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番外373 2人の巫女姫

「失礼しました。もう落ち着きました」


 暫くしてから落ち着いたのか、エレナと抱擁し合っていたガブリエラはそっと離れて、こちらに一礼してくる。


「僕達も……事情を聞いて色々と納得しました。目的を共にして一緒に戦える事を、嬉しく思います」

「名高い境界公にそう言って頂けるとは。恐縮です」


 一礼をすると、ガブリエラは少し慌てたように居住まいを正してそう答えていた。


「……それにしても、手順を変えたはずの儀式で変化、ですか」

「何となく、リサ様や慈母様の事を思い出してしまいますね」


 俺の言葉にグレイスがそれに同意するように言うと、みんなも首肯する。ガブリエラが事情を話していたから腰を折らずにそのまま話してもらったが、やはりみんなもそのあたりの事を考えていたらしい。


「と仰いますと?」

「前例があるのです。強い意志を以って封印を施すと、その方の思念、魂や信念と言ったものがその場に残り……留まってより強固なものになる、というような。僕の母が――遺した封印もそうでしたし、ある一族の女王が施した封印もそうでしたから」

「テオドール様の母君も……。そう、だったのですか」


 エレナ達の表情が驚いたようなものになる。


「始祖の女王が様々な状況を想定して対応できるように呪法を組み上げた、という可能性もありますが、どちらかというと女王の意識が今もどこかに留まっていて、ザナエルクと戦っているのではないかと」


 だとするなら、ベシュメルクの始祖の女王が遺した封印も……生半可な事で打ち破れるものではない。

 きっちりと王に引導を渡して、女王の奮闘に応えたいところではあるが。


「それは何というか……心強い話ですが、それほどの長きに渡り、というのは相当な苦労でしょうな」


 マルブランシュ侯爵が言う。


「そう、ですね。しかし信仰や尊敬を集めた人物がそうなった場合、接した折の魔力波長から感じたところとしては半分神格化や精霊化をしているようですし、長い時間で摩耗して生前の人格が歪んだりしていないところを見ると……封印に対して危機が及んだりといった、特別な事がなければ普段は眠りについたり、無意識的にでも封印を守るような方向で力が発揮されるのかな、と」


 何世代も時代を跨ぐほどの長い時間による精神の摩耗というのは……魔人達でさえ対策無しには抗えないものだった。

 クラウディアの場合は迷宮の構造自体が対策をしていたし、実際長期間の眠りについていたりもしたからな。元々長命の精霊達に聞いてみても、何事もない長い時間は眠りについていると言っていた。俺と関わるようになって顕現して遊びに来ている方がやや特殊な事例なのだ。


 結果から逆に考えるなら……目的を見失わず、的確な警告をガブリエラ達に残せるということは、女王の精神は健全なものであるということを意味する。勿論、今も尚封印のために留まっているのなら、という前提での話だ。


「そこで……少しお聞きしたいのですが、刻印の巫女の儀式をベシュメルク王城の外部で行うことは可能ですか? 本来の儀式ではなく、改変を受けた方です」

「は、はい。可能ですが」


 少し戸惑ったようなガブリエラである。


「上手くすれば、こちらから女王に接触し、封印の今の状態を聞くことや、仮にそれが危険な状態であれば、女王に力を送って封印の強化、ということも可能かなと」

「それは……確かに。しかし、本来の儀式でなくても良いのですか?」

「本来の儀式については、ザナエルクが世界のどこかで行われるのを探知の魔法や、呪法を用意して、手ぐすね引いて待ち構えている可能性があります。エレナさんの所在を知らせる結果になってしまうかなと。呪法への対策もしていますし、ここまで到ったら正面から姿を見せても良いのかも知れませんが……手札は見せないに越したことはありませんから」


 そう言うと、エレナもガブリエラも、理解した、というように表情が明るくなる。


「ああ、そこで改変された儀式、というわけですね……!」

「そういうことです」

「なるほど……。ザナエルクは自分達が作った、意味のない偽物の儀式だと思っているから、か」


 スティーヴンが感心したように頷く。


「確かに、正当な手順の儀式ならともかく、無意味と思いこんでいる儀式に注意は行きにくいわね。探知系の魔法というのは対象をはっきり絞らなければいけないし、維持しておくのも手間がかかるわ」


 と、羽扇の下で笑うローズマリーである。


「ん。監視のない隠し通路から女王に会いに行くようなもの」


 うむ。シーラらしい例えだが、中々的を射ているな。本来は隠し通路でさえなかったものだが、女王が通れるようにしてくれたのだ。こちらが目的を持って呼びかければ、きっと応えてくれるだろう。


「わかりました。儀式場の構築と、身を清めるためのお時間を少し頂くことになります。明日には実行可能かと」

「では、よろしくお願いします。その間に僕達も別の事柄の準備を進めておきますが、入用なものがあれば対処できると思いますので、遠慮なく教えて下さい」

「はい」


 準備のための時間としては十分に早いぐらいだ。俺の言葉にガブリエラが頷いた。


「私もお手伝いします。手順を教えて下さいますか?」


 エレナがそんなふうに反応する。ガブリエラはその言葉に少し驚いたような表情を浮かべてから……どこか楽しそうに微笑んだ。


「何と申しますか。エレナ様に改変された儀式の手順を教えることになる、というのは不思議なお話ですね」

「ふふ。そうかも知れませんね」


 と、顔を見合わせて楽しそうに笑う2人の巫女姫である。そうしている姿は本当の姉妹のようでもあるな。そんな2人の様子に、アシュレイやマルレーンは嬉しそうににこにことしているが。


「他の準備っていうと、やっぱり迎撃のための備えとか?」


 イルムヒルトが尋ねてくる。


「それもあるけど……もし野戦での迎撃に失敗した場合や、敵が陽動を仕掛けてきた場合、それに都市部への無差別な呪法攻撃を想定して侯爵領を防護し、いざという時に住民の避難できる準備を整えておく……って言う必要があるかな」


 そう答えると、イルムヒルトがうんうんと頷く。

 負けるつもりはないが、だからといって失敗した場合に自分一人が痛い目に遭えば済むという話ではない。備えを怠るのは論外だ。侯爵領の住民の安全確保は時間の許す範囲内でできることをしなければならない。


 付け加えるなら、敵がこちらの主戦力を引きつけつつ、別働隊で後方の都市部を狙うなどという……所謂陽動作戦を警戒しなければならないケースでも、そういった備えさえあれば敵の作戦に左右されずに取れる対応の幅も広くなる。


 いざという時に拠点を放棄しても、住民の命運を敵の良心に期待するなんてしなくても良くなり、人質として使われるなんてことを心配しなくても済むというわけだ。


「呪法に対する結界の構築と、大規模転移魔法の下準備が必要ね」


 クラウディアが言うと、ステファニアも頷いた。


「後は……領民が迅速に避難できるように話を通して説得しておく必要もあるかしら」

「それは私から、ということになりますな」


 マルブランシュ侯爵が頷いた。


「必要であれば、もし避難することになっても不在の間の農作物の管理をゴーレムに任せる事が可能、と伝えておいて下さい」

「それは有難い」


 頭ごなしに命令するというのも不満や反感を買って不安要素を呼び込むことになってしまうからな。こちらから相手の感じるであろう不安に対して事前に手を打っておけば、説得にしても避難にしてもスムーズになる、というわけだ。


 本来の迎撃のための策もしっかり練って、やれることは全てやっておくとしよう。

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