番外372 真実の記憶
侯爵や貴族達の家族、家人達、ガブリエラと要人が揃っているので身代わりの護符を配るのにも丁度良い。主だった面々に呪法対策として一先ずそれらを渡してから、腰を据えてガブリエラの話を聞く。
「いきなり祖母の事をお話しするよりは、順序だてて話した方が良いかも知れませんね。私は――王宮で育ちました。両親の仲は、良かったと思います。父は騎士団に所属しており、兵を率いて王都の近隣を巡回する役目を負っていました。母は――あまり身体が強くなく……けれど、優しい人でした」
ガブリエラは遠くを見るような目をして語る。話を聞けば一応遠縁ではあるものの、祖父も父も、王族や王家とは縁のある人物であったそうで……。それをして王族という風には……確かに言わないから、偽の王族というガブリエラの主張も、正しくはあるのだろうが。
祖父方と父方は巫女姫の結婚相手として認められるにはやや異例な血縁の遠さ、という話だ。
このあたりは……「エルメントルード姫」の本当の出自をザナエルクが加味して、王家に近しい血縁にしようとしなかったか……或いはいざという時に父方共々切り捨てられるように、逆に自由にさせた、という部分があったのかも知れない。
それでも「王族と血縁を持つ者との婚約」という原則からは外れていないものであったという話だが。
とはいえ、家族の仲は悪くはなかったそうだ。ガブリエラの母は王侯貴族にしては珍しく、父親とは幼い頃に知り合い、そのまま互いへ好意を抱いて、恋愛結婚に近い形で婚約が認められたようだ。祖母の「エルメントルード姫」も穏やかで思慮深い人で、視察といって人助けに各地を回って歩いている人物だったから、ガブリエラや彼女の両親からも尊敬もされていたらしい。
「私も、そんな祖母を尊敬し、両親の事も大好きでした。けれど、祖母は……隣でみんなと笑い合っていても、どこかで距離を置いて寂しそうにしている方だった……と思います。そんな祖母や、身体を壊しがちな母が心配で……将来は父や祖母を見習って、母や沢山を助けられる人になるんだなんて。そんな風に思っていました」
少し懐かしそうに笑うガブリエラ。そんな日常が変わったのは……王都の近隣の、森の奥にある魔力溜まりから出てきた強力な魔物と、ガブリエラの父が交戦してその時の手傷が元で亡くなってしまった事、であったらしい。
「強力な魔物……魔力溜まりの主の代替わりの余波、かな?」
「はい。そうだったのだろうと言われています」
ガブリエラは俺の言葉に少し目を伏せて頷く。
魔力溜まりは主が何らかの要因で倒れたり離れたりすると、その周辺にも余波が及ぶ。
魔物同士が次の主としての後釜を狙って抗争を起こし、周囲の魔物が逃げ出したり、抗争に敗れた方が土地を追われたりして……時々小さな魔物の群れが大挙して逃げてきたり、手負いの強力な魔物が別の良い場所を求めて渡りを行う事がある。前者はともかく、後者の危険度はかなり高い。
そして、ベシュメルクの王都付近は、あまり外からの冒険者を近付けさせないということもあり、あまり人材の層が厚くないという側面がある。
必然的に魔力溜まりで起こった異常の察知は遅れるし、そうなると準備も不十分なままに王都の兵士や騎士がそれらの魔物の相手をすることになってしまうわけだ。ガブリエラの父は、そうして強力な魔物と不意の遭遇戦となってしまったのだろう。
「元々身体の弱かった母は父の後を追うように病に伏して……そうしてそのまま……。祖母は私を気にかけてくれて……私も祖母の側から離れたくなくて。視察についていったり、ずっと一緒にいたように思います」
そして。だからこそザナエルクから次の巫女姫として選ばれたのだろうと、ガブリエラは言った。
祖母と同様。地方を視察して人助けをする巫女姫の孫娘。民からの人気は高く、エルメントルード姫の面影を持ち、役割を自ら引き継いでくれる。
あちこち視察をして回る彼女の祖母も、段々と弱ってきていたらしい。ザナエルクとしては「エルメントルード姫」が亡くなった後の事も考えていただろう。だから後釜にはガブリエラが適任だと考えていた。――それを彼女の祖母も察していたらしい。
「或る時、病床の祖母から呼ばれて……そこで思ってもみなかった真実を教えられました。祖母は元々……地方にある孤児院の出自で、本当はエルメントルード姫などではなかった、行方不明になった姫を探し出す事が出来ず、災厄を遠ざける巫女姫が必要で、民を安心させるために連れてこられたのだと」
その言葉に、ユーフェミア達が少し眉根を寄せた。
人材をどこかから調達してくる方法は、やはり孤児院からか。元々魔法の才に優れる人材も孤児の中から適性を見て、優秀な人材を確保するという活用の仕方はしていたようだしな。
