番外387 剣舞と閃光
巨大呪法兵とそれに随伴する者達が前に出てくると代わりに地上軍は後ろへと後退する。地上軍の動きは命令によるもので――足元で戦いに巻き込まれる事の無いようにということなのだろう。
「目標が見えるな、サルヴァトーラ。あれを破壊せよ」
ディアドーラがやや後方、竜籠から姿を見せ、その場に浮遊したまま命令を下した。
女神像を模したが如き巨大呪法兵――サルヴァトーラはディアドーラの命令を受け、手にしていた巨大な剣を構えた。
リング状のマジックサークルが剣を手にする腕に幾重にも浮かぶ。光り輝く腕輪のような術式のリングに合わせて、サルヴァトーラの剣に赤黒い輝きがまとわりつく。
大きく剣を引いたかと思うと、サルヴァトーラは丘陵の上から迷うことなく振り抜いた。
巨大な――三日月のような衝撃波がヒュージゴーレムの身体を両断するように飛んできて――。しかしそれだけだった。衝撃波はヒュージゴーレムを通り過ぎ、後方の街道に直撃して凄まじい爆炎を直上へと噴き上げる。
「すり抜けただと!?」
「な、ならばあれは、幻影か!?」
将兵の驚愕の声。そうだ。正面に立つヒュージゴーレムは幻影。実像の位置をずらして見せていただけに過ぎない。
遠距離攻撃は当然あるものだと承知している。サルヴァトーラが独自の判断能力を持っているのか、それとも制御する者の観測か、五感リンクあたりに頼っているのかは不明だが……いずれにせよ、隠蔽術の結界もある以上、結界外部からの魔力的な感知は上手く働かないだろう。
だとするならサルヴァトーラ本体の持つ視覚か、或いは制御者との連係が頼りになるのだろうが、幻影を展開している以上は正確な狙いをつける事は出来ず、丘陵の上からの攻撃では――どうしても射線が地面を抉ることになる。
幻影だと理解させた瞬間、こちらは更なる幻術を発動させる。二体、三体とヒュージゴーレムが分裂するように増えたのだ。
遠距離攻撃ならいくらでも無駄打ちしてもらって構わない。
大出力、長射程の攻撃を何度も繰り返せるならの話だが。それに、誤射による破壊が街道のあちこちに及べば、連中とて進軍どころではあるまい。
「なるほど。味な真似をするものだ。この距離では確かに……埒が明かんな」
ディアドーラはそう言いながらも楽しそうに笑っていた。サルヴァトーラも当然というように剣を構えたままで魔力を高めているのが見える。これは――突っ込んでくる構えか――。
制御者はディアドーラなのか。それとも未だに姿を見せていないザナエルクなのか。或いは自律行動しているのか。そのあたりは分からないが――仮にディアドーラがサルヴァトーラと五感リンクをしているような振る舞いを見せたとしても、それを逆手に取るような罠も疑うべきだろう。
そんな思考を巡らせていると――次の瞬間、背面と足元にマジックサークルが展開されたかと思うと、サルヴァトーラの巨体が加速して突っ込んできた。
同時に、その速度に負けず劣らずの速度で突撃してくる小さな影が二つ。カルセドネとシトリアだ。どこから取り出したのか。2人とも黒い大鎌のようなものを装備している。
サルヴァトーラ、カルセドネ、シトリア。それぞれが分身したヒュージゴーレムに向かって迷うことなく突っ込んでくる。
すれ違い様に、振り抜くような各々の一撃――。サルヴァトーラの一閃は空気を引き裂くような猛烈な唸りを上げて。双子――恐らくはカルセドネの一撃もまた、影を留めない程の速度で空を切り裂いていた。
ヒュージゴーレム本体を捉えたのはシトリアの一撃だ。ゴーレムの頭部の一部を切り裂いて、遥かその後方まで突き抜けるような速度で飛んでいく。
本体がどれかを理解したサルヴァトーラが転身。ヒュージゴーレムに迫る。大上段に打ち込まれた一撃を――ヒュージゴーレムは避けなかった。身体の半ばまで切り裂かれるも、硬化することで一撃を止める。本質はゴーレム。切り裂こうが叩こうがダメージにはならない。
制御用のメダルを複数枚埋め込んであり、ゴーレムの核となっているそれらが破壊されるまではヒュージゴーレムも活動を停止しない。サルヴァトーラの動きを封じるようにゴーレムは掴みかかっていく。
カルセドネ、シトリアもまた空中で転身してサルヴァトーラの支援というように突っ込もうとしていたが――下から飛んできた衝撃波が合流を阻止するように分断していた。
「全く――元気のいいお嬢ちゃん達だな」
空を見上げながらスティーヴンがそんな風に言った。傍らにはラケルタに変装した俺とレドリックの姿もある。岩場の迷路の中に、イーリスの転移ゲートを仕込んであるのだ。シリウス号を見せないままで岩場の中に潜んでいたかのように出撃することができる。仮にサルヴァトーラが初手で岩の迷宮を破壊にかかっていたとしてもゲートで転移しなければ無人なので被害が出ないという寸法だ。
