番外374 主従の絆
ガブリエラとの話が終われば早速動いていく事となる。
俺達の正体は隠しているので、結界の構築や避難用転移陣の下準備等々は夜間に行ってしまった方が目立たないだろう、という判断だ。
「では、私達は早速儀式場の準備をしてしまいます」
「はい。何か困ったことがあれば僕達やティアーズに」
「中々可愛らしい子達ですね。よろしくお願いします」
「よろしくね!」
「よろしく……。手伝いは……頑張る」
ガブリエラはどこか楽しそうにシオン達や浮遊している改造ティアーズのマニピュレーターと握手をしたりしている。
というわけでエレナとガブリエラにはシオンとティアーズに伝言役兼護衛としてついてもらい、城の一角に儀式場を作る準備を進めてもらう。
続いて……俺達が領内である程度自由に動いても問題ないように、マルブランシュ侯爵に仕える騎士と兵士の、信用のおける主だった者を集めてもらう。
ある程度の事情を話して、王に対抗する旨を話さなければならない。騎士達にしても兵士達にしても、侯爵が信用している者達の意志を確認しなければ、不信が募るだろうし、情報を渡して重要な仕事を任せたりもできない、というわけだ。
「ご無事で何よりです、旦那様……!」
と、城の一角に集められた騎士達、兵士長といった立場のある面々は、侯爵がその姿を見せると、そんな声で迎えられる。
侯爵領の騎士団長は――出迎えにも来ていた初老の騎士だな。部下の騎士達の反応に静かに頷いている。
「うむ。私が留守の間、よく領地の平穏を守ってくれた。まずはその事に礼を言いたい」
「勿体ないお言葉です」
そんな騎士団長の言葉に、彼らも一様に頷く。侯爵は彼らの顔を見回し、そして数瞬の間を置いて言葉を続ける。
「王都での話はお前達も聞いているだろう。私は処刑の間際をある方々に救われ、そうして逃げてきたという立場だ。それは信念に基づいての行動であり、正しいと信じたからこその結果だ。ザナエルクが陰で行っていた非道に異を唱え、今やまさに王に弓を引こうという立場。王は――私や私に同調する者達を王家に逆らう逆賊だと罵るだろう。対抗する術や勝算は――ある。あるが、詳しく話すには、お前達にも共に戦う覚悟を持ってもらう必要がある」
マルブランシュ侯爵は――一旦言葉を区切ると居並ぶ武官達の顔を見回す。
「私よりも王を信じるという者。王家との戦いに勝利することが信じられないと考える者。そういった者達は――そうだな。現在の細かな情勢、情報、事情を伝える事も、重要な仕事を任せる事もできない。だとしても、事情を聞かされずに信じろと言っても疑問に思うのも致し方ない。望むのなら暇を与えよう。これまでの働きに応じた禄を受け取り、私の元から去る事を許す」
「そ、それは、旦那様――」
騎士団長が少し血相を変え、武官達も流石に驚いたような表情をするが、侯爵はそれを手で制する。
「相手は王。それぞれに武人としての通すべき忠節の形の違いや、1人の人間としての考え方の違いはあろう。故に私は、ここで去る事を責めはすまい。各々の決断に、一切の口出しをする事も許さぬ。これからの戦いを共に出来ぬという者は、私が目を閉じている間に、この場を去ると良い。禄については追って話をする。それぞれが考えて、決めるのだ」
主人に見られていては立ち去るのも心苦しかろうと、侯爵は目を閉じる。俺達は広間に繋がる通路からそれを見守っていたが……少し予想外の出来事が起きた。
「……すごい戦意。侯爵は――慕われているのね」
エイヴリルがそう言って、口元に笑みを浮かべて目を閉じる。
武官達に関しては……そうだな。侯爵の人を見る目や、侯爵自身が今までの行動から集めた尊敬と信頼が確かなものだったということなのだろう。
「――旦那様」
騎士団長の声に侯爵が目を開く。そして、その表情に少し驚きの色が混ざった。
