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番外383 双子と魔女と

 タームウィルズ側からも医療品、食糧、衣類等々の支援物資が集積できたとの連絡が入ったので、こちらも予定通りそれを受け取りに向かった。敵の進軍速度を見たことで、迎撃拠点への大体の到達時間は把握できているからだ。とはいえ、今回は、物資だけ受け取ってすぐに戻る予定だが。


 何はともあれ、物資の中でも医療品は重要なので、それはどうしても受け取っておく必要がある。

 避難というのは環境が大きく変わるので、どうしても体調を崩しやすくなる。仮に戦いが長引かずに終息に向かったとしても、怪我人の治療と考えるとどうしても備えが必要になる。

 というわけでマルブランシュ侯爵領の月神殿へと、物資を手早く転送してしまう。


「ありがとうございます。間違いなく受領致しました」

「構わぬ。余としてはそなたの武運を祈ることしかできないのでな。その分、後方支援は任せてもらおう」


 と、メルヴィン王は相好を崩す。そのあとふと真剣な表情になってから言葉を続けた。


「しかし、双子の少女か。余が言えた義理ではないだろうが……全く、不憫なことよな」


 ディアドーラの連れていた双子の少女か。メルヴィン王としては自分に置き換えて省みてしまう部分があるのだろうけれど。


「僕は――陛下に感謝しておりますよ。自分の意思で自分の望む戦いの場に立ったのですし、陛下は僕の気持ちを汲んで下さいましたから。けれど……あの双子には、それがありません」

「何も知らず、己が血に染まっても何を感じる事も無く。自分以外の誰かの望みで、自分の望みとは違うことに命を懸けさせられている、か」


 メルヴィン王はそう言って目を閉じる。


「そうですね。看過しておく事はできません」

「うむ。余からもそなたにその娘達を救って欲しいと伝えておく。代わりに、戦いの後の事には余が手を尽くすと約束しよう。我らの絆にかけても、そのような非道を許すわけにはいかぬ」

「はい、陛下」


 メルヴィン王と笑って頷き合い、そして俺達も月神殿間の転移でマルブランシュ侯爵領へと戻った。

 侯爵領の月神殿では届いた物資と目録を見ながら、然るべき場所への移送等々の作業が始められていた。


「おお、お戻りになりましたか。陛下や境界公のご支援や心遣い、感謝致しますぞ」


 と、マルブランシュ侯爵が俺達の姿を認めて声をかけてくる。


「陛下からも心強い言葉を貰っていますからね。僕としても気兼ねなく動けるので、気合が入るというものです」


 先程のメルヴィン王とのやり取りについて説明すると、マルブランシュ侯爵は目を閉じて何かに感じ入っている様子だった。


「後は、避難した領民の健康状態等々を確認していただければと。季節柄、人が集まって懸念されるような事柄には対処できるように手を回しておきました」


 季節柄、注意すべきは熱中症、夏バテ、食中毒や感染症あたりだな。

 消毒用に石鹸とアルコール。虫を媒介とした感染症対策に蚊帳、食中毒予防に食料品を冷凍保存する魔道具、冷房と清浄な水の生成もできるよう用意してもらったので、そのあたりに抜かりはない。

 そして、管理責任者も来ているので丁度良い。医療品関係で衛生関係の物品の説明を聞いてもらう。死蔵していては意味がないからな。


 空気中、埃の中。生水等々、色々な環境に人の健康に被害を齎す目に見えないほど小さな生物が潜んでいること。煮沸、洗浄、消毒等々の対策と、人に元々備わった免疫機能――耐久力や自然回復力によってそれらに対抗可能な事を説明していく。


「なるほど。弱った者や老人は耐久力も弱いので病気になりやすい、と」

「そういうことです。規則正しく健康的な生活でそういった回復力は向上できますが……自己の力で防衛できない場合は、周囲の環境を清浄なものに保ってやればいい、というわけですね。ですので、薬と違ってこれらの品々は積極的に使っていって貰えればと」


 と、管理責任者の文官に基本的な衛生管理について色々とレクチャーする。


「――というわけで、水もふんだんに使えるようになりますので、避難民には綺麗な水でのうがいと手洗いの励行をお願いします。病気の発生確率も抑えられると思いますので。とりあえず避難前より健康になって頂きたいぐらいの気持ちではありますね」


