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107 北の塔にて

「んー……」


 額を軽く撫でられるような感触で目が覚める。

 薄く目を開くと、そこには逆さに俺を覗き込むセラフィナがいて俺の頭を小さな掌で軽く撫でていた。くすぐったい。


「――おはよう」


 朝の挨拶をすると楽しそうにくすくすと笑って部屋の中を飛んでいく。


「ごはん、できたって。みんなを起こしてきて」


 そんな事を言い残して扉の前まで行く。セラフィナが軽く指を振るうと、独りでに扉が開いてその隙間から出ていった。

 ……家妖精だからと言うべきか。

 さっきの扉のように、彼女は触れなくても家の中の物を動かせる。セラフィナの見守る前で箒が触れずとも動いて勝手に掃除したりといった具合だ。


 という訳で、みんなの家事の負担や手間がかなり減っていたりする。朝目が覚めると掃除が終わっていたりだとか。家人が寝ている間に家事を終わらせておくという、非常に妖精らしい事をしている。


 まあ、それでも家事については持ち回りだ。例えば食事の準備だとかはその1つだろう。グレイス達は隣で眠っている。今日の当番はシーラとイルムヒルトだ。


 欠伸を1つして身体を起こそうと思ったが、胸の上にグレイスの手が乗せられていた。

 隣にグレイスとマルレーン。マルレーンを挟んでアシュレイ。

 マルレーンと寄り添うように眠るアシュレイ。その姿はどことなく仲の良い姉妹といった風情だ。


 3人の寝顔――改めて見ると破壊力の高い光景だ。普段着でも迷宮に行く時の装備でもなく。夜着を纏った無防備な姿というのが何とも刺激が強いというか。


「グレイス」


 セラフィナにされたように。軽く彼女の真っ白な額に指先で触れる。前髪が指に触れると、柔らかくて艶やかな髪だ。指の間から零れるように流れていった。


「ん、おはようございます……」


 グレイスが薄く眼を開けて微笑みを浮かべる。


「おはよう」


 グレイスの手が軽く俺の頬を撫でて離れていった。アシュレイとマルレーンの柔らかな髪にも軽く指を差し込んで指で梳く。


「……テオドール様……くすぐったいです」


 それに気付いたアシュレイがくすくすと楽しそうに笑う。マルレーンも目を開けてくすぐったそうに笑みを浮かべて身体を捩る。

 マルレーンがお返しとばかりに、脇腹の辺りをくすぐってくる。それを見たグレイスとアシュレイも面白がって参戦してきた。


「いやちょっと。3人がかりは……」


 一応言ってはみたが、彼女達は目配せし合うと悪戯っぽい笑みを浮かべて協力し合ってきた。しばらく布団の中でじゃれあう。彼女達の楽しそうな声が寝室に響いた。




「あー……おはよう」

「おはよう」

「おはようございます」


 着替えてから下に降りていく。シーラとイルムヒルト、それにセラフィナが食卓に朝食を運んでいるところだった。

 3人と布団の中で転げ回ったおかげで、今朝はきっちり目が覚めた。目が覚めないわけがない。色々刺激の強い朝だったからな。


 最近は、朝が弱くていけない。夜は母さんの手帳の暗号解読をしているからだ。

 それでグレイスも、俺より先には寝られないとお茶を淹れてくれたり。アシュレイとマルレーンも魔力コントロールの自主練習に励んだりと。以前よりみんなで夜更かししている事が増えた。

 そうやってみんなで夜更かししながらの暗号解読作業というのは、そこはかとなく楽しくはあるのだけれど。


 暗号の方がどうなっているのかと言えば――解読の糸口は掴めてきている。

 母さんの書いた日記らしきものがコードブックになっているようで、そこから符丁の解読ができそう、といったところだ。

 日記の記述と俺の記憶に食い違いというか……実際とは違う事が書いてあるのが分かったからな。


 母さんとグレイスは例年、誕生日に俺の祝いをしてくれたが……その日に全く違う事が書いてあって。そこがヒントになったというわけだ。

 手帳の日付と照らし合わせて、日記の文字を数字に変換したり、その数字を文字に当てはめたり、ああでもないこうでもないと頭を捻っているところである。日付によって符丁変換のルールが変わるようでなかなかすぐにとはいかないが、これはこれで楽しんでやっている。


