番外353 自由のための戦いを
「まず、俺達がベシュメルク王の情報を得られた理由について話をしたい」
「俺達ということは、やはり仲間がいるということか?」
オクトの質問に頷く。
「納得してもらえれば、みんなにも会ってもらいたいとは思うけどね」
「そいつは……話を聞いてからだな。秘密は守ると約束しよう。俺達は全員で家族のようなもんだが……とはいえ初対面の相手にそれを納得してもらうのもなんだからな。人払いはしよう」
オクトがそう言うと仲間達は頷いて、揃って距離を取る。なるほど。こっちが秘密裡に動いているのも察して配慮もしてくれるらしい。
というわけで、ベシュメルクに来ることになった経緯を話していく。
「旅先で、海鳥の魔物に難破した船があると教えてもらったんだ」
南極であったことを、掻い摘んで話す。魔物の話を元に調査に向かったものの、生存者についてはあまり考えていなかった。もしかすると遺族に何か渡せるものがあるかも知れないという意味で調査をしたわけだが。
戦闘の痕跡や、船の出自を分からなくする偽装工作が施されていた事を話していく。そして、船の奥底で扉の前に陣取っていた魔術師の亡骸と、その扉の奥で水晶に閉じ込められて眠っていた少女の話――。
「その少女こそが、50年程前にベシュメルク王に反目して出奔した、本当のエルメントルード姫だったんだ」
「な、に……!?」
俺の話を聞いたオクトは驚愕に目を見開いて腰を浮かしかける。
「まあ、その事を話してもらうまでの間にも少し時間が必要だったんだけどね。ともかく、こちらの持っている大昔の大災害の情報と、エルメントルード姫の語るベシュメルクの伝承が色々一致したから、彼女の話は信じるに値すると判断できたわけだ」
そうなると、ベシュメルク王国のエルメントルード姫は替え玉で、王が姫に促されて態度を改めたなどという話も、どこまでが本当なのか、ということになる。
「大災害に関してだって、精霊を支配する術で高位精霊に手出しをしようとして失敗した結果なんだ。古代の王は、魔法で作り出された異界に避難していたが、それでも尚野望を諦めなかったらしい。危機感を抱いた王女や側近らに討たれて……王女はそれらの危険な技術を後世に伝えないように抹消し、異界を封印した」
そうして扉の封印を守る鍵は巫女の肉体に刻印として刻まれた。刻印の巫女が生きている限りその役目は代替わりしない。
現ベシュメルク王が、魔界の利用を目論んだときにエルメントルード姫は反目して出奔。自らを魔法の眠りにつかせる事で将来に渡って封印し続けようと考えたというわけだ。
「――とまあ、かなり大ごとな話ではある。簡単に信じて欲しいとは言えないけれど、その話の中に出てきた、高位精霊とは前からの知り合いだったりするからね」
「……整合性が取れたから信じたというわけか。同時に、ベシュメルク王が諦めていないのではと考えたわけだな? それで、大災害を引き起こすような魔法研究をしている、と」
「そういう事になる。こっちの目的としてはそういった裏事情の確認と、研究を継続しているのなら、それらの研究を破壊し、将来に渡っての防止策を講じる事」
そこまで言うと、オクトは目を閉じて腕組みをしていたが、やがてこちらを見て尋ねてくる。
「お前さんは、一体何者だ? 只者じゃあるまい」
これを言うと……背後関係も推測から繋がってしまうが、出自の情報を伏せたままで信用を得るというのは難しい。だから誰に事情を明かすべきかも、現場の判断として各国の王から一任されている。
「ヴェルドガル王国フォレスタニア領主。テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニア。ベシュメルクの調査と研究破棄については、同盟各国の総意だと考えてくれて構わない」
「魔人殺しの英雄……境界公か……! だ、だが彼の人物は魔術師と聞いていたが……?」
「魔術師だよ? 闘気も少しは使えるけど」
「そうなのか……。槍捌きが随分と堂に入っていたが……」
「あれは杖術の延長だ。ほら」
と、水晶を一部退けて、中に入っている竜杖を見せる。にやりと牙を見せて笑うウロボロスにオクトの表情が一瞬固まる。というわけでウロボロスの紹介も終わったので水晶は改めて被せておく。
