番外355 2人の眠り姫
「そろそろ見えるようになる。大きいけど危険はないよ」
と、シリウス号の降下に合わせて子供達が驚かないように教える。
空中にゆっくりと船底が見え始めると、子供達が歓声を上げた。
「わあ……!」
「すごい船!」
と、子供達の受けは良いようだ。すごいなあ、と、レドリックは子供達と一緒に喜んでいる。
「……こんな距離に来るまで分からないものなのね」
「確かに。気配が全くないとは驚きだな」
「私の能力でも接近に気付かなかったのだけれど……」
イーリス、スティーヴン、エイヴリルもそれぞれ言う。
「何重かの偽装フィールドで周りを覆っているからね。能力に作用しなかったのは、認識に作用するから、それで、かも知れない。聞こえても意識に入らない、とかね」
「そんな技術があるのね。能力の過信は禁物ということかしら」
エイヴリルは真剣に言う。
まあ……完璧に気配を消せても不自然な空白が存在していたら判別も可能だ。
ホウ国でショウエンを相手にする時も精霊が多すぎて偽装が使えなかったし、ヴァルロスも全方位にソナーを発射することで違和感から位置を掴んできたからな。絶対、というわけではない。
多分、エイヴリルになら最初からあるものと念頭に置いておけば見切る事はできると思う。そう言った内容を伝えると感心したように頷いていた。
「なるほど。私の能力を前もって拡散しておけば……空白になったところが踏み込まれたところ、というわけね」
「ベシュメルク側も同じような手を使うとも限らないからね」
と、情報共有はしておく。
そうこうしている間にシリウス号も停泊してタラップからみんなも降りてきた。
エレナも真剣な表情だし、シオン達も境遇が自分達に近い相手ということで心配そうな表情をしている。
では、お互いの自己紹介といこう。小さな子供達は戦いの場に出ないだろうから偽名だけ教えておいた方が安全だろうとして……イーリスやレドリック、エイヴリルあたりにはやはり本名を教えておくべきだろう。
場所を樵小屋の地下にある隠れ家に移して、まずは食堂である広場で話をする。
地面を掘り、そこを木組みで補強してあり、地下とはいっても結構整備してあって快適そうな印象だ。
非戦闘員扱いである小さな子供達にはもう夜遅いということもあり、寝室に行って貰っている。
「――そうして私はテオドール様達に助けられ、眠りから目覚めました」
エレナが自分達に近い年代のままというのを知って、流石にスティーヴン達も驚いたようではある。エレナは責められるのも覚悟していたようだが、まずは話を聞かせて欲しいと、スティーヴン達は冷静だった。
そうしてお互いの紹介が終わったところで、エレナの口から様々な事情が語られる。刻印の巫女の事情。王に逆らったが力及ばず、騎士団長にも裏切られて船で漂流した事。その先で師の力を借りて何時目覚めるとも分からない眠りについて、魔界の利用を防いだ事。
「私の力が至らず……苦しい思いをさせてしまったと、責任を感じています。何かもっとできていれば、と」
エレナが悲しそうな表情で頭を下げる。
エレナとしてはどうしてもスティーヴン達の境遇に責任を感じてしまうのだろう。自分がもっと過去に何かできていれば、と。
だが――スティーヴン達は頭を下げるエレナに、驚いたような表情で顔を見合わせ……そうして、真剣な表情で頷き合った。
「顔を上げて頂きたい。貴女に責任がある、とは、俺は考えていない。お互いにできる方法で、あの王と戦っていた。それだけのことだろう」
「……だよね。もし王に逆らわずに魔界の門が開かれていても……結局戦力が必要だって、計画は進んでたかも知れない。そうしたら、僕達が魔界で戦う事になっていたかも知れないし」
スティーヴンとレドリックが言うとエレナはおずおずと顔を上げた。イーリスは目を伏せたまま口を開いた。
「生き残れなかった子も、いたわ。だけど……なんて言えば良いのかな。私達は……今こうして、生きているもの」
そう言って顔を上げて、エレナを真っ向から見る。
「みんなで、一緒に笑い合って、支え合って……。上手く言えない……けど、王女の行動が違っていたら、今ここにある、嬉しい事や皆への気持ちだって、違っていたかも知れない」
「そう、ね。辛い事も多かったけれど。私達が仲間でいられるのは、出会えたからでもあるもの。計画に関係している連中は嫌いだけれど、王女様のせいではないわ。絶対に」
