番外347 王都の地下より
さて。では王都への潜入作戦を始めるとしよう。
地下からの接近、潜入という点では方法は同じだが……こうして色々事情が分かってくると、俺単身での潜入ではなく柔軟に対応可能な体制を整えておかなければなるまい。
柔軟な対応、というのは……例えば俺の潜入中にベシュメルク王への対抗勢力が動いた場合、迅速に接触できる人員が必要になったりする……かも知れないという想定だ。
もし味方になってくれそうな相手ならば、ベシュメルクの裏の事情に詳しそうだと予想されるから、一般人では知りえない情報を持っている可能性が高い。接触を図る事の優先順位はかなり高めと言えよう。
そうした体制をしっかり整えるとなると、補給や休息ができる最前線の拠点が必要になる、というわけだ。つまり森から王都近隣まで、地下に仮の通路を作っておく必要がある。
ベシュメルクの閉鎖的な性質上、地下で行動するというのは一貫して最初から想定し、幾つかの作戦を実行できるように用意してきたわけだが……地下通路作成もその想定の一つだ。
地下拠点やみんなの姿を見られると、身元が推測されてしまう可能性が増える。なので、証拠を残さずに動きやすい単身潜入を考えていたが……まあ、変装や幻術で対応する次善の策を使っていくということで。
当然、まともに地下通路を作るわけではなく、用意してきたゴーレム制御用のメダルを積極的に使っていく。
ゴーレムの制御としては土の中に通路となる空間を広げ、固めるというものだ。俺達の移動を認識して通路を閉じたり開いたりしてくれる。
隠蔽術を組み込んであり、魔力探知を受けない。撤退指示を受けたら追撃や追跡を防ぐために通路を解体し、自らもコンパクトな姿になって撤退する、といった事が可能だ。更に通路自体の監視役……といった機能も持っている。侵入者は通報して知らせてくれる。
というわけで早速地下通路を作っていこう。木魔法等々を駆使して木を動かし、しっかりと森の地下部分に空間を確保してからメダルを地面に埋め込んでいく。
すると入口部分のゴーレムが地下に続く階段と地下通路を作り出す。階段を降りたところで通路の突き当たりまで行き、そこにゴーレムのメダルを貼り付けると、三角形の通路が開いていく。
三角なのは構造物として強度が強く、除けて圧縮する土砂や岩が少なくて済む、というのが理由である。後は出来上がった通路を更に奥まで進んで、次々メダルを使って目的の場所まで通路を延長していく、といった具合だ。
天井は低めだが、コルリスやティール、リンドブルムでも通れるサイズだ。流石にリンドブルムには若干窮屈そうな気もするが。
そうして魔法の明かりを灯し、風魔法で通路に空気を送り込みつつ王都に向かって次々通路を延長させていく。
同行した面々が通り過ぎると地上部分に繋がる階段部分がゴーレムによって閉ざされる。地上部分は自然な形になるように木魔法で藪を被せて偽装するわけだ。
「作戦が少し変更になったので、コマチさんが喜んでいましたよ」
と、グレイスが言うと、マルレーンも楽しそうににっこり笑う。
「ああ。輸送用の絡繰りが使えるもんな」
物資を輸送するのに特化した台車型の絡繰り人形をコマチが用意してきているのだ。これも隠蔽術の偽装済みで、荷物を預けると地上や地下通路を高速で走破可能な性能を持っている。
シリウス号から前線地下拠点までの高速輸送を想定しているが、移動や撤退時に人が乗っても有用だろう。
そうして暫く地下通路延長作業を続け――やがて王都を望める位置につける。逃走方向を誤認させるための偽装用通路を作ったら、後は地下部分に居住空間を広げてやれば、潜入のための準備は出来上がりだ。
出撃用通路。会議室、仮眠室、厨房、風呂、トイレが仮設ながら作られていく。少しの間過ごすにはそれなりに快適な空間なのではないかと思う。
この場所もメダルゴーレムで維持されており、指示を出せば自壊しながら備品を回収し、敵の行動阻害と共に証拠を隠滅する事が可能だ。
会議室に水晶板モニターを設置して、シリウス号側に話しかける。
「こっちは準備できた。そっちは聞こえるかな?」
『問題ありません。きちんと声は聞こえますし、姿も見えていますよ』
『こっちの声は聞こえてるかな?』
『姿も……見える……?』
と、モニターの向こうにシオン、マルセスカ、シグリッタが顔を覗かせる。手を振るシグリッタにシーラが手を振り返すと、モニターの向こうで満足そうに頷いていた。
通信の感度は良好。では……王都への潜入を始めるとしよう。ウィズやキマイラコートが身体に巻き付いて俺自身の身体を偽装する。
「それじゃ、行ってくる」
「気をつけてね、テオドール」
「行ってらっしゃい」
皆に見送られながら循環錬気と宝貝を発動させ、コルリスとホルン、カドケウスを連れて土の中に潜っていく。前線に拠点は作ったが、地下から潜入するというのは変わらずだ。
「このあたりから……かな。コルリス。いつでも止まれる程度に速度を緩めてくれ」
そう言うと、コルリスがこくんと頷いた。土中潜航の宝貝は自身周辺の情報も伝えてくれる。感知範囲を広げて前方を慎重に見ていくと、街の外周を覆う結界と思しき魔力反応を見つけた。
土中に少しだけスペースを作り、そこにコルリスとホルンを待機させ、まず結界の種類を調査する。ウロボロスを構え、魔力を土に浸透させて触れた際の反応を見ていく。
……大丈夫だな。これも対魔人用の結界で、特殊なところはない。
これが王城等だとまた違う結界が張られていたりするものだが。まあ、流石に魔法技術を秘匿しているのに王都の玄関口で特殊な術を使うわけにはいかない、というところか。
一先ず外壁部分を突破するのは問題ないようで、王都と前線拠点の間での行き来が楽、というのはこちらとしてもありがたい。
「よし。それじゃあこのまま進もう」
そうしてコルリス達と共に、王都の街の地下部分へと侵入する。
待機スペースを作って、後は夜になるまで待つ。
日が暮れたらカドケウスを地上へ送り込み、街並みを調査させ、そこで得られた情報から土魔法でベシュメルク王都の模型を作る。みんなが寝静まる頃になったら今度はホルンと共に情報収集、という手順だ。
街並みの情報はバロールにも伝わるので、後方で模型の複製が作れる。みんなにも情報共有される、という寸法だ。
「……内側にもう一つ壁を作った分、外側の等級の低い住民が住む区画は、それに合わせた拡張がされているようですね。昔は、この広場から外壁までの距離がもう数区画分、狭かったはずなのですが」
と、バロールの作った模型を見て、エレナが昔との違いを色々と教えてくれる。
エレナにとってはそれほど前の記憶ではないからな。それだけに50年前との違いは色々目立つのだろうが……目印となる広場からのブロック数を見て判断するというのは……なかなかこちらとしても分かりやすくていい。
隠密行動が基本だが……状況次第では街での交戦や陽動、逃亡等々も想定しておく必要があるからな。道がどこからどこへ繋がっているのか。街の施設に関して。人々の暮らしぶりは。どこにどんな人物が住んでいて、誰から情報を得るのが適切なのか。
そういった事を念頭に置いて、集中しながらカドケウスと五感リンクであちこち調べていき、気になった事があればバロールを通してエレナに質問する、という具合だ。
古くからある設備に関しては即答に近いのでこちらとしても色々やりやすい。まずは地の利と情報を得て、それから動くとしよう。