番外369 建造物の正体
「魔界の扉が今どうなっているのかについては?」
「友人は……具体的には答えてはくれませんでしたな。軍備増強を諦めていない、というのが彼なりの答えなのでしょうが、研究全体の具体的な進捗や自分の研究外の事を知らなかった可能性もあります。幽閉中に陛下にも尋ねてみましたが、そちらへの解答は全く……表情や態度からも読み切れず……」
マルブランシュ侯爵は目を閉じてかぶりを振る。幽閉中の相手に更なる情報は与えないか。
「王都で私達も動きましたし、今後の敵の出方が気になりますね」
「出方……か。こっちについては、みんなの意見を聞いてからではあるけど、地下基地から備品も回収してあるし、いつでも撤収できる状況にしてある。可能なら意見を聞いて、すぐに動きたい」
グレイスに答えると、みんなの視線がこちらに集まる。
「ザナエルクとしては……大人しく受刑するという取引があるからこそ、侯爵の家族達に責任はない、とあの場ではそう言っていた。でも刑場から逃げたとなると、王も約束が守られなかったのだから前言を引っくり返しても構わないっていう大義名分が立つ。そうなると――」
「侯爵が領地に戻り、反王家の御旗を掲げる事を危惧する、或いはそれを口実に領地を押さえてしまう、ということかしら」
ステファニアが真剣な面持ちで言った。
「そうなる。俺達の正体や戦力が分からない。地下に潜ったという状況だから、それを炙り出すには……反乱の芽を摘むと同時に、領地の人々を人質として使う事を考えるんじゃないかな。表立って動かなければならないから、この場合は軍の派遣だね」
「侯爵様のご家族や、今代の巫女姫様の保護が最優先になる、ということね」
「でしたら、すぐに動きましょう!」
クラウディアの言葉にイルムヒルトが立ち上がる。
「侯爵は……それで構いませんか?」
「あの刑場から逃げ出すと選択した時点で、私は王国への裏切り者と誹りを受けようとも戦うと心を決めておりますよ」
マルブランシュ侯爵はそう言って笑い、4人の貴族達も決然とした表情で頷く。
「貴方がたは……決して裏切り者などではありません。ザナエルク王が王国を築いた先人の想いを裏切ったのです。エルメントルード=ベシュメルクの名において、貴方がたこそが王国の真の忠臣であると断言します」
「勿体ないお言葉にございます」
そんな、エレナの力強い言葉に、マルブランシュ侯爵達は胸に手を当てて敬意を示しつつ頭を下げていた。
侯爵達の意思も確認できた。これで後は……。
「ん。今やり残したことは、あの建造物の調査ぐらいだから、家族を保護したら戻ってきて調査、とか?」
と、シーラが尋ねてくる。
「そうだね。あれについては確かに気がかりではあるんだけど」
仮に魔界の扉を解放するための装置だとして。
今現在そうなっていないのなら未完成だと見積もっておくべきなのか。それとも念のためで破壊して良いものなのかどうか。ショウエンのやっていたような周辺からの魔力集積はしていないように見えるが……。
と、その時だ。何やら王都の方で光の柱が立ち昇るのが見えた。ただならぬ気配を察知したのか、周辺の森も騒がしくなり、鳥が一斉に飛び立っていく。
みんなで思わず王都方面に向けられた水晶板モニターを拡大して何事が起こったのかと覗き込むと――そこには予想外の光景があった。
ちょうど話題にしていたあの建造物の表面に光が走り。そうして崩壊――いや、そうなるべき部品が剥がれ落ちるような規則性を以って外装が脱落し、内側にあるものが姿を現したのだ。
「な、なんという……」
「あ、あれは……」
エレナやマルブランシュ侯爵達はそれを見て絶句していた。みんなは……色んな場所で場数を踏んでいるから、それを見ても狼狽する程ではないようだが。
それに、あの王なら……納得できるところではあるか。
そんな思考が頭を過ぎる。
魔界に対する防衛兵器か。それとも魔界へ侵攻するためのものか。目的はそういったところなのだろうが、そんな手札をここで切ると言うのは――いや、今だからこそ、なのか。俺達に、あれを動かす前に細工や破壊などされたら堪らないと。
それは――。甲冑を着込んだ女神像のような姿をしていた。超巨大ゴーレム――いや、ベシュメルクであるのなら超巨大呪法兵、か。
あれ自体は……国防の為に作り上げたと主張すれば、それはその国独自の備えだと言えなくもない。他国の侵攻に使うのでなければ、口出しできることではあるまい。
ベシュメルクという国の保有する魔法技術の高さは浮き彫りになってしまうが、その過去には直接繋がらない代物で――ああ。だとするなら確かに「晒しても構わない手札」だ。
加えて、今の状況であれば王に逆らう者が出ないように体制を引き締める意味を持つ。あんなものを見せられたら、侯爵に同調しようなどという者は出てこないだろう。
そうなると、なし崩しに他の魔法技術も解禁するつもりか。足元を突かれて、奴も本気になったな?
