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番外352 賊の正体

「ふむ。命の恩人に礼を言うなら、塒に案内して茶の一つでも出すべきなんだろうが……」

「別に構わない。巡回の兵士に見つからないようならそれで良い。初対面の相手を拠点に案内するっていうのは、不安もあるだろう」


 黒いコートを改めて羽織る男に、そんな風に答えると男は静かに頷く。


「そうか。話が早くて助かる。この辺りは街道から外れてるし、緩やかな丘陵の陰になっている場所だからな。明かりを使わなきゃそうそう見つかる事もない」


 捜索隊が出てくれば、彼らは丘陵の頂点から見て、明かりの位置で遠くから把握してすぐに移動可能。生命感知のような魔法は丘陵の向こうからでは見通せない、と。地上からの捜索を想定しての位置取りなら中々の場所だ。装備品も夜間行動で目立たないようにしているようだし。


 黒い敷布が広げてあったので。そこに腰を落ち着けて話を聞くことになった。


「どうぞ」


 と、男の仲間が水筒から飲み物まで木のカップに注いで用意してくれていた。礼を言って受け取る。


「改めて礼を言わせてくれ。お陰で助かった。俺の事は……そうだな。オクトとでも呼んでくれ」


 ……本名ではない、というのは言い回しから分かるが。その名前に彼の仲間達が少し反応して顔を上げて何か言いたげに口を開きかけていたから……何か意味しているところがありそうだな。


「こちらこそ。一緒に逃がしてもらったからそれは良いさ。俺は……ラケルタと呼んでくれればいい」


 以前はマティウスという偽名を使ったが、ベシュメルク潜入の際は変装方法が違うので、念のために別の偽名を使用する。

 単にトカゲを意味する言葉なので、こちらの偽名にはあまり深い意味はない。偽装の見た目に合わせただけのものだ。そんな風に答えて、それから本題とも言える話に移る。


「事情をどこまで明かしていいか分からないから、少し持って回った話になってしまうかも知れない。疑問は色々あるだろうけれど、互いに話せる部分から話していく、というのはどうかな?」

「構わない。共通の敵はいるし、利害が一致していると判断できれば、お互いに明かせる内容も増えるだろう」


 俺の言葉に、オクトは頷く。俺も頷いて言葉を続ける。共通の敵……。そうだな。ベシュメルク王が裏でやっている事を中心に据えて話を進めていくべきなんだろう。


「どうやって知ったのかとか、俺の出自については一先ず置いておくとして。ベシュメルク王が表沙汰にできない、危険な魔法の研究と実験を進めているという情報を得たんだ。放置しておくと、地震や火山噴火のような大規模な災害も起こり得る危険性がある……と、こちらでは想定している。それができないように止める、というのがこっちの目的だ」

「そいつは……初耳だが。あの王ならやりかねないな。奴の最終的な目的は知らないし、直接の面識があるわけじゃないが、ろくでもない研究を重ねているってのは……知っているつもりだ。敵対した理由もそんなところだな」


 オクトが眉根を寄せ、不快げに言った。奴の目的を知らないが、そのために行っている研究は知っていて、それを理由に敵対した……、と?


 それはどの研究のことだろうか。資料庫で見た……門を破るために派生した研究をどこかで知り得る機会があった、ということになるわけだ。

 例えば俺達のように裏の事情を知る者に教えてもらって、というよりは……オクト達はもう少し個人的な感情に根差したところで動いている、ような気がする。


 話してみての印象もそうだ。ベシュメルク王の悪事を喧伝することを襲撃の目的としていた事。事情を知らなさそうな末端の兵士達を殺さなかった事。

 それに……派生した研究の内容。王城に忍び込めた理由だとか、オクト達の持つ、特殊な能力。騎士が持ち出した道具や対処法などの、手回しの良さ。それらを重ねて考えていくと、一つの可能性が浮かんでくる。


「気を悪くするような事なら済まないとは思うが……。もしかすると、研究を知っているというよりは、何らかの形で研究に関係していた――させられていたとか?」


 そう言うと、オクトは表情を変えなかったがその仲間達に反応する者がいた。隠しきれないと判断したのか、それに呼応するように少し身構えた者もいるが、オクトはそれを手で制し、目を閉じて答える。


