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番外386 霧の森から

 朝早めに起き出し、武器防具の点検をしたり、身体を軽くほぐすといった準備を行ったりする。同じく早めに朝食と昼食を兼ねて食事を済ませ――そして段々とその時が近付いてきた。

 水晶板モニターからの映像を見て緊張をほぐすように深呼吸しているエレナであるが。


「緊張しておいでのようですね」

「そうですね。少し。やはりこうして見ると敵軍は多いな、と」


 と、エレナが答える。


「わかります。ですが――敵軍の内、地上軍はこちらの内訳から考えれば数は問題になりません」


 そう言いながら地図上にデフォルメを効かせた模型を作り、地上軍に当たる連中を脇に除外する。


「そうなると、大小の呪法兵やディアドーラ……それに双子、竜騎士や魔術師といった飛行可能な部隊が相手をしなければならない敵戦力、ということになります」

「確かに。こうしてみると、意外に数が減ってしまうのですね」

「そう言うことです。地上軍でも弓兵や闘気を使える者は対空攻撃ができるとは思いますが……これは距離に気を付けていれば問題ないでしょう」


 模型の弓兵達が短い手足を動かしてヘロヘロとした矢を飛ばすが、シリウス号の模型までは届かない。その光景にエレナがくすっと笑っていた。


「ふふ、ありがとうございます。緊張もほぐれた気がします」

「それなら何よりです。まあ、模型ではこんな風にお見せしましたし、末端の兵士は本当の敵ではありませんが……だからと言って油断はしないようにしたいところですね」

「はい……!」


 と、エレナは気合が入ったというような表情で頷いていた。これなら大丈夫そうだ。

 裏の事情を知らない者達に対しては戦意を挫くように立ち回る事はあれど、積極的に倒すべき相手ではない。とは言え、エレナにも言ったが、侮ったりするというのは話が別だ。思わぬところで怪我をしないようにしたいところである。


 そうこうしている内に敵軍が段々と近付いてくる。目視可能な距離に入った、というところだ。左右対称に綺麗に隊列を維持したままの行軍――。装備も上等なものに統一されていて、即座に編成して進軍させられるだけあって練度の高い部隊というのは間違いないようだ。


 ザナエルクが直接指揮を執っているのかは分からないが、少なくともセオリーに則って慎重に進軍させているのは間違いない。

 王から預かった兵ということだからなのか、それともザナエルクが指揮しているからこそ、完璧に立ち回るつもりなのか。


 やがて――俺達がシリウス号から様子を見守る中、敵軍が俺達の待つ丘陵地帯へ差し掛かる。

 竜騎士ら、竜籠、巨大呪法兵の肩といった高所からも丘陵のある地点を超えるまでは、迎撃拠点が見えないように幻影を展開している。


 そうして、最前列を行く騎士達がそれを目にして足を止めた。

 最前列が足を止めたことで空を飛ぶ竜騎士や呪法兵達が周囲からの待ち伏せを警戒して街道の外側に目を向ける。魔術師達は地下からの襲撃を警戒しているのか、隊列中央で地面に向けて掌を翳し、不測の事態に対応できる構えを見せていた。


 状況把握よりも、まず起こった事態から想定しうる出来事への適切な対処というわけだ。確かに練度が高いが――。


「何事だ?」


 と、後方から伝令役らしき騎士が飛竜に乗ってやってくるが――幻術の切れ目となる丘陵頂上付近を超えた瞬間、丘陵の向こうに広がる、その光景を目にして固まっていた。

 四角い巨石で構成された防壁。傍らに立つヒュージゴーレム。森から立ち込める霧。そんな風景だ。

 本来街道があるべき部分も鏡像による幻影で水増しして、霧が立ち込める森に見せかけている。幻影は幻影にすぎないから実際に行ってみれば街道でしかないが、視界は遮られるし、隠蔽術の結界を展開しているので方向感覚も乱される。


 だから、森に迂回するのは――得策ではない。どこまでが森で、どこからが街道なのか、立ち入れば分からなくなるし、分断しての各個撃破も簡単だからだ。


「何だあれは……? ヒュージゴーレムと、巨石による防壁?」

「偵察隊の報告には無かったかと」

「では一夜であれだけのものを? ……いや、どこかからが幻術かも知れん。我らからは、丘陵の頂上付近を超えたら突然景色が変わったように見えた」

「だとすれば……偵察隊も幻術でありもしないものを見せられた可能性があるのでは?」


 そんな会話が魔道具から聞こえてくる。こんな光景を見せられれば、丘陵頂上付近で足が止まるのは分かっていたので、会話を聞き取れるように魔道具も仕込んであるというわけだ。まあ……幻術というものは相手に理解させた上でどこまでが幻術なのか疑心暗鬼にさせられるというのがメリットであり、効果的な運用法だからな。


