番外364 刻限の迫る中で
対策会議の後に……夢の中の世界での演習、空中戦装備の訓練等々準備を重ねること数日――。王都の兵士達の動きは今日になって、やや慌ただしいものになっていた。
シーカーから送られてきた映像で確認する。広場に運び込まれて組み立てられたのは――足場が抜ける形の簡単な仕組みの絞首台と、断頭用の台だった。
まだ刑の準備が整っただけで、執行の時刻には至っていない。侯爵達も刑場には連れられてきていないし、群衆も刑場を横目に引っ掛けてはいるものの、まだ集まってきてはいない。警備の兵達だけだ。俺達は地下の前線基地からそれらを確認する。
「どうしてわざわざ別の刑を用意しているの?」
「王に対する無礼や悔恨を認めるなら斬首にするんじゃないかとか、そんな噂になっていたが。あー……。一般に斬首の方が名誉も守られると考えられているから、らしい。絞首刑の方が長く苦しむことになるからというのは……まあ、分からんでもないが」
イーリスの質問に、スティーヴンが答えて……彼女は刑罰については疎いと判断したからか、補足説明を付け加えて馬鹿馬鹿しいというように肩を竦めてみせた。
「そもそもの経緯を考えれば、この処刑自体に正当性なんかないけどね」
「全くです」
俺の言葉にエレナが大きく頷く。
マルブランシュ侯爵と彼に同調した若手の宮廷貴族達の処刑に関しては、街中に日時や場所についての布告が出されていた。
民衆から憎まれるような犯罪者であるならば、その最期を見届けようと人が集まるというのは……まあ、あるのだろう。これは意趣返しの意味合いだ。
しかしマルブランシュ侯爵に関して言うならば……農業関係に尽力して良く働いていた人物で、一定の人望がある上に投獄されたのも民間に対して関わりのある内容ではない。
そんな背景もあって、あまり積極的に処刑を見に行こうという雰囲気が民衆からは感じられないものだった。
ホルンと一緒に潜った夢の中でも、事実として今後に不安を感じている者が多かったしな。
だとしても公開処刑の形を取る以上、人が集まらないというのも沽券に係わるのだろう。街の主だった者達には処刑を見届け、何故裁かれたか、その話を広めるようにと召集がかけられていた。
このあたりは王の権威を疑った者は厳重に処罰するという、見せしめの意味合いが強い。民衆に処刑の話を広めさせることで王に逆らうような機運、風潮を萎縮させておく狙いがある。
「侯爵は談判して投獄されたというが……どうなんだろうね。僕達の事も含めて抗議にいっただとか、実は侵入の時の事が発覚して投獄されたというのなら……侯爵の足を引っ張ってしまったようにも思うんだけど」
と、レドリックが少し申し訳なさそうに目を閉じる。
「どう、だろうね。裏の意味合いとしてはスティーヴン達が捕まっていない今の状況だからこそでもあるんじゃないかって、マリーやステフとは話をしていたけどね」
「それは……どういうことなのかしら。スティーヴンはともかく、私達はあんまりそういう事情には詳しくないの」
エイヴリルが尋ねてくる。
「マルブランシュ侯爵がスティーヴン達に手助けをしたのは事実だけど、ベシュメルク王がそれを把握していたか否かは……微妙なところ、と考えているわ」
「そうね。わたくし達は刻印の巫女の事で投獄されたのだと思っていたのだし」
ステファニアがそう言うと、ローズマリーも頷く。
そうだな。談判に行って王の不興を買い、そして投獄された、としか伝わっていない。継承権絡みは流された偽情報であるから、手助けした事まで知っていたら談判されるより前にその事で咎めて投獄してしまえば良かったのだ。
マルブランシュ侯爵は生体呪法兵計画に関わりのある人物ではなかったし、その事は研究を行わせていた側である王は誰よりも承知しているはずだ。
