番外354 異能者達の隠れ家
スティーブン達との共闘関係も成立したところで、まずは互いに仲間達を紹介する、ということになった。
スティーブンと共に正門前で戦っていた2人はイーリスとレドリックというらしい。転移術を使う小柄な方がイーリスという少女。赤髪にそばかすのある、柔和な雰囲気の少年がレドリックである。
「よろしく」
と、言葉も短く頭を下げるイーリスは冷静で落ち着いた印象だ。
「口下手な奴なんだ。無愛想なのは気にしないでやってくれ」
そんなスティーブンの軽口にイーリスが唇を尖らせて抗議する。
「……兄さんの愛想が良すぎるのよ」
「兄さんは外から来た冒険者として、街に行って情報収集したり金策したりしてたからね」
と、レドリックが笑う。
なるほど……。スティーブンについてはそういう経緯で、ああいった振る舞いを身に付けていたわけだ。登録制度があって中央では管理が厳しいから、隠れている時は地方で暮らしていたのだろう。
ともあれ、スティーブン自身も年長者ということで兄として慕われているようだ。
もう一人のレドリックは、俺よりは少し年上、ぐらいだろう。炎を操る能力を持っているそうだ。
「加減をするように言われてたから、あの時は出番が無かったんだけどね。敵を兄さんやイーリスに寄せ付けないようにするなら僕が適任かなって思ってさ」
と、そんな風に言ってやや申し訳なさそうに頭を掻くレドリックは、あまり荒事に慣れているという雰囲気はないが……護衛に志願したということは、勇敢さや仲間を思いやる気持ちも強いのだろう。
その場にいたスティーブンの仲間達もそれぞれ紹介してもらったところで移動開始だ。近くの森に偽装の樵小屋を建ててあり、その地下に生活空間を広げているらしい。安全な森で、俺達のように魔力溜まりまでは利用してはいないようだ。
スティーブン達の事情を考えれば、できるだけ能力使用の機会は少なくしたいだろうしな。
「こっちの仲間も紹介したいから、合流しても構わないかな?」
「構わないが、連絡や移動の手段は?」
「魔道具や使い魔で誘導できるし、船もあるからね」
「……噂に聞く空を飛ぶ船か」
そういったスティーブンとのやりとりは皆にも伝わっている。そんなわけで地下の前線基地からみんなもシリウス号に乗り込んで合流ということで、コマチの作った絡繰り台車に乗って地下通路の移動を始める。速度を出しても安定感のある走行が可能だ。セラフィナやマルレーンはにこにこして台車に乗っていたりする。
地下基地にみんな不在の間は……一先ずハイダーを残しておけば大丈夫だろう。
敵に発見、侵入されるような事があればメダルのゴーレム達は設備や通路を潰した上で、土を泳いで逃げてしまうしな。
というわけでスティーブン達のアジトに俺達も移動するということになったのであった。
樵小屋があるという森に近付いていくと……何だか嫌な予感というか、近付いてはいけない不安感のようなものが僅かに心の奥から湧き上がった。これは――。森に敵でもいるのか? 反応して足を止めウロボロスを構える。と、スティーブンが言う。
「ああ。その感覚は仲間の能力なんだ。何となく人が近寄りにくくなるような、微妙な感覚ぐらいのもんなんだが……。この場所自体が目的だと、やはり印象も変わるか。エイヴリル、帰って来た」
どこかにいる仲間にスティーブンが呼びかけると、不安感のようなものが霧散していく。
「相手の感情を操作できるような能力かな?」
「まあ、そうなんだが……。何て言えば良いのか。エイヴリルの能力は説明が難しいな。研究してた魔術師連中は専門用語で、確か――」
「共感覚と感応で共鳴を起こす、でしょ」
イーリスが言うと、スティーブンは笑みを浮かべて頷く。
「そう。それだ」
「共感覚なら知ってる。味覚や嗅覚に刺激を受けると色を見たりするとか、五感が相互に作用しているような感覚、だったかな」
