番外348 ベシュメルクの内紛
ベシュメルク王城には厳重な結界が張られているようだが、王都内部は地下からなら割と自由に動けた。内壁もただ住居区画を隔絶するためのもので、ここでは魔法的な防御は行っていないらしい。
そうして夜になりホルンと共に夢の中で情報収集をして、それから情報共有の為に前線拠点へと戻ってくる。
――宮廷貴族マルブランシュ侯爵。中央付近に領地を持っているものの、派閥の貴族に領地を預け、本人はベシュメルクの王宮で実務を行う高級官吏であった人物であるらしい。
過去形なのは、王に逆らって自分の息のかかった者達を動かし、王都内で騒ぎを起こした一味の中で主導的な立場であった――ということになっているからだ。
「ホルンと一緒に王都で集めた情報によると……マルブランシュ侯爵が王に談判するより少し前に、何者かが王宮に忍び込んだり、騎士達を狙っての襲撃が行われたりという事件が起こっていたみたいだね」
『時系列的には何者かの襲撃事件の方が先、というわけですか』
モニターの向こうで、エルマーが顎に手をやって言う。
その後暫くして、マルブランシュ侯爵と彼に同調する者達が、王に対して談判する、という事件が起こったそうだ。
「曰く、王の専権事項である継承権に口出しをして逆鱗に触れたとか、内密の話をするために人払いをさせておいて、王に対してマルブランシュ侯爵が賊を差し向けたとか……。他には先日の事件のことを仄めかして王を脅迫したとか、そんな噂話も流れているね」
『……真偽をはっきりとさせないようにしているわけでござるな』
「人間関係を見れば噂にしても全く根拠がないわけでもないみたいだけどね」
宮廷に出入りしている商人らを探して彼らを中心に聞き込みをしてみた結果だが、マルブランシュ侯爵に同調した宮廷貴族達については……若手が多いらしい。だが、マルブランシュ侯爵に関してはその中にあって唯一王の外戚関係にある人物なのだそうだ。
「だから……マルブランシュ卿が主導的立場で、後継者問題に絡んだ話なのではないかと、裏の事情を知らない者達は噂するわけね」
「王もまた、刻印の巫女に関することを知っていて、自身に同調しない者を排除できるのなら、それを良しとしているのではないかしら?」
ローズマリーやステファニアがそんな風に分析する。
だから噂をわざわざ否定しない。王にとって都合がいいからだ。となると、王側が意図的な噂を流して誘導した、ということも当然考えられるわけで。
マルブランシュ侯爵自身は親子三代に渡って国内の農業指導や生産性向上に携わる等の仕事をしていた人物らしい。
『マルブランシュ侯爵家は魔法の才に優れていた人物ですね。実務を取り仕切るので表の人物であったはずですが。現当主とは……彼の姉君の紹介で、小さな頃に何回かお会いした事があります』
と、モニターの向こうでエレナが言う。エレナの言うところによると……離宮では農業の生産性向上についても研究が進められていたそうだ。研究成果の開示や技術協力をする分野として、農業は妥当なものだったのだろう。
だから離宮外部で関係者とマルブランシュ家の者が相談する機会を設けることもあった。実務に関わる者と、研究に携わる者の意見交換というわけだ。
エレナと当時のマルブランシュ家の後嗣が出会ったのは、エレナが見識を深めるという目的でそれに同行した折、らしい。
マルブランシュ侯爵の姉の紹介で話をしたり、中庭で少し遊んだりしたことがある、とのことだ。
「なるほど……。それで影武者の違和感に気付いて疑念を抱いていた、という可能性はありますね」
グレイスが眉根を寄せて言う。
そうだな。魔法に優れた外戚で、離宮にも繋がりのある人物となると……その後になってもっと国の中枢と関わりが深くなった可能性はある。宮廷魔術師の抜けた穴を埋めなければならなかっただろうしな。
しかし最近になってエルメントルード姫が亡くなり、代替わりが起こらないのでマルブランシュ侯爵の疑念が確信に変わった。