「な、なるほど……。竜を模した杖を持つ少年とは聞いていたが……」
「近隣諸国じゃ名前も容姿も装備品も……それにマジックシールドを蹴って空中戦をするっていうのも、全部広まっているからこんな格好をしてる」
「ああ、納得した……。あわよくば仲間が増えれば、と思っていたが、これほどの相手を引き当てるとは、な」
オクトは少し疲れたように笑って、かぶりを振った。
「差し支えなければ、そっちの事情も聞かせて欲しい。騎士に襲撃を仕掛けたとか、王城に忍び込んだ、とか聞いたけど……目的は王を倒すことかな?」
「……それもあるが。他にも少し差し迫った理由がある」
……ふむ。どうやらまだ何か、話していない事情を抱えていそうな雰囲気だが。
「同盟各国の事もあるし、大抵の事なら相談に乗れると思うけど」
そういうとオクトは暫く逡巡していたが、やがて言った。
「……実験動物だった俺達は、脱走はしたが、完全に自由になっちゃいない。最近になるまで静かに暮らしていたんだがな……。能力を使えば使う程、身体が蝕まれるような仕掛けが組まれてるのさ」
それを抑制するために特別な薬が必要らしい。実戦投入も視野に入れた上での反乱防止の策、ということなのだろう。
「生きていく為に必要に駆られて能力を使う。脱走の際に持ち出した薬も段々と少なくなっていって、行き詰まりを感じていた。そんな折だ。能力故に……眠りにつきっぱなしの仲間がいるんだが、そいつが脱走の時に王城から俺達に向けられた呪法を、能力でずっと押さえてたって事が分かってな。そんなことも知らずに、俺達はのうのうと生きてたわけだ」
オクトは忌々しげに言った。
「その人物に薬は……?」
「そいつは必要としてないんだ。その仕掛けが作られる前の段階で生まれたからな。だが、それが発覚した時は……俺達も、いい加減に我慢の限界だった。自由に生きてくことも許さないってんなら戦うことを選ぶしかない。薬が尽きて何もできなくなる前に、反撃体制を整えなきゃいけない」
そうして仲間達で分担し、能力を使って情報収集をしたそうだ。
最初の騎士への襲撃は……裏の研究に携わっていた騎士の内一人を捕まえて事情を聞くためだったらしい。王城への侵入は、その情報を元に、薬やその製法を入手するため、というわけだ。
「生体呪法兵計画については俺達の脱走後、しばらくしてから凍結されたと聞いたよ。だが薬は残っているという情報も得た。王城への潜入も、まあ、仲間達の能力を使えば何とかなったわけだ。残念ながら製法については暗号化されていて、今の時点じゃまだお手上げなんだがな」
とはいえ、襲撃も侵入も――一応上手くいったそうだ。脱走してからかなりの間隠れていたから、今になって動くとはベシュメルク王側も思っていなかったのだろう。
「今日の襲撃について、は?」
「侯爵にも……義理ができてな。城で見つかって戦闘になった後、俺達の正体を察して追手から逃がすために匿ってくれたばかりか、薬の現物と製法を入手する手助けまでしてくれた。侯爵がどれだけの事情を知っているか分からない。もしかすると罪滅ぼしなのかも知れない。だとしても……俺達との繋がりを疑われて処刑されるなどと聞いて、黙って居られるか」
なるほど、な。侯爵が王に談判した理由は、そのへんにもあるのかも知れない。王女が替え玉であることを悟り、色々調べていた、などというのも有り得る話だ。
……封印術で何とかできるものなのか。それとも、薬の現物や製法を見れば複製する事が可能なのか。詳しく見せて貰わないとまだ何とも言えないが。
眠りについている仲間、というのも気になるところだ。こちらにはホルンもいるし、事と次第によっては色々手助けできる、かも知れない。
「侯爵は……本物のエルメントルード姫と面識があるらしい。だから、きっと力になってくれるだろうと思ってね。俺達も侯爵を助けようって考えてたんだ」
「なら……俺達は協力し合える、かもな。その後でも王を打倒するという、共通の目的もある」
「ああ。よろしく頼む」
そう言って手を差し出すと、オクトは穏やかに笑って俺の手を取った。
「それと……オクトってのは研究施設で作られた番号にちなんだ偽名だ。今はスティーブンで、仲間にはそう呼ばれてる」
「分かった、スティーブン。まあ……俺の事は偽名で通してくれると助かる」