 幻術は――それと知っていれば見破ることはできる。

 しかし五感に作用するタイプの幻覚と違い、視覚に対して実際に像を見せるタイプの幻術であるなら、看破しても像は消えることなく相手の視覚を惑わし続ける。

 そこに別種の幻術を織り交ぜ、現実離れした光景を作ったり実物の罠を配置していくなどしていけば、最早幻術の弱点など有って無いようなものだ。


 これにより、陣地を突破して仕掛けそのものを破壊しない限り、地上軍はほとんど無力化可能になるというわけだ。

 丘陵頂上からこちらの陣地まで十分な距離もあるので、巨大呪法兵を相手に戦う空間も十分に確保している。


「投石器を」


 魔道具を通して指示を出すと、街道に配置されていたティアーズが投石器を起動させる。霧の中から大小様々な石礫が放物線を描いて飛んでいき――そして丘陵の斜面を豪快に抉った。

 当てる必要はない。こんな備えがあると見せるだけで事足りるものだ。最前列の騎士と伝令は、一瞬表情を強張らせ、そして顔を見合わせ、兵士達は動揺の声を上げた。


「慌てるな! これは警告だ! 当てるつもりなら丘陵を超えるような射程の兵器を、最初から用意している!」


 そうだな。だとしても、こちらのこうした兵器の多寡が相手からは分からない。霧の森の中から石礫が飛んできたように見えたはずだ。

 幻術と物理的な破壊力を有した備えと。その手札がどれほどのものなのか分からないという状況。それは生身の人間を恐怖させるに足るものだ。

 間髪を容れずに揺さぶりをかけるように、ヒュージゴーレムが己の存在感を顕示するように、手にした巨大な棍棒を地面に突き立てるようにして仁王立ちする。


 自分は幻影ではないと示すかのような、腹の底に響くような音と衝撃。兵士のどよめきと馬の嘶き。それを見せつけられた前衛の指揮官らしき騎士と伝令は歯噛みする。


「これは――どうしたものか」

「後方に……見たまま報告するしかないのでは? 実情が分からないまま通常兵力で力押しで攻めれば被害は甚大なものになる」

「かといって迂回するには……あんなものから追われるのは、な」


 そうして2人はヒュージゴーレムを見た後で、後方に控える巨大呪法兵にも、ちらりと視線を送っていた。そうだな。将兵を率いる者としては、あれの突破力に期待したくもなるだろう。

 それは幻術への一つの解答だ。目暗ましは所詮目暗ましだからと、紛れ込ませる敵の攻撃を歯牙にもかけない防御能力で強行突破するだとか、幻影を展開している大体の場所を纏めて薙ぎ払うような突き抜けた攻撃能力で纏めて粉砕するだとか。そういう手札があれば良い。


 仮に巨大呪法兵を使わずに攻略しろと命令を受けたとしても、最初から自分達の判断で攻めて被害を拡大させるよりはずっといい。責任の所在という部分に限った話ではなく、部隊全体での情報の共有と状況の把握にも繋がるからだ。


 伝令が後方に向かって飛んでいくと――暫くの間を置いてラッパの音色が鳴り響き、命令に合わせて部隊が大きく左右に分かれ、巨大呪法兵が進軍できるように道を作っていた。


 地上から僅かに爪先を浮遊させている巨大呪法兵がゆっくりと後方から前列へと出てくる。竜騎士達や飛行型呪法兵を周囲に随伴させているのは、ヒュージゴーレム以外の敵兵が巨大呪法兵相手に攻撃を仕掛けてくることを想定しているからだろう。

 巨兵はヒュージゴーレムと陣地の粉砕を主眼に。小回りが利く相手なら彼らが対処。投石器の攻撃は定点からのものなので、みすみす当たるような間抜けはいない、というわけだ。


 あの双子も――前に出るか。


「ここまではこちらの想定通り、でしょうか」


 グレイスが言う。


「そうだね。迂回させずに前に出させるところまでは……上手く乗せる事が出来た」


 そのまま攻めてくるならきっちり迎撃となるが――さて。

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