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番外366 救出作戦

『侯爵達を絞首台にかけるには、少し時間がかかる。作戦開始だ』


 通信機で作戦開始の合図を送ると、通りで兵士達の呼び笛が吹き鳴らされた。途端に周囲が騒然となる。


「黒尽くめの賊が出たぞ!」


 そんな声と共に通りを巡回していた兵士達が音の鳴った方向に集まっていく。そうだ。通達が行っていて、スティーヴン達に警戒しているというこの状況。

 召集をかけられた住民達以外は不安がっていて出歩かないし、管理社会で住むところも決められている。部外者は簡単に目につく。黒尽くめの怪しい人物など、普通は内壁の等級の高い住民の住む区画では、紛れ込む余地がない。だから――巡回の兵士達も迅速に動ける。


「通りの向こうに逃げたぞ! は、速いッ!」

「深追いはするな! 連携して追い詰めるのだ!」


 そんな声。馬のいななき。剣戟の音。


「陛下――我らも加勢に」


 通りの向こうで騒動が起きていると知って、広場の警備に当たっている騎士の一人がザナエルクに尋ねる。


「よかろう。だが、本命がここであるなら、これは恐らく陽動であろうよ。連中は不可思議な異能で瞬間的な移動ができるようだからな。捕縛が可能なら適宜そうすべきなのだろが、例の移動手段に対する備えだけはこちらにも残しておくことだ」

「はっ! 逃走手段を封じた場合、こちらから合図をお送りします」

「うむ」


 ザナエルクに敬礼して応えた騎士はあっという間に最小限の救援の人員を選出する。

 住民については広場の護衛がいるこの場に残る方が安全だろうと、そんな風にザナエルクは指示を出していた。


 あの結界石らしき魔道具を所有していると思われる騎士が1人と、魔術師が2人、それから弓を持つ兵士数名がそれに随伴し、騒動の起こっている通りへ向かって広場から飛び出していく。


 結界石の魔力反応は確認した。広場に残る騎士がまだ複数所有しているらしい。

 これは前回の反省を活かしてのものだろう。1人が撃破されても残る誰かが結界を維持し続けるという寸法だ。


「さて。通りでは騒動が起きているようだが、刑は粛々と行われなければなるまい」


 そんなザナエルクの言葉。刑を続行させ、見届けさせるからこそ住民達を帰さなかったのだろう。広場の警護がどうのと言っていたが、仮に戦いに巻き込まれても、それを敵のせいだと言い張ることができる。犠牲を……何とも思っていない。


 マルブランシュ侯爵達が絞首台に登らされた、その次の瞬間だ。俺の合図したタイミングに合わせ広場に面する民家の陰から――屋根に登るように黒尽くめの外套を纏った者達が現れ、広場に何かを投げ込む。導火線が火花を散らす、それは花火玉に酷似していて――。

 広場に落ちた瞬間、簡単に砕け散るが、それぞれの破片から濃い煙があっという間に広がって立ち込めた。イチエモン特性の煙幕玉だ。


 広場に煙幕玉が投げ込まれると同時に、群衆の頭上を飛び越えるような形で屋根から現れた者達が飛び込んでいく。


「来たか! 罪人を奪われるな。風の魔法で吹き飛ばせ! 結界の用意を!」


 ザナエルクの命令に従い、城壁の上に立つ魔術師達が即座に反応する。互いに声を掛け合い、つむじ風が巻き起こって煙幕を一か所に巻き上げる。広場の護衛となっている騎士、兵士達が絞首台を守るように固めた。良く訓練されている。


「ちッ!」


 スティーヴンの舌打ちの声。フードの隙間から覗く無精髭を確認した瞬間、即座に反応するように、広場の周囲を固めた3人の騎士達が一斉に結界石を掲げた。


 ベシュメルクの結界石は……恐らくスティーヴン達に対する対策として考えられたものだ。

 後衛から指向性を伴って結界を展開、一定の効果範囲に力に広がったところで結界が完成し、閉鎖空間を作ることができるという仕組みだ。

 だから――結界石を持つ人員は広場の中央へは向かわない。どこからでも対処できるように外殻から結界を張る役割を担うのだ。


 敵の手札は――切られた。広場に飛び込んだ黒尽くめ達はスティーヴンと誤認させたものも含めて、単なるゴーレムに過ぎない。声は――セラフィナが魔石を通して聞かせていただけに過ぎない。