イーリスの言葉に、エイヴリルも頷く。他の仲間達も静かに頷く。そうしてエイヴリルが、目を閉じて言った。
「貴女も……大切な人を失った、奪われた側だって。その感情の色を見れば……分かるわ」
エレナも目を閉じるが……涙は流さずに堪えたようだ。戦う場だから、涙は見せない、ということなのだろう。師の形見である杖を胸に抱くように握りしめてはいたけれど。
「スティーヴンさん達が仲間になってくれて良かったです」
「だよね……! 私達も似たようなところがあるから」
「私達は、ホムンクルスで……作られた側」
と、シオン達が言う。
「そうなのか」
「別に目的があって器だけを作るはずが、予想外に自我が目覚めて……そのまま私達の娘となりました」
フォルセトが言うと、シオン達がこくこくと揃って頷く。
「それは何というか……羨ましい話ね」
エイヴリルがフォルセトやシオン達の在り方を見て、微笑ましそうに目を細めた。
「うむ。そういう事なら我が主もな。我ら魔法生物を隣人であり、家族であり、人間にとっての友となって欲しいと……そのようになるように願いながらも、自由な意思を与えてくれた」
「そんなテオドール様ですから。私達もきっと。これから一緒に戦うのであれば共闘するだけの関係でなく、友人になれると思うのです」
マクスウェルとライブラが言う。バロールやウィズ、ジェイク達、魔法生物組がこくこくと頷く。ベリウスやアルファもにやりと笑っていた。
「私も、君たちの事は他人事とは思えないな。記憶喪失になったところを、精神支配を受けて、それをテオドール公に助けてもらったんだ」
と、エリオットが笑みを向ける。
「なるほどな……。友人、か。悪くはないな」
スティーヴンがそんなみんなの言葉に、静かに笑う。
「状況がいきなり動いて戸惑うことも多いかとは思うけど……そちらの事情を見るに、こちらの持っている技術や知識で、力になれそうな事も多いように思う。薬の調合や、体調を整えたりだとか。ホルンも夢に関する専門家だし。信用してもらえるなら、共闘だけじゃなく、そのあたりの事についても協力させてくれないか?」
例えば暗号化された薬のレシピ、薬の現物を預けてもらっての解析も信用なくしてはできないし、魔術師が診察に当たるというのは……彼らの過去を考えると、そう簡単には進められない部分もあるが。
「確かに……俺達だけでは手に余る部分もある。どうだ? 個々人によって思うところは色々とあるだろうが……」
スティーヴンが仲間達に顔を向ける。
「魔術師は嫌いだけど……この人達は違う感じがする」
「スティーヴンやエイヴリルから見て信頼できそうな相手だって言うなら。俺だって信じられるよ。俺は……あんまり見る目とか無いしな」
と、そんな言葉が返って来て。笑いも漏れたりしていた。居並ぶ面々も頷いている。
「そうか。では皆の代表として答えよう」
そう言ってスティーヴンはこちらに向き直る。
「どうか仲間達の事をお願いしたい。この通り、頼めるだろうか」
と、深々と頭を下げてくる。
「勿論。というか、頭を下げる必要はないよ。こちらこそ、これからよろしく」
改めてスティーヴンと握手をかわす。スティーヴンは頷くと、立ち上がって言った。
「では、眠っているもう一人の仲間も紹介しよう」
先導するスティーヴンに着いて、通路を進み、奥の部屋へと向かう。
扉を開けるとそこには寝台の上に一人の少女が寝かされていた。見た目の年齢は……マルレーンよりも幼いぐらい、だろうか。スティーヴンの話によれば最古参のはずだが、能力が影響しているのかも知れない。
「ユーフェミアだ。目を覚まさないが、俺達のやり取りは聞こえていたはずだ」
「感情の色を見ると……嬉しいみたいね。歓迎するって言っているのだと思うわ」
ユーフェミアの枕元に腰かけたエイヴリルがブラシを手に取って、ユーフェミアの髪を梳かして微笑むのであった。
そうか。眠っているけれど、エイヴリルが居れば意思疎通はある程度できるわけだ。
「正直なところを話すと……エレナ姫の事情を聞いた時、ユーフェミアの事も思い出しちゃったのよね」
そう言ってイーリスが目を閉じる。なるほどな。エレナに対して良い印象が多かったのは、そういうところから来る感情もあったのだろう。スティーヴン達にとってユーフェミアは自由意志を取り戻すための恩人でもあったから。