魔法に理解があったというのなら……そうだ。巷で言われている後継者問題等ではなく、巫女の代替わりについてよりも、もっと核心に迫った内容で王の行動に諌言しに行った可能性さえあり得る。
曲がりなりにも彼とて外戚であり国にとっての重鎮だという自負もあっただろう。だから数を揃えて王に談判に行くも結果はご覧の有様だ。
王にとっては……それだけの人物を排除する理由をつけなければならない。だから罪は重ければ重い程良いし、迂闊に口出しできないような重大事であるほど良い。例えば継承権に絡んだ口出し、更には暗殺未遂や賊と通じていた、とか。
ともあれ、侯爵が投獄されたとか、賊が出没してまだ捕まっていないというのは、王都の住民達にとってもやはり不安を感じさせるものであるらしく……今は落ち着いているけれど、このまま政治や治安が乱れるようなことが無ければいいが、という声が多く聞かれた。
「それは……王に対する疑念もまた払拭できていない、ということね」
クラウディアが目を閉じて言う。
そうだな。でなければ、諌言によって投獄されたという噂だとか、これから政治が乱れなければいい、なんて声は聞こえてこないだろうから。
或いは、マルブランシュ侯爵の仕事ぶりが国民から支持されている、ということかも知れない。王家に対して公然と批判、というのは住民達とて、夢の中でさえ忌避されたが、侯爵には同情的な声も多かったからだ。
そして……マルブランシュ侯爵については、処刑が近いらしい。しかも賊に警告を与えるという意味で、公開処刑だそうだ。兵士の夢にも潜り込んで得た情報だから……これに関する確度は高いだろう。
『そんな……!』
と、エレナが処刑の話に血相を変える。だから、頷いて答える。
「俺としては……侯爵達を助けるべきなんじゃないか、と思う」
50年前のエルメントルード姫を知っている事、聞こえてくる評判、持っていそうな情報等々を加味すると、そうするべきだと思う。後になってエレナの身元を証明する事もできるだろう。
そう言うと、みんなも一瞬明るい表情になった後で真剣な表情で頷く。
「流石、テオドール君」
そういってにっこり笑うイルムヒルトと、こくこく頷くマルレーンである。
『離宮への潜入作戦はどうなさいますか?』
エリオットが尋ねてくる。
「継続でしょうか。というより公開処刑の決行前にやっておくべきだと思います。どうせとっくに警戒も高まっていますからね。離宮に忍び込むのも侯爵を助けるのも、両方行ってしまって良いのではないかと」
離宮に忍び込んで察知されなかったらそれで良し、仮に見つかっても、その場合はまんまと警戒の中を賊に忍び込まれたっていうことになる。
「ん。それは忍び込まれたのが分かったら、向こうも後に引けなくなる」
「国の威信にかけて、ということですか。どちらに転んでも処刑は中止されない、と」
シーラがにやりと笑うとアシュレイも感心したように言った。
そういうことだ。離宮に忍び込んで魔界の門を開くための研究が行われている、という証拠が集められれば、その後の動きやすさも変わってくる。
王がこの50年で魔界について諦めていた場合は……まあ、その可能性は低いとは思うが、そうだとしても侯爵達を助けて秘密裡に亡命させるといった方向で進めていくのが良いだろう。
どちらにしても俺達の身元についてはぎりぎりまで明かさないように動いていくわけだし。
重要な事は、門についてはきっちりと後世での悪用も不可能な状態に持っていく事だ。そのために王家の正当性を揺るがせるエレナとマルブランシュ侯爵の重要性は高いと言える。
まあ、まずは予定通りに離宮への潜入だな。今度こそ王城の周りの結界に穴を開けての潜入となる。エレナの知識で内部の見取り図もあることはあるのだが、50年前の知識故に丸ごとは通用しないところもあるだろう。気合を入れていかなければなるまい。




