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番外377 祈りと儀式

 クラウディアとパルテニアラが握手をした後は、こちらもそれぞれ名を名乗り、自己紹介する。儀式の際に祈りに想いを込める内容次第で、こちらの素性はある程度伝わるようだが、まあ……それとしっかりとした自己紹介とはまた別というわけだ。


「妾とは因縁浅からぬ相手ばかりであるな。ベシュメルクの開祖として、過去の始末をし切れず、後世に負の遺産を残してしまって申し訳なく思っている」


 そんなパルテニアラの言葉に、スティーヴン達は顔を見合わせるが……やがて静かに首を横に振った。


「別にあんたの事は恨んだりはしちゃいないさ。さっきもテオドール公が言っていたが、そうしないようにしてくれていたのに、一線を踏み越える馬鹿が出てきちまったってだけの話さ」


 スティーヴンがそう言うと、イーリスやレドリック達も頷いていた。始祖の女王と会う、ということで、シリウス号によって同行してきた面々を儀式場に集めているが……テスディロスも肩を竦めた。


「俺も魔人として生まれた事を後悔などしたことはないな。ヴァルロス殿は自らの行為の結果は自らが責任を負うべきものと語っておられたし、俺もそういう生き方でありたいと思っている」

「そもそも、生まれるよりずっと前の事ですからな。恨み辛みと言われても何のことやら」

「私も……過去の歴史があったから今の私があるわけですし。それを否定しては身の回りの人達との絆まで否定してしまいます」


 ウィンベルグとオルディアがテスディロスの言葉を受けて頷く。パルテニアラはそんなテスディロス達の明快な理論と回答に少し目を見開いていた。テスディロスの考え方はまあ明快というか、ある意味での魔人らしい特色が出ている答えかも知れない。

 そうしてグレイスも、一歩前に出て女王に言った。


「私も、血玉をフラムスティード家に預けて下さったことは温情だと思っています」

「……メイナード、か」


 パルテニアラの表情に悲しげな陰が差す。彼女にとってもメイナードは大切な相手だったのだろう。


「メイナードは……力を得たことは後悔していないが、自分の衝動がいつか大事な人達を傷つけてしまうかも知れないと恐れておった。守るために得た力が平和な世には諸刃の剣になってしまう、とな。もっと何かしてやれることがあったのではないかと……誰かが思い遣るほどに、あの者の苦悩を強めてしまう」

「……分かります。私とてリサ様やテオがいなければ、その苦悩から逃れることはできなかったでしょう。オーガストは血玉を預けてもらった意味を見失って、自分の為に血玉を利用してしまいましたが……私は、ご先祖様や父や母の気持ちを知ったからには忘れたりはしません。それにもし王城に残しておけば、今頃ザナエルクに利用されていたかも知れませんから」


 だとするなら自分が引き継ぎ、守るべきものだからと、グレイスは言った。そんなグレイスにみんなが寄り添う。

 パルテニアラはグレイス達を見て小さく笑う。悲しみと嬉しさが混ざったような笑みだった。


「ザナエルクと同種の、不届きな輩を経由してしまったようだが……メイナードの決意や、誇りは受け継がれたのだな」

「はい。ここに」


 グレイスが微笑んで胸のあたりに手を当てる。パルテニアラは頷くと、俺に視線を向けてきた。


「そして――フォレスタニア境界公。そなたには感謝の言葉をいくら重ねても足りぬな。この問題が解決したら、迷惑をかけた者達に……頭を下げにいかねばならん」

「そうです、ね。彼女達が謝罪を求めるかはわかりませんが、ティエーラ達やオーレリア女王も、話をしたいと思っているかなと」


 ティエーラもオーレリア女王もパルテニアラを責めるような事はしないだろうけれど、俺が勝手に誰かの気持ちを代弁するのも違うからな。


「聞きたい事、話したい事は……お互い尽きないとは思いますが……そうですね。重要な話を先に済ませてしまいましょうか」

「確かにな。悠長に話をしていて、連中に気付かれるような事があってもつまらぬ」

「では、単刀直入にお聞きしますが、今現在の魔界の門の封印に関してはどうなっているでしょうか?」

「それに関しては、良い話と悪い話がある」

「良い方からお聞きしたいのですが。悪い話は対策まで話し合いたいですから」


 そう言うと、パルテニアラはうむ、と頷いた。


「まず、良い話であるが……実はこの儀式自体が回り回って封印の力を蓄積する事に繋がるのだ。封印に対して、そして妾に対して。記憶に留め、想いを向けてくれるだけで、力が蓄積され、維持される。故に――歴代の巫女姫達の祈りの力の蓄積でザナエルクに対抗してこられた。エレナやバスカールのあの決意にも随分と力を与えられたものだが……そなた達がこうしてくれただけで、妾は既に大きな力を受け取っている。そなたの想いも、相当力強いものだな」


