撃を仕掛ければ遅れを取る理由はない。手数も、目の数も。こちらは倍の分だけ使える。
敵の対呪法への備えも自分には効果が薄いとなれば。後は力で押し潰すだけだ。事実として、獣人の娘は防戦一方で――。
「お前は――裏の事情を知ってる口。遠慮はいらない。それに、二対一。ならこっちもそうするまで」
そんな冷たい感情の篭った言葉が、風に乗って聞こえた。つんざくような甲高い音を放つ矢が――シーラとクロムウェル達の間を突き抜けていく。
「ぐっ!?」
思考が眩むような感覚。矢の動きに呼吸を合わせるように切り込んできたシーラの一撃に、クロムウェルも飛竜も、一瞬反応が遅れる。そうして頬を浅く切り裂かれていた。
「い、今のは――!?」
霧の向こうから飛来した鏑矢――それはイルムヒルトのものだ。
破邪の力を宿すそれは、呪曲と同じ効果を以って、クロムウェル達の術の制御――感覚の合一をかき乱す。
シーラは自然体。なんら動きを変えることなくクロムウェルに切り込んでくる。そこまでは先程までと同じ。焼き直しのような動きなのに――その後が違う。すれ違う前。離れ際。ぎりぎりのところを、破邪の音をまき散らす鏑矢が掠めていき、その度に呪法の制御がかき乱される。呪法剣への集中もできない。
有り得ない、とクロムウェルは歯噛みした。
獣人の娘の動きを阻害せず、クロムウェルがあと一歩を踏み込めば当たるような位置への射撃。味方の矢に当たるかも知れないという恐れを全く抱いていないかの如き挙動。始めからお互いを全て解っていないとできないようなその連係。
精度もさることながら、射手は霧の向こうから、一体どうやってこちらの動きを掴んでいるのか。
攻守は逆転。今度はクロムウェルと飛竜が防戦一方となる。要所要所で流れを寸断していくような鏑矢。そこに乗せられた破邪の力は強烈なもので、制御がどうしても乱される。感覚を合一する性質を持つが故に、聴覚から叩き込まれる呪曲の衝撃が耐え難い苦痛となってクロムウェルを苛む。
裂帛の気合を以ってシーラに切り込むも、半身になって避けられて。跳ね上がるシーラの爪先には仕込まれた刃があった。闘気まで込められた暗器の一撃。
「ちっ!」
上体を大きく逸らして避ける。飛竜の舞い上がるような動きと相まって、その背中から落ちそうになる。普通の竜騎士であるなら、竜から落とされるというのは絶望的な状況だ。
だが、クロムウェルは抵抗せずに大きく身をそらし、自ら飛竜から離れていた。絶望的な表情を浮かべるのも演技。
飛竜もまたクロムウェルの身体を隠すように舞い上がらせて動きを追随させる。離れる前に命令は既に下してある。飛竜はクロムウェルの思った通りの動きをするはずだ。
相手が連係の精度で攻めるというのならこちらとて――!
飛竜の巨体によるブラインド――。呪法兵を飛ばすのと同じ、飛行呪法を用いて自由落下から反転。練り上げた闘気を爆発的に放出。飛竜の身体の影から現れる獣人目掛けて、最速、最短の距離を突き抜けるような必殺の刺突を見舞う。余った手には逆手の呪法剣が発動していて。飛竜側に避けても切り裂けるような技。
しかしシーラは避けない。落下するクロムウェルに追い縋るように真っ直ぐに突っ込んでくるような機動を取っていた。それはクロムウェルの望むところ。飛行呪法で体勢を立て直して攻撃を繰り出している分、自分の方が早く攻撃が届く――!
突き抜ける瞬間、呪法剣も交差させる。それは獣人の身体を貫き、首をはねる軌道だったはずだ。だが――獣人の身体が爆ぜた。
水。水だ。それは水を使った分身で。
横目で追えば、シーラもまた飛竜の身体に隠れるようにしてその動きに追随していたのだ。解呪の首飾りを眼前に翳して。それは――呪法剣で飛竜越しに攻撃してくるという予測か。最初から二択を潰すための動き。
白い糸が飛竜に絡んで身動きを封じたかと思うと、呪法の防御がままならない状況から電撃が浴びせられる。白目を剥いて眼下の森へと落下していく飛竜を――敵方の黒い飛竜が空中で掻っ攫っていく。
「仕留める」
剣呑な台詞。姿を消しながらシールドを蹴って飛ぶ、シーラの動きを、声の位置を。目で追った。追ってしまった。それがクロムウェルの失敗だった。
或いは飛竜に乗ってさえいれば。鏑矢による衝撃に耐えつつも分身の生成も察知できたかもしれない。続く攻撃も避けられただろう。しかし、今、クロムウェルの感覚は彼自身のものしかない。
衝撃と痛みが足に走った。槍のような巨大な矢が猛烈な速度で飛来して、脛のあたりを撃ち抜いていったのだ。
鏑矢とは比較にならない程の、馬鹿げた速度の矢勢。バリスタを用いてもあんな速度の矢は放てはすまい。閃光のような速度の巨大矢を食らって身体が泳ぐ。分厚い霧が巨大矢の勢いで切り裂かれて――遠くに大弓を構えるラミアの姿が見えた。
だが、彼が認識できたのはそこまでだった。頭蓋に衝撃と雷撃。クロムウェルの兜をシーラの真珠剣の峰がまともに捉えていた。