整然と列を組んで侯爵に跪いて礼を捧げる武官達。誰からともなく、ああした形になったのだ。逡巡さえほとんどなかった。
信念のため。勝算がある。事情を話せなくとも、そんな侯爵の言葉を信じたからこそなのだろう。
「そうか。私についてきてくれるか。では、重ねて覚悟を問いはせぬぞ」
「無論です。我らの意気は軒昂。どこまでも供を致しましょう」
そんな風な言葉を交わし、どちらからともなくにやりと笑う侯爵と武官達。
「うむ。では……細かな事情を話していく事とするか」
そうして侯爵は袖で控えている俺達に視線を向けてくる。そうだな。ああいった面々であれば……今までの出来事やこれからの作戦も含めて色々話せるだろう。流石に魔力嵐や魔界に関する話など、一部明かせない情報に関しては伏せて話をすることになるだろうけれど。
というわけで作業中の街や外壁の見張り等々を調整してもらうため、武官の主だった者達に事情を話し、協力してもらう。
俺達がヴェルドガルから来ている事を聞くと、武官達には随分と納得されてしまった。顔を見合わせてうんうんと頷く。
「かの有名なヴェルドガルの境界公とは……驚きですな」
「年齢を聞いた時は驚きましたが……苦労なさったという話も聞き及んでおりますぞ」
何というか、侯爵領の武官は立場のある上の面々にしても人情家というか、気の良い人物が多く、俺の事を知ってはいても年齢を理由に苦労したのだろうという視点で、気遣われてしまっている印象だ。俺としては何となく……七家の長老達やゲオルグを連想してしまうというか。
「俺、侯爵ニ止メラレテ、事情、言エナカッタ。デモ皆、信ジテ、無理ニ聞コウトシナカッタ。気ノイイ奴ラ!」
というのは侯爵の使い魔、ロジャーの人物評だ。王の約束による侯爵からの命令で、板挟みになってロジャーにも気苦労があったのだとは思う。だが今は、飛び回りながら嬉しそうな声でそんな風に言っていたりするので、主が無事で、秘密も話せるようになって浮かれているのが分かる。そんなロジャーを武官達は微笑ましそうに眺めていた。
そんな面々にスティーヴン達を紹介したりと、事情説明を続けていく。
「――王が行っている危険な魔法実験、ですか。生体呪法兵の話だけでも唾棄すべき内容だと言うのに」
俺達がベシュメルクにやってきた理由、それからスティーヴン達について。そういった話を聞かせる。呪法兵としての施術を受けて、能力を実演して見せた子供達を見て、騎士団長達は憤りを見せていた。
「納得できる話です。古参の者はザナエルク王になってからの制度の改変やエルメントルード姫、バスカール殿の出奔や、それにまつわる粛清の話も覚えておりますからな。あの王が後になって表面を取り繕おうとも、信用は今一つといったところです」
なるほど……。しっかりと過去の所業も記憶されている、ということか。
「ですが、そういう事ならこちらとしても張り切って動けますな」
「うむ。まずは人払いと警備の人員の調整、ですな。早速動くと致しましょう」
と、武官達はやる気を見せている。具体的には……俺達が作業をする場所には信頼できる人員を置いて、人払いもしてもらう、といった寸法だ。それに武官達の協力があれば住民の避難にしても何にしても動きやすい。話を通すにしても顔なじみのほうが安心できるしな。
「それじゃあ、よろしくお願いします。結界を張る時に光で目立つと思いますが」
「ソレ、主ノ魔法。ソウ言エバ、皆、安心」
ロジャーが侯爵の肩の上からアイデアを出してくれる。ふむ。侯爵の魔法で結界を張った、と言えば良いわけだ。専門家の魔術師とはいえ一般には分からないしな。
「良い案だね。それで行こうか」
そう答えると、ロジャーは首をこくこくと縦に動かしていた。では――明日には始祖の女王ともコンタクトを取るわけだし、今夜行うべき作業はささっと終わらせてしまうとしよう。