 最後は冗談めかしつつ話を結ぶと、マルブランシュ侯爵も感心したように頷いていた。


「境界公は医学にも通じておられるのですな。作物の病害予防にも通じる話で興味深い」

「いえ、通じているというほどでは。聞きかじった知識がある程度ですよ」


 循環錬気やクリアブラッドで対処可能なものも多かったりするが、医学的知識の有無とはまた違うしな。とはいえ害虫、微生物、細菌やウイルス等々の知識があるだけでもルーンガルドの一般的な水準から言うとかなり逸脱しているのかも知れない。

 もっと詳しい衛生学的な話や俺の事情を知っているアシュレイやみんなはにこにことしているが。むう。


 さて。そうこうしている内に、ウィズに任せていたディアドーラ達の映像解析も済んだようだ。物資については侯爵領の人達に任せて、俺達はシリウス号に移動し、みんなに話をしておくことにしよう。




「会話の内容が分かったって?」


 シリウス号の艦橋に移動し、解析が終わったとスティーヴン達に知らせる。


「ああ。俺達じゃ分からないことも、スティーヴン達なら気付くかも知れない。不快な内容、かも知れないけれど」

「覚悟はできてる。あの女が絡んでるってだけでろくなもんじゃないだろうが、妹達を助けるためだ。一々激昂したりはしないさ」


 エイヴリル達も、その言葉に真剣な表情で頷いていた。

 なるほどな。内容次第では小さな子供達には聞かせられないだろうが……覚悟をしているスティーヴン達なら大丈夫だろう。


 映像記憶の魔道具は月の民から預かった品物だが、既に術式については解析を終えている。従って、五感リンクで繋がるウィズもまたそれらの術式を扱える。


「それじゃあ、ウィズ。頼む」


 ウィズをテーブルの上に置くと、その一つ目から光が放たれ、さながら映写機のように機能する。ウィズが記録していた映像記憶を空中に映し出す。ディアドーラと双子が会話している光景だ。

 唇と舌の動きを解析して発音を割り出したものだ。音声は届いていないので字幕になってしまうが、そこは文字を色分けすることで、発言者を分かりやすくしている。


『良い眺めではないか、初めて見る外の世界はどうだ、カルセドネ、シトリア』

『世界……というのは、広い、のですね』

『日の光が、少し眩しい、です』


 ディアドーラから尋ねられ、双子の少女――カルセドネとシトリアは何の感慨も感情も浮かべずに淡々と答える。

 カルセドネもシトリアも……多分宝石の名をもじったものだな。

 どちらも石英として分類されるもので、双子や姉妹の名前としては妥当なのかも知れない。半透明の青い宝石がカルセドニー。黄色の透き通った水晶がシトリンだったな。


『こうして手塩にかけた娘達が日の目を見ることになって、私はとても嬉しい。その意味では反逆者に感謝しているぐらいだ。特にお前達については理想形に至る前に計画が頓挫してしまってな。それまでの苦労が水の泡になるかと思って眩暈すらしたものだ』


 ディアドーラは両手を広げて身振り手振りを交え、上機嫌そのものと言った様子でそんな風に語る。


『だが、今までの研究を無駄にしないためにも最後に傑作を作ると陛下にお約束し……こうしてお前達二人の完成に漕ぎつけたというわけだ。お前達が上手くやれば、更に弟や妹達を作ってやれるだろう。お前達の性能を存分に陛下にお見せするのだ』


 ……こいつ。


『はい、マスター』

『わかりました』


 そんな風に。カルセドネとシトリアは何の感情も見せずに、淡々と受け答えをしていた。


『良い子だ。8号――あの子は今、オクトと名乗っているのだったか。あれらとの再会も楽しみだな。適当に景色を楽しんだら竜籠に戻ってこい。高所では身体が冷える』


 そう言ってディアドーラは。冷たい笑みを残して身を翻すと竜籠の中へと戻って行った。暫く2人は景色を眺めていたが、どちらからともなく揃って立ち上がり、竜籠へと飛んでいった。

 少しの沈黙の後で、スティーヴンが肩を竦める。


「まあ……俺としては聞いても損のない内容だった。他に俺達の兄弟姉妹はいないってことがはっきりしたからな」

「あの女は増やすつもりでいるようだけどね……」

「それも、カルセドネとシトリアを助ければ終わるわ」


 レドリックとイーリスがそんな風に言う。

 そうだな。そして、ディアドーラもザナエルクも、今回の一件が終わるまでにきっちり叩き潰さなければなるまい。

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[気になる点] >「しかし、双子の少女か。余が言えた義理ではないだろうが……全く、不憫なことよな」 > ディアドーラの連れていた双子の少女か。メルヴィン王としては自分に置き換えて省みてしまう部分がある…
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