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番外376 始祖の女王

 ガブリエラとエレナは祭壇に向かい、跪いて両手を目の前に組む。儀式に参加している全員が2人の後ろで同じような体勢をとって――平和のための祈りを捧げる。


 ガブリエラとエレナの詠唱が一言一句同じ響きを以って儀式場に広がる。ガブリエラが、年月を経て戻ってきた本当の巫女であるエレナを差し置いて一人でというのは申し訳ないと、そう主張した結果だ。


 エレナもガブリエラから儀式の際の詠唱を教えてもらい、内容を半日程で覚えたらしい。というより、変更箇所を確認してそこを修正するだけだったという話だ。

 前半の平和のための誓い、願いの部分はほとんど変わらず。後半部分が無くなって詠唱がループする、という形に改変されているらしい。……魔法陣が起動する最低限でさえあれば良く、それ以上は意味を成さないように改変された。


 本来の儀式であれば、平和への想いを新たにし、残された縛めを守る。そういう内容が続いていたらしい。ガブリエラの祖母も最初に儀式を行った後に不思議な事が起こらなかったか聞かれたそうだ。最初の頃はまだ始祖の女王が反応を変える前だったから、儀式は意味を成さなかったという話だが。


 ――平和。平和のための祈り。儀式を残したその目的を考えて、祈る。

 今の世界の形に落ち着くために……幾つもの戦いや苦難の歴史があった。

 古代の戦い。月の動乱。魔人の誕生。それでも世界は続いて、そして、過去からの因縁は今の時代にまで繋がる。


 けれど、俺が戦う理由は……そういう歴史を背負ってとか、そんなに大したものではない、ように思う。

 今でもはっきり思い出せる。母さんが戦った、あの雪の日のような出来事は……あの時のような事は、もう嫌だからというそれだけの理由だ。

 身の回りにある平穏が、大切な人達が。わけのわからない連中の都合で振り回されて、壊されるのには我慢できない。そうして思いがけずに力を得て、そのまま走り続けてきた。


 始祖の女王が……どういう想いで国を築いたのか、過去の記憶を残そうとしたのか。それは分からない。その決意を、軽々しく分かる、とは言えないだろう。俺の考えや今までの行動を是とするかどうかも。

 けれど、形や方法、理由が違ったとしても、ベシュメルクで手を取り合った人達が理不尽に傷ついたりするのは嫌だと思う。俺は俺の理由でここにいる。けれどもし、手を取り合えると思うのなら――力を貸してはくれないだろうか?


 これまでの記憶が脳裏をよぎり、その中で俺の考えを纏めて。それを始祖の女王に向けて呼びかけるように。


 魔法陣が強く輝いて。みんなの祈りを強めて儀式場全体に広げていく。

 周囲の魔力にそれとは違う変化が生まれたのはその時の事だった。元々この場にあったものと少し性質を異にする魔力のうねりのようなものが流れ込んでくるのを感じる。その魔力は精霊のそれに似て――。


「なん、でしょうか。すごく懐かしいような……温かいような。そんな気持ちを……感じます」


 エレナがそう言って顔を上げる。祈りの詠唱は途切れたが、儀式場を取り巻く祈りの力、輝きが衰えることはない。


「感情の色が……見えるわ。嬉しそうで、でも、どこか悲しそうな感情……」


 エイヴリルが中空を見上げて言った。揺らぐ靄のような人影は――力を別のものに割いているために、現世に顕現しきれない精霊のもの、という印象を受ける。それでも儀式場に満ちる力は始祖の女王らしき影の力を増大させているようだ。


「私や……この子の、眠りに引き込む力や、夢の世界を作る力は――あなたの助けになれるかも知れないわ。エイヴリルなら感情を見る事が出来るから。もし試してもらえるのなら合図をして欲しいの」


 ユーフェミアがホルンと共に、揺らぐ影に訴える。

 儀式の本来の形としては、このまま巫女姫が眠りにつくことで過去の記憶を夢に見ることができる、らしい。だから、エイヴリルの能力で呼びかけたり、ホルンやユーフェミアの力で始祖の女王の力を補助できるのならと考えていた。


「やってみるって」


 エイヴリルが言う。儀式場に満ちる力が揺らぎ、エイヴリルとユーフェミア、ホルンを取り巻いていく。エイヴリルとユーフェミア。それからホルンに触れて、循環錬気で力を統合していく。それに混ざるもう一つの力――。


 やがて心地のよい眠気にも似た感覚がやってきて。あっさりと夢の世界に引き込まれた。一瞬、暗闇に包まれたかと思うと、別の風景が一点から広がっていき――。儀式場に居合わせた全員が別の場所に立っていた。

