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番外370 不滅の騎士の物語

 地図を見れば、侯爵領はベシュメルク王都から西側――つまりはヴェルドガル王国方面に位置しているということで、こちらからの支援を考えるのなら悪い立地ではない。

 とはいえ、南に面しているなら海から、東側ならドラフデニア側、北であればエインフェウス側からの支援が可能と……まあ、どこに位置していても対応が可能であったりするのだが。


 そうしてエレナと協力して作った地図を見ながら、侯爵や貴族達と共に、どのあたりが迎撃に適しているのか等々を話し合い――侯爵領へと移動しながらの艦橋での作戦会議も一段落した。

 というわけで救出からの慌ただしい動きも一先ず落ち着きを見せたので、マルブランシュ侯爵や貴族達を船室に案内することになった。


 侯爵領まではそれほど時間がかかるわけでは無いが、侯爵領で家族と合流した後にシリウス号で行動を共にする可能性もあるわけだし、船室等々は早めに割り振りを考えておいた方が良い。口には出せないまでも、肉体や精神面で疲れているなら、余った時間は一人になって休みたいと考えているかも知れないし。


「あまり広い部屋でないのは申し訳なく思いますが」

「いや、問題ありませんよ。複数の寝台まで割り振っていただいて……家族水入らずと考えれば、快適な空間ではありませんか」

「全くです。……こうして後から予定外に合流して寝台まで用意してもらえるのはありがたい話です」


 宮廷貴族の一人であるヒルトン卿がそう答えると、他の貴族達もそう言って笑い合っていた。

 宮廷貴族と言っても名ばかりで、実際はただの魔術師で研究員だからと、4人の貴族達はあまり身分を気にしたようなところのない、気さくな印象だ。そうでなくては侯爵に同調しないとも言えるのかも知れないが。

 全員が王の説得を試み、最後の最後まで国を案じて侯爵と運命を共にしようとしていた貴族達だ。信用のおける面々だと思う。


 そうしてマルブランシュ侯爵以下、ヒルトン卿達にも部屋を割り振り、場所を確認したところで艦橋に戻るということになった。今が大事な時なので休んではいられない、状況把握はしっかりしておきたい、ということらしい。


「テオドール公。少し、よろしいですかな?」


 通路を通って戻り、艦橋に入るところになって侯爵に呼び止められた。内密の話、という雰囲気を察したのか、他の貴族達は一礼すると先に艦橋に入っていく。


「何でしょうか?」

「その、奥方であらせられるグレイス様のことでですな。ダンピーラで、ご両親がベシュメルクの出身と自己紹介なさっておられましたが……よもや、フラムスティード伯爵家ゆかりの方では?」


 そう言えば……マルブランシュ侯爵は農業のために地方を回っていたとも言っていたか。フラムスティード伯爵家の……グレイスの両親と面識があっても不思議はない。ダンピーラと聞いて、グレイスに――両親の面影めいたものを見たのだろうか。


「そう、です。ベシュメルク訪問にあたり、僕達も気にしていたことではありますが……何か悪いお話、でしょうか?」


 そう尋ねると、マルブランシュ侯爵は少し思案して答えた。


「――いえ。決してそういうわけでは。ご一家の失踪事件の顛末については存じ上げないのですが……過去の資料にフラムスティード伯爵家に関係する記述があったので。それは、私の心に秘めておくよりも、然るべき人物にはお伝えすべき内容かな、と」


 つまり……フラムスティード家の成り立ちに関する話、か?