「祖母は条件を飲むなら恩人の経営する孤児院に手厚く支援をするという言葉を信じ、そしてその約束そのものは守ってもらえたと言っていました」
それは……人質でもあるな。少し目端の利く者なら、断った場合の事にも想像が及ぶ。
ガブリエラの口振りでは巫女の本当の役割までは知らされていなかったようだが、それでも巫女姫の替え玉などという話を持ちかけられた時点で、断る選択肢はないも同然だ。
だから、彼女は人を騙し続けるのが辛くて、あちこちを巡って罪滅ぼしに誰かを助けたりした。世間で言われる聖女などと言う評判は間違ったもの、自分は臆病者だと自嘲していたそうだ。
王が何か企んでいるのを知りながら、それに立ち向かう勇気も持てず。その評判を良くするような事に加担するような結果になっていた、と。王に立ち向かった本物のエルメントルード姫には顔向けできないと。悔恨の言葉を淡々と口にしていたという。
そこで初めて、ガブリエラは何故祖母が時々寂しそうに人から距離を置くのかを理解した、という。そうしてガブリエラは言葉を続ける。
「――本来なら墓まで持っていく話。それでも。王には一つだけ知らない事があり、私が……もしも刻印の巫女姫を引き継ぐのなら、恐らく私もまた、それを知ることになるからと。そう言っていました」
ただの傀儡でいるにしても別の選択をするにしても。それを突然知ってしまえば動揺するかも知れない。それをザナエルクに察知された場合、あなたに対してどう出るか分からないからと。そう言って。
「災厄を退ける祈りの儀式は元の形から王の手によって変えられたもので……代替わりと共に魔術師達によって体に刻まれる刻印もまた、ただ形を模しただけの偽物の刺青に過ぎません。王はきっと、刻印の巫女が偽者だから形式だけのものにしておこうとしたのでしょう。しかしそれでも。始祖の女王の願いは、記憶は――やがて偽りの身にさえ届くようになったのだと、そう祖母は言いました」
その言葉に、皆の表情に驚きの色が宿る。
「本来は意味を成さないはずの偽りの儀式と刻印であろうとも、やがて古き願いは届き――過去の出来事を私達に伝えるように変化したのです。今代の王が何かの過ちを犯しているということ。本当の巫女はどこかで自分達を、封印を守るために今も立ち向かっているということまで……。全てを祖母や、引き継いだ私にも教えてくれた、というわけです。本物のエルメントルード姫ご本人、とは想像していませんでしたが」
それは――。始祖の女王が組み上げた呪法がそうした危機的状況すらも想定していたのか。
それとも……ああ。俺達は実例を知っている。例えば、グランティオスの慈母や、母さんのように。まだ女王の魂やその遺志が……封印を守るために何らかの形で残っているという可能性だ。
その説明の方が、納得できるかも知れない。ガブリエラの祖母自身は、王族との血縁は持たないのかも知れないが……それでも王に対する警告をするために、偽の儀式、替え玉の巫女であろうとも過去の記憶を伝えられるように、変化したということになるのだから。
けれど多分、それ以上の力を女王は持たない。封印を維持するために呪法として存在しているから自分で王を打倒するまでは届かないのだろう。
「――その方も貴女もその秘密を、王から守り通して下さったのですね」
エレナが立ち上がり、ガブリエラに歩み寄って。そうして彼女の手を取る。向かい合って並ぶと、姉妹のようにも見える2人が――真正面から見据えあう。エレナの言葉に、ガブリエラは驚いたような表情だった。
「私は……祖母のように守るべき者もいないのに、真実を知っても王を正面から告発できずにいた臆病者です。そんな風に言って頂く資格は――」
「いいえ……いいえ。そんなことはありません。あの王から逃げるしかなかったのは、私とて同じなのです。力の至らない私の選択が、あなた方の運命を狂わせてしまった。その事は……申し訳なく思っています」
そんな、エレナの言葉はガブリエラにとっては驚きの方が大きいものだったらしい。偽者だからと、本物に引け目を感じていたのかも知れない。
「いいえ、殿下。謝っていただく必要はありません。姫様が悪いとも思いません。私は――優しい家族に囲まれて、あの頃は幸せだったと間違いなく言えるのです。祖母もきっと、そういう気持ちを感じていたから、私の身を案じて本当の事を、教えてくれたのだと……そう、思います」
「ガブリエラ様……」
そう言って……2人は目尻に涙を浮かべて、そっと抱き合う。
そう……。そうだな。平和だった頃の家族の記憶というのは。例えどういう経緯で家族が巡り合ったとしても。その時幸せだったという事実は、偽りにはならないから。




