番外359 薬の正体は
クラウディアと共に転移魔法で迷宮核へ向かい、そうして預かった薬の成分分析、配合比率、加工方法等々を事細かに調べる。
方法は迷宮核の蓄えたデータへの比較による総当たりに近い。術式の海に文字が浮かんで、薬に含まれる成分一つ一つを検証、分析。そうすることで含まれている成分と全体での配合比率がすぐに特定され、空中に文字が浮かぶようにしてリストアップされていく。
「続いて、材料の加工方法を分析」
材料の状態を分子レベルで細かく見ることで、加工方法の大体のところを特定していくわけだ。灰汁抜きをしただとか磨り潰しただとか、状態から材料一つ一つの加工法が洗い出されていく。
それから魔力波長を見てどの材料に共通した魔力波長があるかを調べる。そうすることでどの段階で魔法的な加工が行われたかを明らかにする事が可能、というわけだ。
例えば全体から共通する魔力の波長が見えるなら、それは材料全てを混ぜ合わせるような工程で術式を用いたという結論になるし、それ以下の規模なら個々の材料を加工、或いは混ぜる段階で魔法を用いた、ということになる。
成分、配合比率、加工法、魔法を用いる段階。それらを割り出せば、後は暗号、符丁の書かれた紙から逆算して実際のところを解くだけだ。
程無くして、一通りの解析結果がリストアップされた。後は迷宮核で生成。プリントアウトして持ち帰る、と。
そうして迷宮核から肉体側へ意識を浮上させると手には生成されたリストがあって……クラウディアも近くで待っていてくれた。
「――ただいま」
「ええ、お帰りなさい」
俺の言葉にクラウディアが微笑む。
「どうだったかしら?」
「解析に関しては問題なさそうだ。後は材料を買い揃えて戻ろうか」
「ええ。市場とベアトリスのお店あたりかしらね」
「そうだね。見た限りではそこまで希少な材料はないから、ベアトリスの店だけでも揃うかも知れない」
目的を考えれば安定供給できないような薬を用いるということはしないだろうとは思っていたが、それも裏付けられたわけだ。
反乱や逃亡を防止し、暴走した際の安全策を用意する、という意味合いで精神操作に加えて魔法的な制約をかけたのだし……そこで薬の供給ができないようでは本末転倒だしな。
寧ろ、高度な技術が使われているのは……使われている薬よりも組み込まれた呪法技術の方だと言える。術式を調整することで必要とされる薬をある程度意図的に決めたのだろう。
反動の正体というのは要するに、条件を満たす事で、不調を来たすような弱めの毒物を血中に生成、蓄積させるということである。
体内に存在する成分を組み替える事で毒を合成しているので、クリアブラッドで浄化した場合、元々身体に必要な成分が欠乏している方までは解消することができない。
そして、蓄積した毒物の中和と欠乏した成分の補給を行うのが薬の正体というわけだ。
更に能力行使の反動を代償と位置付け、魔法的意味合いとして結びつけることで、限界値の向上にも効果を及ぼしている。複数の意味合いを持たせて、毒を生成しているのにクリアブラッドだけでは対処できないようにしているあたり、敵方の研究の高度さが窺える。
だが……。だからこそ気に入らない。これだけの高度な魔法技術を使って成したことは外法も良いところだ。
研究を進めさせた側であるベシュメルク王が悪い……というのは事実としてそうだろうが。
しかし……このあたりの仕組みの完成度の高さから判断するに、研究に携わっていた魔術師達も十分な積極性を持っていた、というのが垣間見えてしまう。
あくまでも魔術師として俺から見た場合の印象だ。裏付けなしにそう断定する、というのもやや乱暴な話ではあるのだろうが……。
そうだな。どんな連中だったかは……スティーヴン達に聞けば分かるか。少なくとも、野放しにしておくことはできないだろう。
「――ああ、これはいいですね。あちこち回らなくても済みます」
「お役に立てたようで何よりだわぁ」
と、相変わらず気だるげな雰囲気の錬金術師、ベアトリスである。
だがまあ、腕前は確かで仕事もきっちりこなすという、信頼のおける人物だ。
そんなわけで、薬の材料に関しても一通りベアトリスの店で揃ってしまった。
魔石に関しては十分手持ちにあるし、調合用の器具と設備はシリウス号側にあるので、問題なく仕事を進められるだろう。
「それから、もしかすると改めて薬の調合について相談や依頼をするかも知れません。出先から連絡するかも知れないので、ハイダーと水晶板を一時的に預かっては貰えませんか?」
「ふむ……。貴方たちとの仕事は良い刺激になるもの。連絡を楽しみにしているわねぇ」
と、ハイダーと水晶板を快く笑って預かってくれるベアトリスである。
工房にも出入りしているので操作方法等々は分かっている。
ベアトリスとて錬金術師として秘密の研究等々があるだろう。そのあたり、不必要なものが映らない位置にハイダーを設置するように気を付けてもらえればと伝えて彼女の店を後にしたのであった。
状況については通信機で報告しているということもあり、追加の食材に関してはメルヴィン王が調達してくれている。シルヴァトリアに行っているという事になっている俺達が、あまり街中をうろつかなくても済むようにということだろう。
馬車で王城に向かうと迎賓館で待っていたメルヴィン王に迎えられる。挨拶をかわし、それから話題は自然、スティーヴン達のことになった。
「生体呪法兵、か。全く、次から次へとろくでもない事を思いつくものだ」
「全くです。一先ずは彼らの協力を得られる事になりました。体調を維持するための薬の生成も……問題なく進めていけるのではないかと見積もっています」
「それは何よりだ。傷つけられ、利用されて権力者に対して不信を抱いている者達だとは思うが……そのような者達からこそ、信を受けられるようありたいものだ」
そんな風に言ってメルヴィン王は遠いところを見るような目をして、ジョサイア王子も感じ入るように目を閉じる。
「そう、ですね……」
「その点で言えば、テオドール公達なら彼らとしても安心できる相手なのではないかと、私は思うよ」
と、ジョサイア王子が俺を見て相好を崩した。
「そうだと良いのですが」
「ふふ。そうでなくては自分達の事について頼みはすまい。食料品については少々奮発しておいた。潜入中故に派手にとはいかぬであろうが……ささやかながらといったところであるな」
「それは――ありがとうございます」
礼を言うと、メルヴィン王達は静かに笑みを浮かべるのであった。
食糧品を受け取り、転移魔法でシリウス号へと戻る。リストの内容については先に通信機でローズマリーに知らせてある。ベアトリスともやり取りができるようになったからか、原材料と符丁、暗号化された文章と見比べ、薬の製造方法についてローズマリーとベアトリスの間で早速相談が進められているところだった。
「テオドールが魔力の動きから解析したところでは、体内にある成分を操作して毒物を生成しているようなのよね。自家中毒というには性質が悪いけれど」
『では、この薬は毒物を中和か分解して、不足した成分を補う、というものなのねぇ……。このあたりの原材料の薬効から考えれば――』
「――なるほど。反動の症状から合わせて考えれば、作り方も絞られてくるわね。魔法の工程は、能力行使で活性化した呪法の効果を停止させるもの、かしら」
といった調子のやり取りが、ローズマリーとベアトリスの間で交わされる。スティーヴン達もそれを聞いて納得したような感心したような、といった印象だ。
自分達の身体に関することだけに、どういった経緯で薬が生成されるのかについては詳細が明らかになっていた方が安心もできるだろうしな。
そんなわけで帰って来た旨をみんなに伝え、食料品を貰ってきたので派手にはできないがささやかながらの宴会をしようという話になっていくのであった。




