番外379 王軍迎撃に向けて
「――面会は良い結果だったようですな」
儀式場を片付けてから広間に向かうと、マルブランシュ侯爵は騎士団長や兵士長達にあれこれと指示を出したり報告を受けたりと忙しそうにしていたが、俺達を見ると、表情というか雰囲気からパルテニアラとの接触が上手くいったというのを察したらしく、相好を崩してそんな風に言ってきた。
留守にしていた間の報告と指示、領民への通達や避難誘導等、色々あるから侯爵自身は今回儀式に立ち会えなかったが……パルテニアラであればきっと侯爵ともウマが合うのではないだろうか。
「そうですね。度量の広そうなお方と言いますか、頼もしさを感じさせるお方でしたよ。現状に多少の余裕がある事も確認できましたし、再会の約束もしましたので、その折には侯爵も是非同席して頂ければ、僕としても嬉しいです」
「おお、それは喜ばしい事です。そうですな。その時は私もお目通り願いたく思います」
侯爵は微笑んで頷く。
「というわけでこちらは首尾よくいきましたので、後は予定通りにお手伝いできればと」
まずは直轄地外部に居住している領民の避難誘導。それが終われば支援物資の調達、迎撃準備、それからその他の問題に関しての対応……という感じで考えている。
「助かります。領民の住んでいる場所はこちらで把握しておりますので……そうですな。私はもう少し城でやることもありますし、ここから動かずに皆様と連係していきたいと思っております。説得にはスコット団長に同行して貰うのが良いのではないかと」
マルブランシュ侯爵の言葉に、騎士団長のスコットが相好を崩して軽く一礼してくる。既に話は通してあるらしいな。予定を空けて動けるように待っていてくれたのだろう。
すぐに案内できるように領民の住居を記した地図も既に用意してあるようで。侯爵にハイダーも預けてあるので、城とシリウス号で連絡を密にしつつ効率的に進めていくというのが良いだろう。
「ありがとうございます。スコット卿もよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願い致します。準備はできておりますぞ」
「では……早速動いていきましょうか」
「儀式でお疲れということは?」
と、気遣ってくれるスコットであるが。
「僕達に関しては問題ありませんよ。儀式に立ち会っただけに近いですし、能力行使をしてもらった方々にはシリウス号で休んでいていただこうかと」
具体的には儀式の主導役であったエレナとガブリエラ、夢の世界の構築と橋渡し役となった、エイヴリルとユーフェミア、ホルンといった面々だ。俺も循環錬気で連係しやすくなるよう統合は行ったが、これに関しては別に大した負担でもないしな。
というわけでスコットを伴い、近隣に停泊させているシリウス号に乗り込んで、マルブランシュ侯爵領を移動することになったのであった。
「おお。これが空飛ぶ船の司令部であり操船部、ですか……! 何と申しますか、賑やかな雰囲気ですな!」
スコットを艦橋に通すと、内部を見回して驚きと感動の混ざったような声を上げていた。賑やかな雰囲気というのは……モニターを監視していたティアーズ達とコルリスやティール、ヴィンクルといった動物組が艦橋にやってきた俺達を向いて、片手を上げて挨拶してきたからだろう。
「みんなも留守番お疲れ様」
ステファニアが笑顔でそう言うと、動物組と魔法生物組が各々こくんと頷く。
動物組や魔法生物組は目立つので、シリウス号側の警備とモニターの監視を兼ねて待機してもらっていた。
ティアーズ達がモニターをしっかりと監視、異常があったらラヴィーネやコルリス達に知らせて五感リンクで即時対応という態勢になっている。
そして城側で儀式に参加していたからか、早速というか、いそいそと嬉しそうにブラッシングの準備を進めているシャルロッテである。ベリウスものっそりシャルロッテの方に歩いていくあたり、かなり馴染んでいる印象があるな。
まあ……それはそれとして、早速避難誘導を進めていくとしよう。スコットがテーブルの上に地図を広げ、そこに記されたマークを見て対応が終わっていないところを回っていく、という感じだ。
「ん。優先度が高いのはやっぱり、直轄地から遠いところ?」
「そうなるかな。昨日の今日で王都側も軍備はできてないみたいだけど、時間がかかりそうな場所程、早めに対応したい」
シーラの質問に答える。
『近場の宿場町については人数が多いという事もあり、既に対応が始まっております。領民達も素直に応じてくれておりますぞ。つまり街道沿いに住んでいて宿場町よりこっちに住んでいる領民達はそれに呼応して避難が始まっている、ということですな』