「……研究内容を知っているのなら、俺達の事にも察しがつくか」

「いや、王の目的以外についてはあまり詳しくないんだ。だから研究資料を探るために離宮に忍び込んだり、ベシュメルクの現状について調べている最中だった。後は、正門前での戦いや、相手方の対応を見ての推測かな」

「なるほどな。場数を踏んでいる、というわけか」

「それなりには」


 何となく事情も察した。多分、彼らは研究の成果として「特殊能力を与えられた」のだろう。シオン達のようなホムンクルスか、それとも適性のある人間をどこかから集めたか。


 魔界の解放に備えての戦力増強――。つまり呪法、魔法を駆使して特殊能力を植え付けた、というのが俺の推論だ。

 オクトという偽名が8を意味している言葉であるなら、例えば8号だとか8番だとか。研究施設でつけられた番号を、そのまま偽名にしているのではないかと思う。それなら、さっきの仲間達の反応も納得できる。


 だから賊の出現が比較的新しい時期でありながら、ベシュメルクの騎士は随分と手回し良く、相手の手札を予想して転移での逃げを潰す一手を打つことができた。対策に必要な情報を、最初から持っていたということだ。


 全員が特殊能力を持っているのかも知れないが、オクトや一部を除いてあまり戦い慣れている、場慣れしているという雰囲気はない。それは実戦経験が少ないという事を意味していて……研究の対象ではあったが実戦の場には投入されていない、ということなのだろう。


 そういうことなら、彼らは研究の被害者と言うべきだ。

 王に対して反感を抱いているのがその証拠で、今こうして脱走して敵対しているという事は、扱いだってろくでもないものだったと、何となく想像がついてしまう。


「なら、話そう。大体想像がついているんだろうとは思うが、俺達は物心ついた時には王城の中にある研究所にいた。特殊な力も施術によって得たもので……魔術師どもは生体呪法兵計画だとか言ってたっけな。精神への抑制もされていたが……まあ、とある事情でその抑制を破ってだな。使い捨ての実験動物扱いが気に食わないから、仲間達を連れて脱走したってわけだ」


 そう言って、オクトは肩を竦めた。そう……か。どちらかというと、立場的にはエリオットに近いのかも知れない。

 結界から出たので、ハイダーの通信も使えるようになっている。後方で事情を聞いていたエレナが、自分の名を出してはどうかと提案してきた。エレナも……彼らを信用する、と。


「――聞きたいことがある。エルメントルード姫を知っているかな」

「個人的な面識はない。知識として名前は知っているが、それが?」


 尋ねてくるオクトの反応は、何故ここでその名前が出るのかよく分からない、というものだった。回りの者達にもエルメントルード姫の名に反応する者はいない。偽者は……研究には関与していなかったということかな。


「知っている事や印象を聞かせて欲しいんだ。それで、こちらの対応も決まる」

「と、言ってもな。過去、王と一時反目して行方を眩ませたこと。和解して帰国し、国のあちこちで民衆のために力を尽くした、としか知らん。善行で名を知られているし、本当にそれだけであるなら印象は悪くない。だが、裏の顔があったとするなら聞こえてくる噂をどこまで信用すべきかも分からんから、手持ちの情報ではなんとも言えんな。ここで名前を出すという事は、何かあるのか?」


 オクトの語ったエルメントルード姫に関する情報は……ベシュメルク国内で一般に知られている物と同じだった。


「エルメントルード姫に対してどう思っているのかが分かれば、こっちも腹を割って話せる部分があるんだ」


 そう言って、ウィズを脱ぐ。オクトは俺の顔を見ると意外そうな顔をした。


「うん? 人間なのか、お前さんは」

「そうだよ。まあ、変装の一環だね。容姿から身元が割れなければそれで良いわけだから。ベシュメルクの魔法技術を目的としているとか、国内貴族の内輪もめだとか……そういう事じゃなければ、もっと色々協力できると思う」


 そんな風に言うと、オクト達は目を瞬かせるのであった。

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