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番外388裏 呪法兵団・前編

 ――霧。辺りを覆う霧が生き物のように舞い上がる。それは視線を遮る壁となり、幻獣を駆る騎士達にまとわりついていく。

 その霧の向こうから、氷や水晶の弾丸、光の矢、雷撃や音響の衝撃波といった代物が、正確無比に飛来してくる。

 正確にというのは、こちらの動きの先を読むように、ということだ。騎獣よりも乗り手を優先して攻撃してくるそれは――狙撃手の腕前の高さを窺わせるもので。


 予測射撃の精度が正確なので弾くのは何とかなる。しかし、視覚的な妨害と相まって、一々動きを阻害されてしまう厄介なものだ。サルヴァトーラの援護。呪法兵や双子との連係。どれも上手くいかない。というよりもそれを目的としているのだろう。


 騎士達も判明している敵方の能力については聞いている。元はと言えば王国が作った人造兵なのだとか。それに合わせて幾つかの対策も練ってきている。だが、実験体や侯爵の手勢等見回しても、事前の情報にはない攻撃であった。


 それもそうだ。ライフディテクションの魔道具を用いて霧の向こうから見渡し、アシュレイが霧を操り、ステファニアやコルリス、イルムヒルトやエクレール、セラフィナ達が各々の探知能力を駆使しながら弾幕を飛ばしてきているのだから。目的は、明確だ。騎士側に狙いを絞ることにより敵方の連係を阻害することである。


 と言っても、天使型の呪法兵は最初から騎士達の命令など受けずとも自律行動をしているようであったが。


 そんな状況下で、騎士の一人が双子に支援をしようと突っ込もうとした途端、猛烈な勢いの弾幕が間にある空間を埋めていく。


「ええい、鬱陶しいッ!」

「副団長殿! 呪法兵共はこの視界でも戦えますが、我らは――」


 副団長は視線を巡らす。視界は悪いが剣戟の音は聞こえている。騎士団長は切り込んできた獣人の娘と交戦中だ。部隊の指揮を執るのなら、自分の役割となるだろう。


「手の空いている者達はついてこい! 先に狙撃手を片付ける! 射撃位置を予測しながら回り込め! まずは氷を飛ばしてきている者からだ! 水系統の術者が霧を操っている可能性は高い!」

「はっ!」

「隊列維持! 間隔04! 速度06! 敵弾の密度は見たな!? 闘気を出し惜しむな! 木々の高さと地面の位置に気を付けろ!」


 言うなり副団長の号令一下、ベシュメルク騎士達の動きが変わる。数字による号令でお互いへの一定の間隔と、各々変わらない速度を維持したままで、一糸乱れぬ回頭をしたかと思うと霧の向こうへと突っ込んでいく。


 それは――ベシュメルクの騎士団の練度を端的に表すものでもある。特に、彼らは空間認識能力に特に優れる才能を示した者達で、王国の呪法でそれを更に強化している。

 その動きに応じて即座に霧の向こうから各種の弾丸が飛んでくるが――それを騎士も幻獣達も、まるでひとつの生き物のように闘気を纏って弾き散らしていく。


 氷の弾丸を放つ者は空を飛び、移動しながらこちらに攻撃をばら撒いているらしい。


「俺の攻撃に合わせて上へ追い込め! 森へは逃がすな!」


 副団長が射手の移動速度や弾丸の速度から逆算し、敵のおおよその位置を割り出し、動き得るその先の位置を予測しながら闘気を放てば、随伴する騎士達も各々、敵の逃げられる位置を埋めるように斬撃波を霧の向こうに叩き込む。