「オーガスト=フラムスティードの話ですか?」

「彼の人物についても伯爵家の事は少し気になって調べたので存じております。騎士爵であったフラムスティード家を、強大な魔物を討伐するという武功により恩賞と領地を得て伯爵家とした人物ですな。噂によるとその人物が吸血鬼であったと耳にはしましたが……伯爵家の歴史を辿れば……これはもっと古いところに根差している」

「では、成り立ちの話とはまた違うのですね?」


 確か、オーガストは自分が築いた家と言っていたが。


「そうですな。私がお伝えしたいのは、彼の人物ではなく、もっと……ずっと昔のお話になります」


 ずっと昔。魔界と生物の変容についてなら――気になっていた部分ではある。それが吸血鬼にも関係しているのではないかと。

一先ずは……マルブランシュ侯爵には先に艦橋で待っていてもらって、グレイスに話をしてみることにしよう。




「――フラムスティード伯爵家の成り立ちに関する話とは言っていたけれど、場合によってはオーガストに繋がってくるような話かも知れない。俺から聞いておいて、後からグレイスに、聞かせる方が良いかなとも考えてる」


 艦橋の外にみんなを呼んでそう告げる。グレイスは――しばらく考えていたがやがて顔を上げて言った。


「私は……どんなお話でも大丈夫ですよ。テオやみんなが隣にいてくれますし、どんなお話であれ、私の記憶にある両親の選択や、これまで歩いてきた道があります。今の私が揺らぐことはありません。でも……そうして、テオが心配して下さるのは……嬉しいです、とても」


 そっと手を取られ、そのまま引き寄せられるようにして軽く抱きしめられた。こちらもグレイスの背に手を回して腕にそっと力を入れて抱き返す。離れ際に、少し頬を赤らめたグレイスが照れくさそうに笑い、俺の顔も少し赤くなってしまう。

 これまで、歩いてきた道、か。うん。そうだな。


「そうね。私達は大丈夫だわ。辛い事も悲しい事もあったけれど。それも一つ一つ越えてやってきたのだもの」


 クラウディアが言って、みんなも顔を見合わせ頷き合う。絆を確かめ合うようにそっと互いに抱き合うようにして。

 そうしてから……船の一室に場所を移して侯爵の話を聞くこととなった。グレイスはベシュメルクの古い歴史に関することならエレナも一緒の方がいいと、エレナも交えてのものとなったのであった。




「――そうですな。古文書で伝えられていたのは、かつての女王に仕えたという――勇敢な騎士見習いである少年のお話です」

「ベシュメルクの歴史を紐解けば……女王は後にも先にも始祖の女王のみですね。王家に連なる女性は刻印の巫女となる可能性があるので」


 エレナが補足を入れてくれる。それはつまり、魔界で古代呪術王国の王を討伐し、刻印を残した女王の事、ということになるのだろう。


「……文献では過去の出来事はぼかしてありましたがな。その頃、暴君の失政により女王達は今の王国とは別の場所で暮らしていた、と記述されていました。その場所は危険な怪物が闊歩する魔境であったと。魔界について知る前は、魔力溜まりが近い場所にでも身を隠したのかと思っていたのですが……」


 魔界については秘匿されている。そういった背景をぼかしてでも後世に伝えたい内容があった、ということになるのか。


「彼の少年は剣の才に優れていたものの、まだ年若く、力が足りない部分もあったと。危険な魔物と戦い――師が、友が、命を落とし……守るべきはずの女王の魔法で命を救われ――彼は己が無力を嘆いたと言います」


 そうして……彼は魔境の力を自ら受け入れることを選んだ、らしい。自らもまた魔と紙一重の存在に変容することで血を力とする異能を得たという。

 力に溺れることなくその魂は高潔なままに。魔境の過酷な暮らしから女王を、友を、国民を、身を盾に守ったという。


「――やがて平穏が訪れ、魔境を離れる日がやってきました。少年は……そこで一つの決断を迫られる事になる。何故なら朽ちぬ身体と変容した血は――力を与えただけでなく、彼を忌まわしい衝動で苛んでいたのです」


 マルブランシュ侯爵が語る。

 ――いつか僕の心はすり減り、朽ち果てて……渇きに敗れて血に飢えた獣に身を堕とすだろう。だから、その前に――。


「その前に――役目を終えたこの身は消えるべきなのだと。そう言って不滅であったはずの身を自ら滅ぼし、赤い血玉に身を変えてしまったそうです。女王も少年の家族も、心優しき護国の騎士の死を悼んだと。その騎士の名をメイナード。残された少年の家の名をフラムスティードと言います」