 遠くに現れた賊もザナエルクの言った通り、単なる陽動だ。


 地下に潜むシグリッタのインクの獣に黒い外套を被せただけのもの。陽動で通りを巡回する兵士を引きつけ、追い込ませたその後で――こちらが閉鎖空間に閉じ込めるという寸法。地下通路を構築するメダルゴーレムの応用版で、地下空間内部の者に随伴して地中を自由に移動できる、という代物を用意している。それによって地中を自由に動いて地上に術で干渉しているというわけだ。


「始めよう」


 マルレーンの召喚獣である闇の精霊シェイドを懐に潜ませて。

 俺の姿は刑場の遥か高空にあった。光、風、隠蔽魔法の三重フィールドはシリウス号がなくとも、俺一人ならば展開して身を隠しておける。望遠で状況を把握するには丁度良い位置取りなのだ。


 フィールドを纏ったまま降下していき――シェイドに合図を送れば刑場を、展開された結界を。丸ごと包み込むように暗黒が広がった。生命反応の輝きで、こちらから連中の姿は――見える。


「これは――!」


 ザナエルクの声。

 城壁の上に魔術師と対空に備える精鋭達。連中のいる場所は結界の外だ。

 あの城壁もかなり強固で高度なもので――結界の境界線をある程度自由に調整できるらしい。

 城壁の上から防衛できるように。同時に国王を守れるように。城壁表面と内側が結界壁の境界というような調整をされている。

 だから、今この瞬間。城壁の上に配置された連中へはこちらからの攻撃が届く。

 風魔法で制御するようにして。アルフレッドとイチエモンの合作を城壁の魔術師達の所へ放り込んでやる。

 魔術師達の動きは――先程の動きを見る限り、非常に洗練されたものだ。


 だから――煙幕を投げ込まれれば合図して風の魔法を使う。では、シェイドによって暗闇を広げられれば?

 魔術師達が暗視の魔法を使った瞬間、それが炸裂した。


 ――名付けるなら催涙閃光弾。アルフレッドの閃光弾と、イチエモンが調合した唐辛子粉末等々の各種刺激物を混合した催涙ガスの合わせ技。

 暗視の魔法で視覚を強化したところで視覚を奪われ、鼻や喉の粘膜をやられる。魔術師にとって重要な集中力を催涙成分で殺がれるという二段構えの一撃だ。同時に、闘気を扱える者達も目をやられれば迂闊に闘気の斬撃を飛ばすと言った手には出られない。暫くは無力化ができるだろう。


 そして、魔術師を無力化できれば――堂々と地下から攻められる。

 障害となるのは展開された結界と広場の兵士、騎士達だけだ。広場の外――地下からスティーヴン達が飛び出す。


「何だとッ!?」


 容赦なく。スティーブンの正拳が巨大な衝撃波となって、結界を持つ騎士を吹き飛ばす。

1人。レドリックの作り出した爆風が2人目を弾き飛ばし、3人目は俺が上空から突っ込んだ勢いそのままに、強襲を仕掛けて殴り倒していた。そうして、展開していた結界が弾け飛ぶ。


 殺到する。ゴーレムと交戦していた連中の背後から。当たるを幸い、兵士や騎士達を薙ぎ倒す。シェイドの展開した暗闇の中では。万端準備を整えていた俺達と違って兵士達も騎士達も視界が効かない。混乱に陥ったままあっという間に殴り倒されていく。


 そうして派手な立ち回りをしても、広場の外を担当する兵士達は駆けつけてくることができない。


『こちらは首尾良く行ったわ。結界石を持つ増援も叩き潰して、ライブラと共に足止め中だわ』


 そんな通信がローズマリーから入っている。

 シグリッタの陽動で予定通りの区画に誘き寄せられ――今はローズマリーが宝貝で作り出した巨大な蔓植物と、ライブラの召喚したオールドエントによって区画ごと閉じ込められてきっちりと足止めを食らっているはずだ。