 それであからさまに霧の向こうにいる射手の動きも乱れたらしかった。応射の方向を急速に変えながら急上昇する。


 応射から敵の動きの先が見える、と副団長はほくそ笑む。空間認識能力の向上と、元からの五感の鋭さでベシュメルク王国、飛行騎士団副団長まで登り詰めた男なのだ。


「霧を抜けるぞ!」


 その言葉と共に。まとわりつく霧を突き抜け、青い空が視界に広がる。そこで目にしたのは――ずんぐりとしたフォルムの涙滴型の氷の塊だった。

 副団長達は知る由もないが、ティールが氷の鎧を全身に纏えばこのような姿になるだろう。だが、透ける氷の鎧の中には白い狼――スノーウルフが一匹いるだけで――。


 纏った鎧の一部が剥離して弾幕となって迫るのを、副団長は見る。


 次の瞬間、予想もしていなかった方向から濁流が一団に浴びせられた。濁流。そう。濁流だ。闘気による防御もままならず、3人程がその冷水に触れて――。


「――氷結」


 静かな少女の声。水であったはずのそれが、瞬間的に氷柱に変化していた。


「う、おお!」


 騎士と幻獣。諸共に身体の一部を氷に閉じ込められて。飛行もままならずに落下していく。そこに霧の中から巨大な氷の塊や各種の弾幕が飛来して叩きつけられる。問題は、その氷の塊が濁流とは全く反対の方向から飛んできた事だ。


 それほどの、氷を扱える術師が他にも何人かいるというのか?

 今までの応射やその密度から考えれば、一塊になって動いて、誘い込んでから分散したと言うのは間違いない。推測を口にすれば簡単に聞こえるが、自分と部下達の闘気の斬撃波の間をすり抜けて移動したということになる。凄まじい空中機動の練度を持っているのは間違いない。


 であれば。まず霧による妨害を排除するために、水の術師を片付けるという目算そのものが間違っていたということになる。その事実に慄然とするが――。


「ならばあのスノーウルフだけでも先に――!」


 と、視線を頭上に戻して、今度こそ副団長は言葉を失っていた。氷の塊がスノーウルフと全く同じ形に分散して、四方八方に散っていく。下方から――霧の壁が押し寄せてくる。真っ白な空間に、飲まれる。


「ちっ! だが敵本体は見つけた! 急降下! 間隔08! 速度07! 続け!」

「な……!?」


 副団長と全く同じ声が近くで響きながら。その音源が下の方向へと動いていく。

 部下の騎士達は空間認識能力に優れているが故に。訓練に従ってその声に迷うことなく追随していた。「俺の声じゃない! 罠だ!」と叫ぶ声は何故かどこにも届かない。


 大きく間隔を広げ、高速で急降下という、その命令。

 分断された。まずいと思うよりも早く――。副団長は飛竜と共に身を躱していた。


 水晶の棘を全身に纏った巨大な影が霧の向こうから副団長に突っ込んできたのだ。そのシルエットは特徴的なもので――。




「くっ! 何故だ!」


 間隔を大きく広げて高速で追いすがり、氷の術者を挟撃するという動き、だったはずだ。

 左右に隊を分けて霧の向こうに見え隠れする敵の影を追いかけていたはずが、いつの間にか左方に分かれた自分達だけが霧の森の中に迷い込んでいた。


 だからと言って上空に脱出すればいいのかと言われればそうもいかない。

 黒い獣の群れが頭上にぴったりと張り付くように動いているからだ。更に木々を足場に反射を繰り返しながら追ってくる人影まである。追いかけていたはずが孤立していつの間にか狩られる側に回っているなど、悪い冗談のようだった。