「重要目標――オクトと、実験体20号を確認」
「同じく、重要目標、竜人を確認」
淡々と――カルセドネとシトリアは言う。そうして、双子の声がぴったりと重なった。
「これより重要目標との交戦に移る。排除、開始――」
双子が猛烈な勢いで降下してくる。
「そこっ!」
レドリックが放射上に爆炎を放った。黄色い宝玉の飾りを鎧に付けた――恐らくはシトリアに向けて炎の壁が迫る。カルセドネが横に手を伸ばすとそこに平面のゲートが作られて、双子同士手を繋ぐような形でシトリアが転移してくる。手を繋いだままで回転。鎌から三日月状の斬撃波をばら撒いてくる。
スティーヴンが自分に迫る斬撃波を真っ向から撃ち落とし正面から突っ込む。レドリックは大きく飛んで避け、追撃をさせないために俺も横から突っ込む。
双子は手を放すと俺とスティーヴンの動きに対応するように鎌で応戦してきた。
――影を武器とする能力は、子供達の中にも持っていた者がいる。
更にイーリスと同じ形式の転移。生体呪法兵の幾つかの能力を併せ持っている。加えてこの息の合い方。恐らく、双子というだけではあるまい。
『精神に揺さぶりをかける事が出来ない! カルセドネとシトリア、互いへの思念だけで閉じてしまっているわ!』
双子のいる場所は、すでにシリウス号にいるエイヴリルの射程内だ。しかし思念への揺さぶりが、届かないと、通信機に連絡が入っていた。
つまり。つまりは、双子の間で精神を通じ合わせることで、外部からの精神干渉を遮断。同時に連携能力を高めているということで――。
鎌にウロボロスを絡めて巻き上げ、体勢を崩すも、吸い込まれるようにシトリアの姿がゲートの中に消えて。俺の背後からはカルセドネの大鎌が。スティーヴンの脇腹を狙うようにシトリアの大鎌が唸りを上げて迫ってくる。一瞬にして相手とその位置が入れ替わっていた。
転身して大鎌を避けてウロボロスを叩きつける。スティーヴンも大雑把に衝撃波の壁を展開してシトリアに応じる。シトリアは影の鎌を盾に変形させて受け止めた反動で大きく後ろに飛び、カルセドネは柄で受けて、そのまま俺と並走するように飛びながら大鎌を振るってくる。俺とカルセドネの間でいくつもの剣戟が響いた。
突出した双子に加勢すると言うように。天使を模したような白い呪法兵達と飛行騎士が突っ込んでくる。それを分断するように、グレイスやシーラ、イグニス、デュラハン、エリオットやイチエモン達が岩場の中から飛び出してくる。
「ちっ! まだ仲間がいるか!」
グレイス達が敵の援軍に切り込んでいく。騎士の一人に打ち掛かったグレイスに、天使型の呪法兵が割り込んで弾き飛ばす。グレイスの膂力を受け止めて弾けるほどの戦力――。他の呪法兵に比べても一際装飾の細かな個体だが――。
「なるほど。呪法兵も侮るわけにはいかないようですね」
グレイスの身体から闘気が噴き出す。間合いを保ったまま、両者が向かい合う。
サルヴァトーラの剣が光を纏い、ヒュージゴーレムの身体から剣を力尽くで引き抜いていた。首をはねるように切っ先が跳ね上がり、ヒュージゴーレムもまた、剣の動きはお構いなしに棍棒を脇腹に叩きつけるような軌道で叩きつけようという動きを見せた。
相討ち上等。相手の機構にダメージを与えられれば十分というような動き。性能差を理解した上での戦略。
次の瞬間、振り抜こうとしていたサルヴァトーラの剣の軌道が変わる。巨体とは思えない、優美とすら言える剣裁きで棍棒を握るヒュージゴーレムの手首を切り落としていた。
だが、伸びる。切り落としたはずの腕が伸びて、ラリアットを打ち込むかのようにサルヴァトーラの脇腹目掛けて重い一撃を叩き込んでいた。
しかし吹っ飛んだのはヒュージゴーレムの方だ。
城壁のごとき、巨大な反射呪法の盾を展開していた。よろけるヒュージゴーレムに赤黒い輝きを放つ巨剣での追撃を見舞おうとしたその瞬間に。
突然サルヴァトーラの横合いの空間に巨大な召喚ゲートが展開していた。
そこから膨大な――紫色に輝く閃光が迸り、サルヴァトーラの横合いからその身体を捉えていた。
サルヴァトーラは他の術を使っていたからか、反射呪法では対応できずに閃光を受け止め、奔流に押し流されるように大きく後ろに吹き飛ばされる。
「な、なんだあれは――!?」
「が、骸骨、だと?」
将兵達の驚愕の声。
召喚ゲートに手をかけるようにして――ぬう、とガシャドクロが現世にその姿を現す。口からは先程の閃光の余波のような紫色の靄が纏わりついていて。
召喚と同時にガシャドクロが口から極大の閃光を放ったのだ。手には骨の刀としか形容しようのない得物が握られていて。体勢を立て直したヒュージゴーレムと共にサルヴァトーラに突っ込んでいく。
さて。では各々、戦うべき相手を見定めたところで戦闘開始といこうか。