起動はしたが、すぐに動き出すわけではないようだ。巨大な剣を大地に突き立てたまま、その場に待機している。侯爵領の制圧、その後の治安維持という点を考えるなら……あの巨大呪法兵だけでなく、どちらにしろ小回りの利く人員が必要となる。
そうなるとやはり騎士団や通常の呪法兵も動かしていく、ということになるか。
「どうなさいますか?」
グレイスが尋ねてくる。静かな、しかし確かな戦意を内側に秘めたような……そんな表情だ。
「この場であれと戦うと……街に被害が出るな。まずは侯爵領に移動して、味方と合流しよう。あれを前面に出してくるかどうかは分からないけれど、ザナエルクの方針自体は変わらないと思う。俺達の正体が分からないから、まず侯爵領に対して動いていくだろうし、どちらにしても保護対象がいるからね」
そう答えると、みんなも決然とした表情で頷くのであった。
地下基地を素早く撤収し、隠蔽術の結界も解除する。そうしてシリウス号はマルブランシュ侯爵領に向けて移動する、ということになった。
タームウィルズ側に報告を入れ、相談しながらという形だ。道中に直線ルートと街道ルートにハイダーを埋め込み、後方の状況が確認できる備えを取りつつ、なるべく速度を上げて侯爵領目掛けて進む。
『そのような切り札を隠していたとは、な』
報告を聞いたメルヴィン王が水晶板モニターの向こうでかぶりを振る。デボニス大公領のフィリップ、ブロデリック侯爵領のマルコム達も一緒に報告を聞く形だ。つまりは本拠地や後詰めのみんなとの、情報共有である。
「侯爵領を押さえるなら通常の軍も必須となりますから、敵方としてもすぐさま動けるというわけではないかと。あれを今起動させたのは、これ以上僕達が王都で動けないように、だと思います」
『確かに、な』
起動してしまえば工作活動もしにくい。ザナエルク王本人やディアドーラなどもまだ控えているから、拠点近くであれば戦力を展開しておけばそれだけ有利になるしな。
「軍も動くのであれば……迎撃すべき場所の選定が重要かと存じます」
エリオットが言った。
『確かに、できるだけ被害の少なくなるような場所で対峙するのが望ましいか。こちらも動くとして……地図を見て戦う場所を考えねばなるまいな』
侯爵や諜報活動を得意とする面々もこちらにはいるし、このまま迎撃に適した場所の候補をいくつか見繕っておくとしよう。このまま作戦会議をすれば、後詰めのみんなとの情報共有にもなるしな。
ザナエルクがマルブランシュ侯爵領制圧に自ら乗り出してくるかは分からないが……場合によっては迎撃戦がそのまま決戦となる事も有り得るだろう。
いつも拙作をお読み頂き、ありがとうございます。
お待たせしました!
6月25日発売予定の書籍版8巻について、書影が公開となりました!
特典SSの執筆、書き下ろし部分も完了しております。
詳細については活動報告にて告知しておりますのでそちらを見て頂ければと思います。
皆様のお陰で作品を続けられる原動力を頂いております! いつも応援ありがとうございます!
今後もウェブ版、書籍版共々頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします!