番外358 眠りから目覚めて
スティーヴン達が能力を使った時の反動、というのは……研究者の言葉によれば生体呪法兵への首輪であると共に、呪法によって異能の代償として反動を与える事で、施術によって引き出した異能を更に引き上げるという目的もあるらしい。
つまり異能と呪法は相互に作用しあっており、能力を使わなければ反動もない、ということだ。であるならば、能力を使わない限り一般人と同じ生活を送る事は可能であるし、組み込まれた呪法自体を解呪するか封印するかすれば……限界値は引き下がるものの、能力を残したままリスクを無くすという事もできる。
実際に循環錬気で体内魔力の動きを見せてもらい、それが可能な事も確認させてもらった。
とはいえ、スティーヴン達は現状ではそれはまだ望まない、と言っていた。
まだ、ということは、つまり――ベシュメルク王を打倒するまでは強い力が必要、ということだ。リスクを承知で戦うと言っているわけだ。
ユーフェミアに関しては、少しだけ例外だ。元々の能力が強く、そのままだと周囲に影響を及ぼしてしまうからリミッターを付ける、という感覚に近いだろうか。
というわけで首飾り型の封印の呪具を船室の寝台にて寝かせていたユーフェミアに身に付けてもらう。
契約魔法で呪具の解除権限を本人に付与すれば、後は自分の意思で封印を解除して能力を使う事ができるはずだ。
「ん……」
スティーヴン達が固唾を飲んで見守る中、ユーフェミアの首に呪具をかけて起動させると、少しの間を置いて軽く呻き声を漏らし、薄く目を開いた。
上体を起こし気だるげにかぶりを振って……それから周囲を見回して――。
「――おはよう、みんな」
そんな風に微笑む。
「ええっ! おはようユーフェミア!」
「良かった! ユー姉!」
感極まったように彼女に抱きついたのはエイヴリルとイーリスだ。そんな2人の反応に少しユーフェミアは面食らったようだが、すぐに微笑んで目を閉じると、彼女達の髪や背中を撫でたりしていた。
「おはよう。ユーフェミア」
と、涙ぐんでいるレドリックである。そんなレドリックの頭を撫でて、スティーヴンが笑う。
「おはよう。起きている時に挨拶するのは、初めてだな」
「そう、ね。私も……少し不思議な気分だわ。不安もあったけれど……うん。今は……目を覚まして良かったって思ってる。本当は初めましてって言うべきなのかもね」
ユーフェミアはそう言って微笑む。他の仲間や子供達も集まってきて、ユーフェミアに目覚めの挨拶をしていた。やはり、ユーフェミアは子供達にも慕われているようで。
そうして少し落ち着いたところで、ユーフェミアは寝台から立ち上がると、俺達に頭を下げてくる。
「ありがとう。こうしてみんなと現実で話ができるのも貴方達のお陰だわ」
「それは良かった。身体に不調があったらすぐに教えて欲しい」
「ええ。でも、目覚めの気分は良いわ。夢の世界は……何でも思い通りだったのだけれど、今は……自分以外の誰かや何かっていうのが、すごく新鮮で、驚いているところなの」
自分が作った夢の世界では、想像と違うというものも少ないだろうしな。
先程エイヴリルやイーリスに抱きつかれていた時もそうだったが、他人の体温であるとか……周囲の環境であるとか、ちょっとした想像との差というものに驚きを感じるものなのかも知れない。
「後は……反動を押さえる薬についてか。調合方法と、現物を預ける、ということだったな」
「調合方法は暗号化された文章の複製でいいし、現物も一回に使う分ぐらいで構わないよ」
スティーヴンの言葉に答える。本当は薬など使わなくても済むような状況になればそれが一番いいのだろうけど。
とは言え、みんなで協力するということで、誰か一人に限界ぎりぎりの力を使わせるような無茶はしない、と方針を確認し合っている。
「調合法についてはともかく、現物はそれだけで足りるのか?」
「成分分析をして、そこからの逆算で暗号や符丁を解く形だからね。分析自体には時間もかからないと思う」