 そう言って、パルテニアラはにんまりと笑った。


「ああ、それは良かったです。しかし……そうなると連中、儀式を改変したということは……」

「察知しているのであれば、改変した儀式自体も止めさせておるだろう。未だに連中は封印の全容を掴んではおらぬ、ということだな」

「では、悪い話については?」

「先に述べた通り、力を蓄積できたのでまだ余裕はあるが、置かれている状況が良いとは言えぬ。王城の最深部に門が置かれているのだが、ザナエルクは研究を重ねて一朝一夕でどうにかなるものでもないと悟ったのか、十重二十重に呪法で括って封印そのものに圧力を生じさせ、時間をかけて弱めようとしておる」


 ショウエンが墓所の封印を解いた時は、各地から負の念を集めて、力を弱めてから後は一気に、というものだったが……。その手口の第一段階に近いものではあるか。


「余裕の目算が狂うような事態は考えられますか? 集められた力を一気に叩きつけられるというような」


 これもショウエンのやり口を参考にしたものだが。


「強い術をぶつけられた場合は反射する。故にああいうじわじわと弱めていく、という手に切り替えたのだろう。その類だと反射の呪法では対処が難しくてな。反射との力が拮抗してしまう分、向こうも呪法を張り直す。延々と消耗を強いられて、結果、封印が弱ってしまうわけだ。それに、半端な術では門も封印もびくともせぬが、封印と扉を壊す事の危険性は奴も承知しておるようだし、今の段階では仕上げに大きな力をぶつけてくる、ということは考えにくい」


 ……なるほどな。ともあれ、パルテニアラとしては封印の余力はまだある、と見積もっているわけだ。それでも、ザナエルクは封印の解除に対して確実に有効な手を打ってきているから、あまり悠長に構えてはいられないが。


「扉を壊した場合の危険性については?」

「魔界はこちらの一部を取り込んで広がり分化した異界。あちらはあの形で既に一つの世界として安定してしまって消すことができなくなった。そして、正式な門という境界を分かつ象徴があるからこそ……皮一枚隔てながらも互いに影響が出る事を断絶できるのだな。しかし門を壊した場合、何かのはずみで別の場所で繋がったり互いに影響を及ぼしたりすることが予想される。このことは警告として儀式を通して知れる情報だ」


 なるほど。門自体の破壊も難易度が高い上に、その結果も喜ばしいものにはならないというわけか。門の再建技術も失われている以上、魔界から得られる力と情報を独占したいザナエルクとしては、その手段は取れない。


 魔界の成立はイレギュラーな要素が絡んだものの、元々古代呪法王国の保有していた技術を利用したものだ。だから単純な門というより、構造の根幹に関わる部分でもあるそうで。

 だけれど、安定しているからこそ、門が壊れてもいきなり大規模な範囲で混ざり合ったりこちらに魔界が顕現したりといった破滅的な事態は起こらないとパルテニアラは太鼓判を押してくれた。


「そう断言できる理由は簡単なものだ。我らも当時、魔界を消せないものかと、研究を重ねたり試行錯誤した結果でな。結局魔界自体はどうにもできないと、徹底した封印を行うことを決定し、研究も以後、行えないように全て破棄した」


 当時の技術でどうにもならないなら、失伝してしまった今の技術でもどうにもならないか。


「それを聞いて安心しましたが……魔界固有の魔物や動植物がこちらに顕現する可能性はありますね」

「有り得るな。避けるに越したことは無かろう。とはいえ、扉自体の再建に関しては妾がいれば可能だ。どうしようもなければ遠慮はいらぬぞ?」

「ああ、それは……有難い話です。では、結論としましては――」


 俺の言いたい事を察したのだろう。パルテニアラがにやりと笑う。


「うむ。暫くの間ならば妾がきっちりと扉を守り通す故、そなた達はあの愚物どもを排除してくれるか?」

「分かりました。お約束します」


 そう言って。パルテニアラと空中で腕相撲をするような仕草の、変則的な握手を交わす。ぎりぎりのところの判断がつかないために慎重に立ち回っていたが……扉についての情報が色々得られたのは大きいな。勿論、破壊しないに越したことはないが。

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