侯爵がスティーヴン達を助けたのは、偶然の遭遇によるもので、後ろ盾や支援を示すような証拠は当然ながら出てこない。
だが、ベシュメルク王はマルブランシュ侯爵こそがスティーヴン達の後ろ盾だと主張した。だが、それでもベシュメルク王が……スティーヴン達の侵入当日の侯爵の行動を掴んでいるかは結局こちらの持っている情報では判別できない。
「そのあたりの情報を聞き出したかどうかは、偽情報の流布からして怪しいけれど、侯爵がスティーヴン達の後ろ盾だと主張することで……それを次の布石として繋げられるようにしているんじゃないかって思うよ」
「布石?」
ユーフェミアが首を傾げる。
「仮にスティーヴン達が侯爵を助けに現れるならば、準備をしておいて捕縛するなり罠を仕掛けるなりするっていうのは、今俺達が掴んでいる通り、警備体制に現れてるけど……逆に、助けに現れないのなら……恩人、或いは後ろ盾になっていた主君を見捨てた輩として非難して、支持や共感がスティーヴン達に向かわないようにする、と。そんな風に状況を利用しようとしてる」
そう答えると、ユーフェミアが眉をひそめた。
「――民衆の感情というのは、今後の情勢を見れば重要かも知れないわね。侯爵を処刑した余波として、王に反目する貴族や勢力が後に現れたとしても、スティーヴン達に接触を図り、手勢として引き込むような事態を作りにくい下地を作っておく、というわけね」
と、俺の言葉をクラウディアが補足してくれる。そう。だからスティーヴン達をおびき寄せられなくとも、それはそれで正当性を自分の側に置くように大義名分を担保することが可能になる、というわけだ。
だからこそ、今の段階では例の建造物に手を出してインフラ破壊に繋がるような事は控えなければならなかった。それ見たことかと、非難の材料に使うのが目に見えているからだ。まあ、それはそれで……敵の出方が見えているのでこちらとしても対策をさせてもらうけれど。
そのあたりの諸々を説明するとユーフェミアはかぶりを振った。
「状況の利用と布石……ね。厄介な事を色々考えるものね」
「……こちらの手の内を知っているだけに、俺達が妨害を仕掛けようが対処できると見積もっているのは分かるが……気に食わないな。地下に潜ろうが、向かってこようが構わない、と考えているわけか」
スティーヴンが牙をむいて獰猛に笑う。
「そうね。鼻を明かしてやろうじゃない……!」
イーリスが立ち上がって言った。
「そうだな。連中には後悔させてやらなければな」
スティーヴン達はそうして気炎を上げている。侯爵救出に向けての気合も十分といった印象だ。
俺達もそんなスティーブン達の士気の高さに触発される部分があるのが分かる。グレイス達と、顔を見合わせて頷く。
そうして話をしている内に、段々と布告されている処刑の開始時刻も近付いてくる。それに従い、俺達も時刻に合わせて作戦決行の準備に移っていく事となる。それぞれの持ち場について――その時を待つ。
シリウス号側に連絡員役を置いて、情報を中継。各員状況把握をしながら動いていく、ということになる。
城や街の警備レベルは相当なものだ。確かに、王やディアドーラはスティーヴン達の手の内を知るからこそ対策できると考えている部分はあるだろう。
更に次善の策まで用意しているというのは……力を知るが故に油断せずに追い詰めようとしているからでもあるのではないかと、俺は思う。
だが……。だからこそ付け入る隙がある。
王は強かに状況を利用しているつもりなのだろうが、裏を返せば情勢の不安に揺らいでいる今だからこそ、王の目論見を潰して権威や正当性に打撃を与える事のできる好機でもあると言えるのだ。
連中は変装した俺もスティーヴン達に協力する戦力として加味してはいるが、それだけでは……まだこちらの戦力を見誤っている。だから……その認識の差に付け込ませてもらうとしよう。