例えばベリルモール……コルリスの魔力感知能力も嗅覚と連動していたりする。これも共感覚だ。
「流石、良く知ってるな。エイヴリルの場合は、その感覚に加えて他人の感情を読んだり、周辺に伝える能力がある。感情や思念を色や音として感じ取り、その色や音をエイヴリルが空間に思い描いて広げることで、他者の感情を喚起したり、より強く共鳴させて誘導できる……ってわけだな。さっきのは人払い用だ」
なるほど。共感覚とテレパシーの合わせ技、みたいなものか。共鳴で感情を揺さぶるというのも、何となく呪歌や呪曲を連想させるところがある。
「詳しい思考までは読めるわけじゃないらしいが……まあ、感情の出し方、みたいなもので合図を決めておけば、さっきみたいに遠隔で簡単なやり取りもできる。そのエイヴリルと、もう一人……さっき話に出た仲間のお陰で、俺達も思考や精神への支配を断ち切れたってわけだ」
能力故に眠っている、だったか。眠り自体が能力に関係していそうというか、こちらも精神系に属する能力な気がする。
森を少し奥へと進んでいくと、話に聞いていた樵小屋が見えてきた。
すると戸口から子供が顔を出す。一応小さな子もいると聞いていたからウィズは傍らに浮かんでもらうような形で顔を露わにしている。それでも子供達は俺の姿に驚いていたようだが、スティーヴンは心配ない、と笑った。
「ラケルタは俺達を助けてくれた味方だ。隠れなくても大丈夫な相手だ」
そう言うと一番年嵩の子供が笑顔になって、振り返って言う。
「兄ちゃん達が帰って来たぞ! 一緒にいる人は大丈夫な人だって!」
「おかえり!」
「おかえりなさい!」
5人程の少年少女が次々顔を出す。逃げ出してきたとは言っていたが……その当時はもっと幼かったということを考えると……転移や能力があったからこうしてみんなで逃げられた、という気がするな。
能力も必ずしも戦闘向きというわけではなく色々あるようだが。こうしてみると普通の子供と変わらない。スティーブンやイーリス達に抱きついたり頭を撫でられたりと、中々に微笑ましい光景だ。
さっきの口振りからすると……普段は見つからないように姿を隠しているのだろう。だがまあ何というか……今はそんな事も感じさせない明るい笑顔だ。
スティーブン達の普段の生活が穏やかなものだったのを窺わせる。
「こんばんは、お兄ちゃん」
「うん。よろしく」
と、年少の子供達にも挨拶をしていると、樵小屋の奥から長身の女性が姿を現す。歳の頃は20代前半ぐらいだろうか。スティーブンよりは年下だろう。
「お帰りなさい、スティーブン。中々頼もしそうな子を連れてきたのね。初めまして。私はエイヴリルというの。よろしくね」
「こちらこそ。ラケルタだ」
エイヴリルと初対面の挨拶をかわす。
「エイヴリルがそう言うのなら、間違いない相手よね」
イーリスが口元に笑みを浮かべて言うとレドリックもうんうんと頷く。
「子供達への接し方もそうだけれど、不安を呼び起こす色に触れた時の感情の動きには……少し驚いたわ。戦いへの気構えが相当にできている人でないと、ああはいかないんじゃないかしらね」
そんな風に言ってエイヴリルが微笑む。
「理由があってね。場数はそれなりに踏んでるからかな」
と、答えておく。
「もう一人、奥で仲間が眠っている」
スティーヴンが言う。
そう、だな。だが、その人物を紹介してもらう前に、そろそろシリウス号も飛んでくる頃合いだ。見張り等の問題もあるだろうし、先にみんなの到着をこの場にいる面々に伝えて、合流してから互いに自己紹介、というのが良さそうだな。
循環錬気、アシュレイの治癒術、ローズマリーの薬物精製技術、それにシャルロッテの封印術、アルフレッドの魔道具であるとか、ホルンの眠りに関係する能力であるとか……こちらの保有している技能や設備という面でも協力できる事は多いのではないかと思う。