 とりあえず献立のレシピが、符丁を変換すると薬品の調合レシピだったというのは突き止めた。この調子で魔法の詠唱の方も解読できていければと思う。


「イルムは、最近の朝はどう?」


 寒くないかと言外に尋ねてみると、彼女は頷く。


「魔道具があるからかなり調子が良いわ。ありがとね、テオドール君」

「もう少しすれば寒さも和らいでくる」


 シーラが言う。春、か。冬場に陸路が閉ざされていたから、春になると一気に色んな人の入れ替わりがあるらしい。タームウィルズに入ってくる者。離れていく者。様々だ。




 さて。みんな揃って準備が整ったところで朝食である。


 ラヴィーネはこちらが食事に手をつけるまで、鳥肉を前に不動の構えだ。この辺、狼らしく上下関係はきっちりしているのである。


「今日は――アシュレイとシーラは予定があるんだっけ」

「そうです。オフィーリア様とご一緒する予定なのですが」


 アシュレイはペレスフォード学舎で講義。シーラは盗賊ギルドに支払いがあるそうだ。


「私も孤児院に顔を出してこようかな」

「それなら、シーラと一緒に行ってくると良いんじゃないかな」


 と言うとシーラが頷く。彼女達の予定は決まり、と。アシュレイとラヴィーネ。シーラとイルムヒルト。複数メンバーで動いてもらえれば俺としても安心だ。

 しかしそうなると――メンバーが少なくなるので、今日の迷宮探索は休みだな。


「俺はちょっと王城に用がある。少し進展があったようだから、手が空いたら顔を出してほしいって言われてるんだ」


 北の塔の方にな。ローズマリーは俺が相手なら話をする。そうでなければ古文書の解読自体を真面目に進めないと……そんなような事を言っているそうだし。

 ま、話を聞きに行くには丁度良いのだろう。


「分かりました。マルレーン様はどうなさいます? 私と一緒にお留守番なさいますか?」


 グレイスの言葉にマルレーンが頷く。当然セラフィナも一緒だ。


「魔法通信機は忘れずに持っていってね。何かあったら連絡を」


 と、言うと彼女達は頷いた。家のメンバー全員分の魔法通信機は出来上がってきている。

 サーバー型の試作段階のようなもので、パーティー内だけなら俺の持っている通信機を経由して相互連絡が可能になった、という代物だ。俺達が使う分には現時点でもこれで十分ではあろう。




 ――あまり早く出かけていってもなんなので。

 昼食を摂って一休みしてから王城に出向く事にした。家を出て玄関先で空に向かって竜笛を吹くと、王城の方からリンドブルムがそれを聞きつけて、厩舎を抜け出し、まっしぐらに飛んでくる。お陰で王城への行き来が非常に楽だ。


「じゃあちょっと行ってくる」

「はい。お気をつけて」


 見送りに出てきてくれたグレイス、マルレーン、セラフィナに小さく手を振って、空へと舞い上がる。ぐんぐん加速すると、あっという間に王城の広場までリンドブルムは運んでくれた。リンドブルムとしてはちょっと物足りない感じかも知れない。まあ、遠乗りはいずれという事で。


「おや。チェスター卿」

「ああ、大使殿。今日は迷宮探索はお休みですか」


 そういう彼も迷宮探索は休みなのだろう。

 広場にはチェスターがいて、日向に腰かけて兵士達の訓練を眺めていたようだ。


「ええ。今日は――北の塔に用事が」


 と言うと、チェスターの表情がぴくりと動いた。


「ローズマリー様に用が?」

「ええ。チェスター卿もご一緒なさいますか?」


 ローズマリーは療養中という名目になっていて基本的には会えないはずだからな。俺と一緒に行けば話ぐらいはできると思うのだ。


「構わないのですか?」

「ええ。チェスター卿さえ良ければですが」

「それでは……少々お見舞いにお付き合いさせていただければと」




「許可無き者はお通ししてはならないとの陛下の通達が出ています」

「だから。その許可はどうやったら出るんだ?」

「それは――お答えできかねます」


 北の塔に向かうと、入り口の所で問答している者がいた。


「ヘルフリート殿下……」


 チェスターが呟く。第3王子ヘルフリートだ。


「チェスター卿……それに――君か」


 ヘルフリート王子はチェスターの声が聞こえたのか、振り向いて髪を掻く。

 それでも、前ほどには冷静さは失っていないようだ。

 前回会った時は帰ってきてすぐだったらしいからな。ローズマリーの派閥も分裂してしまっていたから、混乱して王太子と第2王子に会いに行ったようだと、アルフレッドからは聞いている。


 人物評も聞いてみたが、アルフレッド自身はあまり顔を突き合わせたことがないので直接にはよく知らないそうだ。

 他の王子や王女に比べるとそんなには目立たないそうで。王宮内での評価も同様との事だ。ローズマリーの弟にしては、というところか。

 うーん。魔術師に対する反感は……案外姉の偽装工作の言動による影響だったりするのだろうか?


「……姉上に会いに来た、のか?」

「そうなります」


 偽っても仕方ないのでそう答える。少し調べれば北の塔に出入り可能な一部の者が俺だというのは分かる事だろうし。


「――話があるのでしたら、一緒に行かれますか?」


 そう尋ねてみると、ヘルフリート王子は驚いたように目を丸くした。

 随分意外そうな反応だな。思ってもみなかったというところか。


 王城セオレムは、ヘルフリートにしてみれば実家なのだし。そこに俺がいたら戸惑う気持ちも理解できないわけではない。なので向こうが思うほどにはヘルフリートに対して敵対意識を持っているわけではないのだ。


 同行については――ローズマリーならばチェスターやヘルフリート相手に、表沙汰にできない部分について口を滑らせるような事もないだろうというのもある。


「構いませんよね?」

「大使殿が同行し、立ち会う場合は許可が出ております。但し、北の塔に立ち行った方は誰であれメルヴィン陛下に報告する決まりになっておりますのでご了承を」


 門番に尋ねると、そんな答えが返ってきた。俺が一緒なら許可、と言う辺り、大体メルヴィン王もローズマリーに関しては俺と似たような意見らしい。


「どうして……君が……。いや、しかし」


 ヘルフリートは迷っていたようだが、結局頷いた。

 やや俯きがちのまま、チェスターと俺の後ろを大人しく付いてくる形。さて。ローズマリーには何の話が聞ける事やら。

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