「良い気になるなよ!」

「ま、待て!」


 一人が回頭して後方から追い縋る影に向かって突っ込んでいく。制止の声も届くことなく、仲間が後ろから来る二つの人影に切り込むも――。

 信じられない物を見る。斬撃の軌道を見てから空中で身を翻して避けたのだ。それは人外の反応速度を以ってしてしか成せない動き。

 斬撃の閃光が走り、仲間が森の中へと落ちていく。とんでもない手練れだ。その事に恐怖を覚えるより早く、魔力の斬撃が追い縋ってくる。


「うっおおお!」


 飛竜を駆り、斬撃と高速で迫る木立ちの間を抜ける。そうして。何か目に見えない物を突き抜けたかと思った瞬間。彼はそこに信じられない物を見る。


 船。白い船が空中に浮かんでいた。偽装フィールドを突き抜けたのだ。


「空飛ぶ……船? ま、まさか……!?」


 事実に行き当たるも、思考がそこで停止してしまう。次の瞬間、横から飛来した銀色の輝きに、飛竜の上から掻っ攫われる。

 それは――銀色の幼竜だった。全身に雷を纏って感電させることで騎士の身体の自由を奪う。闘気による防御すらままならない状態にしてシリウス号の船体に叩きつける。

 船体に波紋が走り、騎士はそのまま意識を手放した。




「ベリルモール!? そ、そうか! 貴様ら隣国の!?」


 いくつかの噂話を思い出して、副団長がベリルモール――コルリスの姿から敵の正体を看破する。しかし、その声が周囲に届くことはない。セラフィナが音の動きを制限しているから。


「あなたは指揮や空中戦の能力が高いみたいだから。ここできっちり倒すわ」


 そんな、静かな女の声が聞こえる。四方八方から響くような声と、共にてんでバラバラの方向から水晶の弾丸が飛来する。霧の向こうからマジックスレイブによる同種の弾丸による十字砲火。射手の位置を特定することはできない。飛び回りながら、耐える。闘気を纏って、剣を振るって。耐える。


 霧が動くのを視界の端で捉える。迫ってくる巨体に合わせるように、副団長は剣を合わせるも――それは虚しく空を切っていた。


「――残念。私は光の魔法も得意なのよね」


 霧の動きも、迫ってくるベリルモールの影も。霧に投影しただけの偽物で。次の瞬間、凄まじい勢いで岩の塊が背中に叩きつけられていた。


「ぐはっ!」


 副団長は強かに背中を撃ち据えられ飛竜の背から落とされる。巨大なベリルモールの手刀を食らって横に吹っ飛ばされたかと思うと、水晶が蔦のように絡んできて、そのまま全身を固定されていた。


「こっ、こんなもの、でっ!」


 闘気を込めても振りほどけない。水晶の枷もまた、闘気で強化されているからだ。誰に? 自分の身体を、枷ごと掴んでいるベリルモールに。

 唸り声。緑に輝くベリルモールの瞳。副隊長はその時、確かにベリルモールの口元がにやりと笑みを形作るのを目にした。


「うっ、おおおおおっ!?」


 落下。ベリルモールと共に、錐揉み状態で急速に落下していく。霧の向こうに近付いてくる地表。狙いが分かって血の気が引くも、闘気を全力で振り絞って身に纏い、ただ防御するしか副団長には術がない。激突。叩きつける寸前で離脱していくベリルモール。痛みと衝撃。


 意識が途切れたかと思った次の瞬間。副団長の姿は見知らぬ草原にあった。


「……な? は?」


 突然の場面転換に状況認識が追い付かない。

 草原には一人の少女と、鼻の長い奇妙な動物が佇んでいて。少女はつまらないものを見るように、副団長に視線を向けてくる。

 その少女の容姿に、副団長は覚えがあった。


「じ、実験体の――?」


 副団長の言葉に、少女――ユーフェミアは不愉快そうに眉を顰める。


「……私の事を知っているようね。そう。ここは私が作ってホルンに引っぱってきてもらった世界よ。脱落者の意識はこの夢の世界に囚われて……まあ、少なくとも戦闘中に目覚める事はない、と思って構わないわ。これから、あなたの仲間も続々放り込まれると思うから、安心なさい」

「ふ、ふざけるな!」


 と、手にしていた剣で打ち掛かろうとするも手足も身体も感覚がない。身体が、意識が。雲のように散って。浮遊感と共に草原に漂うばかりで――思考も行動も実を結ばず、覚束ない。自分が誰で、何をしていたのかさえ――。

 ユーフェミアは人差し指を立てて自分の口元に当てる。


「静かに、ね。この世界なら貴方達を倒すのは簡単だけれど、ホルンは暴力的な夢を嫌うの。私も、そういうのは嫌いだわ。このまま静かに。ただ静かにしていればすぐに終わるでしょうから。敵方の騎士さえ排除すれば、巻き込みを恐れずに本気を出せるっていう面々も結構多いのよね」

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