番外365 ベシュメルクの王
やがて――処刑場に群集が集まりだし……マルブランシュ侯爵と、それに同調した貴族達……4人が兵士達に護送されて姿を現す。計5名。全員逃走防止のためか手枷を付けられている。
罪人扱いとはいえ貴族達ということで髪や髭を整え、服装も……簡素ではあるが清潔感のある、身綺麗なものにさせてもらっているようだ。
マルブランシュ侯爵は年齢から判断すればすぐにわかる。同調した他の貴族達が若手だからだ。年齢60代後半ぐらいだが、精悍な印象で姿勢が良く、投獄されていたということを感じさせない威厳のある佇まいであった。
同調した4人は宮廷貴族という話だが、マルブランシュ侯爵と共に談判にいったということで侯爵に近しい立場である可能性は高い。
エレナの言葉によると表の魔術師として知られた家系の人物だったりするそうだ。
知らない家名の人物もいるが、これについてはやはり魔術師か、何かしらの形で刻印の巫女の情報に触れられる立場にあった人物なのではないか、とのことだ。
魔術師相手に絞首刑を選択に入れるというのは……これはレビテーションを使ってしまえば効果がない。執行人が罪人の足を引っ張るなんて無様を群集の前で晒すとも思えない。
となると当然、隷属魔法等々の手段で、魔法を使えないように処置を施しているというのが予想される。或いは呪法などで、魔法行使を封じる手段として活用している可能性もあるか。
それはつまり、群衆の前で王の悪行を告発するというのも無理、ということになるわけだ。
そうこうしている内に、刑場に処刑執行人も姿を見せる。覆面をして顔を隠し、手には断頭用の斧を持った人物だ。
それを見た若手の貴族達の表情は青褪めるが、マルブランシュ侯爵の反応は落ち着いたものだった。ただ静かに目を閉じた。それだけだ。
刑場として選ばれた広場の近くには城壁と尖塔があり、そこには広場を一望できる位置にテラス席のようなものが迫り出している。侯爵以下宮廷貴族達は、そのテラス席に向かい合うように並んで立たされた。
王がそこから群衆に語りかけたりできるようにという用途なのだろうが……。
『城壁の天覧席に、結界だけじゃなく何重もの魔法の防壁が巡らされているのが見える。予想通り、直接攻撃で排除するのは難しいけど、ああして用意をしたからには王も処刑の場に姿を見せるよう、だな』
と、仲間達にも通信機で状況を知らせておく。
『やはり……この場で排除してしまう、というのは些か難易度が高いようだな』
スティーヴンからそんな返答がある。そうだな。それは想定していた通りだ。
逃がさないように初手で問答無用の大魔法を叩き込むという手は……群衆がいると巻き込んでしまう可能性が高い。
魔法の防壁もあるとなると着弾までに回避のための時間を与えかねず、そうなれば王の暗殺を謀っただとか、無辜の民を危険に晒した等と、大義名分の口実を与えることにもなる。これみよがしに防御を固めているところを無理に攻めるというのは、あまり上策とは言えないだろう。
詰め寄ってピンポイントで確実に……と考えると今度は護衛が邪魔をする。
魔界の力を望むベシュメルクの王だ。王自身も高度な呪法を修めていると想定し、簡単に叩き潰せる等と、侮ってかかるべき相手ではあるまい。
逆に言うと、あれだけしっかりと防壁を張ってしまうと王からの攻撃も飛んで来ない、ということでもある。
『そうだね。あの場所に例えばディアドーラあたりが一緒に現れたとしても……今回は作戦通りに。目的以外の行動は仲間の危険も招くから、焦らず、順序立てて成すべき事をこなしていこう』
そう言うと、みんなからも了解したと返事が返って来た。気構えというのは重要だからな。
そして――。テラス席にベシュメルク王が姿を見せる。
「ザナエルク陛下の御前である! 一同控えよ!」
そんな言葉に、騎士や兵士達が敬礼し、群衆が跪く。マルブランシュ侯爵と4人の貴族達も跪かされている形だ。そして……それを睥睨するのが現ベシュメルク国王ザナエルクだ。