 ユーフェミアとホルンが始祖の女王の意識を核に作り上げた世界。


 太陽も月も星もない群青と紫に霞む、暗い空。

 だというのに周囲は燐光に包まれていて、見通しは悪くない。遠くに崩れ落ちた城と外壁。そこから覗く、朽ち果てた街並み。変色した大地、そこから生える奇妙な色と形の草木。ぼんやりと光る、水晶の柱が林立したような森。幻想的でありながらもどこまでも異質な風景。


「ああ、ここは――」

「魔界……ですね」


 周囲を見回したガブリエラが呟くとエレナが言葉を続ける。2人とも魔界の風景を知っているからな。

 空に目をやると靄が渦を巻いて濃くなっていき――そして実体を得る。

 燃えるような赤く長い髪が、波打つようにたなびく。意思の強さを感じさせる瞳。宝冠を被り、王錫を手にした――これが、始祖の女王。


 空中で顕現した女王がゆっくりと降りてきて、音もなく爪先から着地する。実体化した自身の手を握ったり開いたりして、感慨深そうとも不思議そうとも取れる表情で眺めていたが、やがて声を発する。


「――ふむ。こうして身体があるという感覚はいつ以来のものか。そなたらの力で下支えしてもらっているから、力を割いたままでも妾の姿を見せ、言葉をかわす事ができるようだな」


 そう言って、笑みを浮かべた。堂々とした雰囲気と親しみやすそうな性格とが相まって……こんな環境でも国民達を束ねていた事実と併せて考えると、女傑といった印象があるが。


「妾はベシュメルク王国初代女王パルテニアラという。そなた達の祈り、想い。確かに受け取った。妾のような罪を背負った者にこれほどの希望を託してもらい……言葉もない」


 始祖の女王――パルテニアラは名を名乗ると、目を閉じて胸のあたりに手をやる。仄かな輝きがその手の中にあって。それは俺達の想いや祈りを力として受け取った、ということなのか。


「ああ。この方が……」

「儀式を通して見守っていて下さった……」


 エレナとガブリエラが、呟くように言って。

 少しの間パルテニアラはそうしていたが、顔を上げると二人に目を向け、歩み寄ってくる。エレナ達は儀式を通して、記憶の中に姿を見たり存在を薄らと感じていた相手だ。感慨深いというか、思うところは色々とあるのだろう。そうして女王は……迷わず彼女達の手を取った。


「それから……刻印の巫女姫達。そなたらには妾が至らぬ故、辛い宿命を背負わせてしまって……済まなんだな」

「いいえ。女王陛下……。そのお言葉だけで……報われます」

「偽者の私も……刻印の巫女姫だと……」

「エルメントルードはバスカールや妾と共に封印を守るため、全てを投げ打ち、立ち向かってくれた。ガブリエラは我が呼びかけに応え、こうして希望を繋いでくれた。そなたらこそベシュメルクの誉れであり、我が子に連なる者全ての誇りである」


 そう言って二人をしっかりと抱き寄せる。


「勿体ない――お言葉です」

「陛下……」


 そうして少しの間2人の髪を撫でたりしていたが、女王はそっと離れ、こちらに向き直った。


「そなた達にも、謝らなければ、な。祈りを通して想いを受け取ったが……当時を生きていた者として、力及ばず、破滅を回避することができなかった。沢山の命が失われ、多くの者の人生を狂わせた。申し訳ないと思っている」


 その言葉に、みんなに視線を向ける。みんなは俺を見て頷き、俺もまた頷き返す。そうしてパルテニアラに向き直る。


「それは……違います。陛下がそれを望んだわけではないのですから。ティエーラ――別の知り合いにも同じ事を言いましたが、陛下が立ち向かわなければ。その後も、ベシュメルクを陰から支えていなければ。世界は今とはまた違っていたでしょう」

「……そうね。今の世界がこうしてあるのは、みんなが力を合わせた結果だわ。私も長い時間をかけたけれど、かけがえのない人達に巡り合えた。だから……貴女に対し、過去の事を責めるという気にはなれない」


 クラウディアが俺の言葉を受けて一歩前に出る。

 ああ、そうだな。同じ時代に生まれた2人、ということになるのか。真剣な表情をしていたクラウディアはふっと柔らかく笑うと、パルテニアラに対して手を差し出す。


「クラウディア=シュアストラスよ。私達も……随分遠回りしたけれど……そうね。いい加減、正式に和解するべき時ではないかしら?」

「それは……ああ。素晴らしい考えだ。妾も異存ない」


 そう言って。クラウディアとパルテニアラは堅く握手をかわすのであった。

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