 シグリッタのインクの獣は用が済めば解除してしまうし、ローズマリーの所有する宝貝もライブラのオールドエントも、外部の者に全く見せたことのない手札である。

 地下から飛び出してきた箇所も、メダルゴーレム達の手によって既に石畳ごと修繕がなされて、ほとんど証拠らしい証拠も残らないという寸法だ。


 姿を見せられない人員は地中での活動のため、メダルゴーレムやコルリスの力を借り、分散して地中で活動する面々の護衛についている。

 どこかで地中の人員が捕捉されてしまった場合は仕方がない。正体を明かし、みんなで飛び出して真っ向戦闘となる予定ではあったが。


 そうして広場の戦闘員や処刑執行人といった連中を粗方殴り倒し、吹き飛ばしたところでシェイドの暗闇を解除してもらう。シェイド自身は、キマイラコートの内側に潜んでいるので、最初から姿を見せていない。


「き、君達は――」

「お静かに。助けに参りました」


 そう言いながら拘束している縄を切って自由にする。


「貴方方はこの王国の未来のためにも、ここで命を落として良いような方々ではありません」


 驚愕に硬直しているマルブランシュ侯爵に、そんな風に答えると、侯爵はスティーヴン達を見て状況に思考を巡らせていたようだが、やがて真剣な表情で頷いていた。残りの貴族達も戸惑いながらであるが、侯爵が同意したので大人しくついてくるという様子だ。


「随分とまあ……見事な手並みだ」


 椅子に座ったままで俺達を睥睨して、ザナエルクは肩を竦めて言った。

 奴は――シェイドの展開した暗闇の中でも俺の動きを目で追っていたからな。多分、スティーヴン達が地中から飛び出してきたのも……今ので気付いた。


 地中潜航するような能力はスティーヴン達の中には無かったものだ。だから継続して採用したが……ネタが割れた以上同じ手は多分、もう通用しないだろう。

 とはいえ今回は問題ない。地下部分も証拠を残さず撤収はするし、通信機でも伝えているので作戦遂行に関係ない人員、シーカーやゴーレム達は既に撤収を始めている。区画封鎖していたローズマリーやライブラ、シグリッタ達も兵士達を既に解放して王都の外まで既に脱出している。足止めを食っていた兵士達が集まってきても後の祭りだ。


 そうしてザナエルクに、スティーヴンが真っ向から見据えて声を響かせる。


「我らは――元はと言えばザナエルク。貴様の部下だった、と言えなくもない。少なくとも侯爵の部下ではない。私利私欲と野望、そして失政のツケを隠すために、忠臣を謂れのない罪を着せて処刑をしようとするその非道。見過ごすわけにはいかんな」

「くく。何をたわけたことを」


 ザナエルクは目を閉じて笑った。この場には民衆がいるから、決定的な部分を口にできない。正当性に疑義を呈する程度が限界だ。もしも核心に至るような事を口にすれば、奴はこの場にいる住民達も、切り捨てるだろうから。だが、この程度ならば逆に住民に手出しはできない。自分で認めるようなものだからだ。

 とは言え、これで王宮内の事情にある程度通じる者の中には、王の不審な動きに気付く者も現れるだろう。ベシュメルクの住民達にもその心に王に対する疑念という楔を打ち込む事ができたはずだ。


 イーリスが転移ゲートを展開して撤収の準備を始める中、俺も奴に水晶槍の穂先――ウロボロスを突きつけ、口を開く。


「――お前に王の資格などない」


 スティーヴンと呼吸を合わせそのまま水晶の槍を振るえば、闘気の斬撃波によって絞首台が真っ二つに切り裂かれ、スティーヴンの衝撃波で断頭台がひしゃげて潰れる。


 処刑台の破壊は……ザナエルクの王権や権威そのものを認めないという意思表示のようなものだ。

 処刑を妨害され、受刑者を奪われ、真っ向から正当性に疑義を呈され、更に王権の証明でもある処刑台も、宣言と共に破壊される。これ以上ない程に、顔に泥を塗ってやった。


「……後悔することになるぞ。どこに逃げようとも追い詰めて、この手で八つ裂きにしてくれよう」


 それを目にしたザナエルクは牙を剥くように、獰猛な笑みを見せながら言った。


「逃げる? 違うな。次は戦場だ。こっちこそ容赦はしない」

「くく。ではその時を楽しみにしていよう――」


 そんな言葉を聞きながら。イーリスの転移ゲートを潜る。光が収まると、王都近くの地下前線基地に戻ってきていた。潜入していた仲間達やゴーレム達も既に王都から脱出完了した旨を報告してきている。すぐに合流して……次のために備えるとしよう。

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