「よい。楽にいたせ」
そんな声が広場に響く。年齢にして70を超えているはずだが……実年齢よりも随分と若く見えるな。
不自然にならない程度の魔法による延命処置――有り得る話だ。
がっしりとした身体付きで、鷹揚とした王としての振る舞いは……十分に威厳を感じさせるものではある。だが、裏の事情を知っていると……表情の作り方等から、威厳よりも傲慢さや尊大さといった印象を受けてしまう。
幾人かの側近らしき人物を後ろに引き連れているが……やはり、腕の立つ者を護衛として伴っているようだな。当人自身も濃密な魔力を纏っていて……相当な魔法や呪術の使い手であるのが窺い知れる。
話に聞いていたディアドーラの姿はないが、裏の魔術師であることを考えれば当然ではあるか。
ザナエルクは椅子に深く腰掛けると肘掛で頬杖を付き、刑場に跪かされているマルブランシュ侯爵を見据える。
「――罪人達よ、面を上げるがよい」
ザナエルクの言葉に侯爵達は顔を上げる。侯爵は堂々と真っ向から王の顔を見据え、他の貴族達は恐る恐るといった印象だ。
「こうして刑場で顔を合わせるのは余としても残念な話だ。そなたらの働きを快く思っていたというのにな。しかしそうであっても、分を弁えずに王たる余の専権事項に口を出し、王国に混乱を招いた罪は重い。しかし、だ。己が罪を認め、真摯にその軽挙を悔いるのであれば――そう。せめてもの情けとして痛苦に苛まれることのない、名誉ある死を与えよう」
ザナエルクはそこで一旦言葉を切ると、マルブランシュ侯爵に視線を送る。
「どうだ、マルブランシュよ。日が経って、気持ちにも変化が生まれたのではないか? 直答を許そう。またここでの問答がいかなるものであれ、そなたらの一族に累が及ぶ事はないと、ベシュメルクの王として約束しようではないか」
己の過ちを認めて断頭に処されるか、それとも非を認めず、苦しむことになる方法で処刑されるか選べ、と言っているわけだ。
公明正大を気取っているが……予想が正しいなら、どちらを選ぶにせよ、王の所業を具体的に口にすることはできない、はずだ。
マルブランシュ侯爵は目を閉じて大きく息を吸い込む。そうして目を開いた。
「――陛下。私は――私の行いが間違っていたとは思いませぬ。あの時申し上げた言葉も、全ては王国の未来を案じればこそ。それを間違っていたと自ら認めては、己の信念に嘘を吐いたと認める事に他なりません。この上は……この身を以って苦難の道を選び、御心に私の言葉と思いが届くことに祈るばかりにございます」
マルブランシュ侯爵はそう言って、一礼する。
「……国の未来について、か。そなたは臣としては出過ぎた真似をしたが、方針について理解が得られずに残念なことだ。では? そなた達は? 正しいか、間違っていたかだけで答えよ」
ザナエルクが居並ぶ貴族達に視線を向ける。貴族達は水を向けられて身を強張らせるも……毅然としたままのマルブランシュ侯爵に目をやり……そうして一人が決然とした表情になって言った。
「ま、間違っていた、とは、思いません……!」
その言葉に……残りの三人も目を見開き、口々に言った。
「お、同じく」
「私もです……!」
「今になって言葉を翻すような事は……!」
そんな風に口々に言う貴族達をザナエルクは片手を上げて制する。
「良く分かった。そなた達の態度は王国の貴族として名を連ねていた者として相応しい。だが……秩序というものがある。そして余もまた、己を正しいと信じるからこそ、言葉を翻すわけにもいかぬ。せめて……痛苦無き死を与えることでそなた達の態度に報いよう」
その言葉に、マルブランシュ侯爵は残念そうに目を閉じた。決定は覆らない。
民衆の前で、尤もらしい言葉と態度で塗付しているけれど、事情を知っている以上、断じて王の行いを正当なものとして認めるわけにもいかない。
マルブランシュ侯爵や4人の貴族達についても――ここで死なせるわけには行かない人物というのは先程の問答で良く分かった。
さあ――。始めるとしようか。