と、侯爵が水晶板モニターの向こうから現状についての説明をしてくれた。
「この外れたところの印は何かしら?」
「ああ。そこには樵が住んでおります。森に居を構えていた方が何かと便利とのことでしてな。知り合いなので私が話をしに行こうかと」
首を傾げるイルムヒルトにスコットがそんな風に教えてくれた。
「では……街道沿いは侯爵にお任せして、僕達は遠方の、こうした外れた箇所から対応していきましょうか。アルファ、頼む」
といった感じで手早く方針を決め、アルファに視線を向けるとこくんと頷いた。
シリウス号をその場に急行させて、後は竜籠や絡繰り、ゴーレム等々で臨機応変に対応、というわけだ。
そうして現場に行ってみると、森の小屋から出てきたのは白髪のドワーフであった。俺達は姿を見せない方が良いだろうということで、説得は任せているが、護衛としてスコットにはカドケウスを付け、魔道具で音声もモニターしている。
ドワーフの樵はスコットを見るなり笑顔で迎える。
「おう、スコットではないか。元気そうじゃな」
「息災なようで何よりです。実は今日は頼みがあって参りました」
「ふむ」
と、スコットが真剣な表情で頭を下げると、ドワーフの樵は真剣な話と察したらしく、表情を引き締める。
「単刀直入に申しますと、実は旦那様が領地に戻られたのですが、それを快く思わない王と一戦交える事になりそうでしてな。危険が予想されるために直轄地外部の領民全員に避難を呼びかけているところなのです」
「王軍と矛を交えるとは。何とまあ……侯爵も剛毅な事じゃな」
「信念に基づけばこそとはいえ、敗北を覚悟して、などというものではありませんぞ。詳しい事は流石に話せませんが、勝ちの目があるからこそですからな」
スコットが言うと、老ドワーフはさもありなんというように頷いていた。
「そうであろうのう。侯爵は昔から存じておるが、負けを覚悟しているのであれば領民を避難させて王の心象を悪くするよりも、自分が責を負うという選択ができてしまう御仁であるし。戦いを選ぶ、というのは勝算あってこそじゃろうな」
老ドワーフは腕組みをして頷いていたが、やがて表情も明るくスコットに答える。
「あい分かった。そなたがそうして直々に頼みに来たのであれば、侯爵の考えは筋を通したものであろう。ということであれば、儂が断る理由もない。それに――この老骨でもまだ侯爵やお主達の役に立てる場面があるかも知れんしの」
と、老ドワーフは小柄な体に不釣り合いなほどの斧を小屋の中から持ち出してくる。流石はドワーフという印象の性格と身体能力である。
頑固そうではあるが、筋を通せば応じるのは吝かではない、という性格なのだろう。スコットが直接話を、というのも分かる。
「実は侯爵から魔法の道具を預かっておりましてな。もっと荷物も運べますぞ」
「ふむ。では着替えなどの細々としたものぐらいは持っていくか。援軍のつもりで合流して世話になっていては本末転倒じゃからな」
「ふむ。けったいな代物じゃのう。こういった機工は同族の知り合いが見たら喜びそうじゃが」
と、老ドワーフは得物や着替えといった荷物を載せて、台車の絡繰り人形にちょこんと座る。老ドワーフの言葉を艦橋で聞いていたビオラが「確かに親方達は大喜びしそうですね」と頷いて、コマチが「光栄です」と、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「私はまだ所用がある故、同行はできませんが乗っていれば町に向かうようにできているとのことですぞ。陸路は安定して走ってくれるそうですが、若干揺れるとのことで。備え付けの帯でしっかりと身体を固定し……舌を噛まないように気を付けて下され」
「承知した。お主も気を付けるのじゃぞ」
荷物もしっかりとボックスに入れて留め金をかけ、スコットが合図をおくるとゆっくりと絡繰りが走りだす。そうして木々の間を抜けて街道に向かって、少しずつ速度を上げながら走っていく。
「ほっほ。こいつは愉快じゃな!」
と、老ドワーフもまんざらではなさそうな反応で豪快に笑う。そうしてその笑い声が街道の向こうに遠ざかっていった。
絡繰りは直轄地についたらまた別の避難誘導に回される予定だ。道中トラブルがないかも、しっかりシリウス号で追跡できるようにしてある。
それにしても……マルブランシュ侯爵もだが、スコットの人望も大したものだな。ああしたドワーフからの信頼も厚いというのは、普段から真面目に領内の巡回といった仕事をこなしているということなのだろう。この分なら……避難誘導も順調に進みそうだな。