迷宮核を使えば成分分析だけには留まらず、原材料の加工方法に至るまで判別や推測が可能だろう。
「原料も……大抵のものはタームウィルズで調達可能だと思うわ。魔法薬にしても通常の薬物にしても、個々の材料で見ていけば類型化は可能だから、配分の比率や加工方法が分かれば暗号化されている部分も自ずと解読できるはずだわ」
というのがローズマリーの見解である。
というわけで……スティーヴン達とは本格的に協力体制を取るという事で、シリウス号を魔力溜まり近くの森の、元いた場所に移動させるということになる。
あちらの森は、隠蔽術の結界に加えて魔力溜まりのお陰で元々人の立ち入りにくい環境でもある。シリウス号からの監視も可能ということで、エイヴリルが能力で行っていた人払いもしなくて済むようになる。
地下の前線基地等々もあるし、スティーヴン達とも合流してあちらを拠点にした方が良いだろうという判断だ。
そうして守りを万全にしてから、転移で移動して迷宮核での分析等を行う、という流れになるか。
「それじゃあ、船を移動させるかな。そんなに長い距離は移動しないけど、外の景色も見られるから、興味があるなら艦橋に来て見てみると良いよ」
そう言うと、子供達が顔を見合わせて嬉しそうな表情を浮かべた。ユーフェミア達も興味があるということで、みんなで艦橋に移動する。
「これが空飛ぶ船、か。普通の船から想像していたのとは大分違うな」
艦橋内部を興味深そうに見回すスティーヴンである。
「高く飛ぶと温度が低かったり空気が薄かったりで、色々問題があるからね。こうして外の環境と内部を遮断しつつ、外の様子が見られるようにしないといけない」
「なるほど……」
フィールドは展開したままなのでこのまま移動できる。人数が揃っている事等を点呼でしっかりと確認して、アルファに合図を送る。
アルファがこくんと首を縦に動かし、シリウス号が浮上を始めると、子供達から歓声が起こった。モニターを食い入るように見て、中々に微笑ましい光景だ。
そうして少し高度を取って、魔力溜まり周辺の森へ向かって移動を開始する。
ユーフェミアも流れていく景色に目を奪われている様子だった。そんな彼女の様子に、エレナやクラウディアも微笑みを浮かべていたりして。
やがてシリウス号は元いた森の部分に停泊する。地下通路及び前線基地に関しては監視を続けていたが侵入者等々もなく、問題ないようだ。
念のために自分の目で地下部分の安全確認をしてからシリウス号に魔力を補給し、それから転移で迷宮核による成分分析を行ってくるとしよう。
地下部分の安全確認をすると共に、メダルゴーレムで少し拡張して風呂、トイレなどの利便性の向上を図る。スティーヴン達と合流して人数が増えたからの処置であるが……余裕という点を考えるならタームウィルズの市場で食糧をもう少し確保してくる必要もあるだろうか。
そうして一通り地下部分の点検を終えて絡繰りに乗ってシリウス号側に戻ってくる。船ではコルリスやティール、ラヴィーネが子供達の遊び相手になっているようで。
コルリスやティールが子供達を背中に乗せて甲板を腹ばいになって滑っていたりと、中々楽しげな様子だ。
環境の変化というのは色々不安も伴うものだが……ああして動物達のお陰で子供達が馴染んでくれているのなら……こちらとしては心配の種が減って良い。シャルロッテが子供達に混ざっているのはまあ……あまり気にしないで良いだろう。交流の一環ということで。
「これが資料と現物だ」
と、スティーヴンが薬と資料の写しを渡してくれる。製造方法についてはローズマリーに預かってもらう。
「確かに受け取った。それじゃあ、ちょっと行ってくるかな」
「ええ。分かったわ」
クラウディアが頷いた。
薬の製造方法を確立するのも大事な事ではあるが、侯爵の救出について作戦も考えないといけない。分析が終わったら早めに戻ってきて、暗号解読と並行して情報収集と作戦のための話し合いを行うべきだろう。