 そうして……血玉は少年の忘れ形見であるために、フラムスティード家の者達が引き取った、という話だ。

 フラムスティード家はその後中央で由緒ある騎士の家系として暮らしてきたが、やがてその家系に現れたオーガストという騎士が、武功を立てて爵位を得て、北方の地を領地として与えられたという。


「……女王と共に戦った方々については、私が儀式で見た記憶の中にも、確かにあります。あの方達の影の一つが……もしかしたらメイナード様だったのでしょうか」


 エレナはそう言って静かに目を閉じる。

 そう……。そういうことか。この話は……魔界によって変容した人間――吸血鬼の始祖に関わる話でもある。メイナードに続いた者もいたようだし、他にも望まず変容した者がいたかも知れない。

 儀式は術式を介しての警告だ。口伝と合わせて伝えなければならない部分もある。王国としては表沙汰にはできない部分ながらも、せめて文献としては残そうとしたのだろう。


 そうして、フラムスティード家に伝わっていた血玉は……オーガストの手に渡った。オーガストがこの話を知っていたのか、何時の段階でそうなったのかはわからないが、奴は恐らく、メイナードの血玉を利用して吸血鬼となった。そうして――衝動に負けたのだ。吸血鬼たることを受け入れて……力に溺れ、堕ちていった。


 グレイスは、静かに目を閉じて聞いていた。心配そうな表情のマルレーンに手を重ねられて顔を上げ、俺とも視線が合うが……ふっと大丈夫ですよ、というように俺やマルレーン、そして心配そうなみんなにも、柔らかい笑みを向けてくる。


「……フラムスティードの名は、私にとっては父さんや母さんとの繋がりを感じさせてくれる名で、両親の事は誇りに思いますが……。けれど今までは、ただそれだけでした。オーガストという人物を信じられなかったというのも有りますが……」


 そうしてグレイスは天を仰ぐようにして言葉を続ける。


「ベシュメルクの歴史を聞いて、もしかしたら王とオーガストが関わっているのかもとか、色々と考えてしまう部分もありましたが……。メイナード様のお話は、聞けて良かったと思います」

「そうだね……。寂しい、話だけれど」


 誰かを守るために吸血鬼となって戦って。平和になって役目を終えたからと、自ら消えて行った。それは誇り高い行動なのかも知れないが、悲しくて、寂しいと……そう思う。


「けれど、今の私の……いえ。私達の居場所はリサ様や、テオや、みんなが作ってくれていますから」


 グレイスは、胸のあたりに手をやり、指輪の呪具に触れて……そう言って微笑む。


「そうね。取り残されていた私でさえ受け入れてくれて。みんなで一緒に歩いていくと決めたものね」


 クラウディアがそっとグレイスに寄り添って、その髪に触れながら言った。


「ん。その騎士はかっこいい」

「変なのは、歴史が長くなればどうしても出てくるものねぇ」


 そんなシーラやイルムヒルトの言葉に、グレイスやみんなからも笑いが漏れる。


「確かに、ね。わたくしが言うのもなんだけれどね。シルヴァトリアのザディアスあたりもそうだったし、ザナエルクもそうだわ」


 そう言って肩を竦めて苦笑するローズマリー。


「何だか、運命めいたものを感じますね」

「護国の騎士が守った国の危機に、グレイスが居合わせる、というのはそうね」


 アシュレイが遠くを見るようにして言うと、ステファニアも頷いた。


「そう考えると、闘志も湧いてくるというものです。ご先祖様も尊敬できる方と分かりましたし」

「そうだな。メイナード卿には、個人的に共感できる部分もあるし、気合も入るな」


 そんな人物がグレイスのご先祖で、命懸けで守った国を好き勝手しようとしている奴がいる。確かにそれは、気合も入ろうというものだ。


「私も頑張る!」


 と、マルレーンの肩に乗っていたセラフィナが拳を上にあげ、マルレーンも同調するように気合が入ったという表情で拳を上にあげていた。


「ふふ、何というか……良いですね。皆さんの関係は暖かくて」


 エレナはそう言って笑うと、自分も頑張る、と言って、セラフィナやマルレーンに合わせて拳を上にあげていた。

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