番外346 暗躍する者達の影
ホルンによると……本人の日常生活に根付いた夢というのはあまり記憶に残らないらしい。どうしてあんな夢を見たのかと、自分で説明や納得ができてしまうから深く考えないし印象にも残らない、というわけだ。
また、夢を見ている時の意識のレベルも人によって違うようで。
別の人物にも夢の中で聞き込みをして回ってみたが、まあ、意識が不明瞭な相手の場合はこちらが見つからないように話しかけても気にしないという者もいた。
というわけで、色々手を変え、品を変え、何人かから情報収集をして見た結果、宿の亭主の言葉にも裏付けが取れた。
同じ夢を見た、などとなると話題になってそこから不審に思われてしまう可能性もあるから、話題の振り方、質問の仕方等も同じ印象にならないように気を遣ったつもりではあるのだが。
「んー……。こういう場合は、ただいまなのかな、おはようなのかな」
夢の中から意識が浮上してきたところで、身の回りを守ってくれていたカドケウスとコルリス、それから一緒に戻ってきたホルンに言う。カドケウスは鼻先を擦りつけるようにして。コルリスもふんふんと軽く頷いて挨拶をしてくる。
んー。一晩かけて夢の世界を巡っていたからだろうか。眠りが浅かった時の朝のような感覚があるな。
と、ホルンがそれに気付いたのか、こちらに向けて大きく口を開け、息を吸い込むような仕草を見せると、そんな眠気もどこかに消えて、たっぷりと快眠した後のようなすっきりした感覚がやってくる。
「ああ。助かるよ、ホルン」
礼を言うと、ホルンは嬉しそうに目を細める。眠気を吸い取ってくれるというのは有難い話だ。
さて。では地下の痕跡をしっかりと消したら、一旦シリウス号へと戻って、分かったことをみんなにも話して、情報共有といこう。
「お帰りなさい、テオ」
「ああ。ただいま」
「ん。カドケウスもコルリスもホルンも、お疲れ様」
船に戻ったところでみんなから、安心したというように迎えられた。こちらも笑顔で返すとみんなも嬉しそうに微笑む。
シーカーからの情報で俺達が戻ってくるタイミングも分かっていたからか、朝食の用意も進められていたようだ。コルリスやホルンにも鉱石が山盛りで用意されていた。
そうしてみんなで朝食をとって。そうして一段落したところで、茶を飲みながら分かったことを話していく。
「――というわけで対外的には単なる政争、後継者問題に絡んだいざこざっていう体裁で、意図的に情報が流されているようだね。これは多分……肝心の刻印の巫女に関する情報の漏洩を防ぐために、事件の詳細を別の話にすり替えて塗り潰した結果だと思う」
「王に対して疑義を差し挟んだ者を排除して、その事実を隠すために別の事件のように隠蔽をした、というわけね」
ローズマリーが眉をひそめる。
「投獄されたという情報が伝わっている方は、私達……刻印の巫女に関する事情を知っている人物ですね。刻印の巫女の代替わりが起こらないので、昔の事件と合わせて考える事で、真実に近い部分を悟ってしまったのではないかと」
と、エレナが表情を曇らせて言った。
「それに絡んで……こっちの把握していなかった情報で、気になる物が一点。今、ベシュメルク国内では謎の集団が暗躍しているらしい。王に対してはかなり敵対的で、王宮に忍び込んだとか騎士団と交戦したとか。魔法みたいな不思議な力を使って戦っていた、なんて目撃情報もあるらしい。それに対しても投獄された貴族が後ろで糸を引いていたなんて、責任を押し付けられているみたいだね」
賊、などと言われているが正体は定かではない。そもそも賊と呼ばれるような何某かであるなら、王宮に忍び込んだり騎士団と交戦などせず、もっと弱い立場の……例えば行商人等を狙うところだろうが、そういった事実はないらしい。
「……気になるわね。その集団は、貴族と一緒に捕まったりしたのかしら?」
クラウディアが真剣な面持ちで尋ねてくる。
「いや。そういう話は聞いていないな。今でも捜索中だし、都でも再び忍び込まれないように警戒を厚くしているそうだよ」
「どうも、魔人というわけでもなさそうだな」
と、テスディロス。そうだな。話を聞く分には魔人らしい行動とは思えない。
「となると、やはりシュンカイ陛下やゲンライ様達のような方々でしょうか」
「その可能性が一番高い、と思う。投獄した貴族に罪をかぶせるあたり、それが事実であってもなくても、ベシュメルクの内情に関係しているっていうのは有り得そうだからね」
アシュレイの言葉に答えると、ステファニアも口を開く。
「敵の敵が味方とは限らないけれど、協力し合えるような相手なら……嬉しいわね」
そんなステファニアの言葉に、マルレーンもこくこくと同意していた。
「確かにね。この集団については敵か味方か、まだ断定的な事は言えないけれど、調査中も気にかけておく必要があると思う」
「でも、こっちがまだ何もしていないのに警戒されてしまっているというのは少し困るわね」
と、イルムヒルトが目を閉じる。ああ。それも問題ではあるか。彼らの得意技が地下潜航などではない事を祈るばかりであるが。
「ちなみに、あの王都の建物に関してはよく分からなかった。昼に陽の光を受けて力を溜め込んで、夜の王都に明かりを灯したり、生活のための水を清めたりすることで民に恩恵を届けられるようにしているなんて、それっぽい話はあったけれど……その程度の目的ならあんな大掛かりな施設は必要ないから、見せかけ上は辻褄を合わせる事はできる」
例えば、魔力ソーラーパネル的な技術が開発されているのだとしても、ベシュメルク王のこれまでの行動を加味すると、本当に民の生活のためにあれだけの大規模な設備を作るのかと、懐疑的に考えてしまう。魔法技術を秘匿したい立場なら尚の事だ。
「本当の情報は伏せているとお考えなのですね」
「俺はそう見てる。少なくとも何らかの裏付けが取れるまでは、額面通りに受け取るのはちょっとね」
ライブラに答える。魔法技術関係に関しては近隣住民に聞いて核心に至る情報が出てくるとは思っていないが……一般に流布されている情報を知りたかったというのが目的なのだ。
同様に、ここ50年で起こった出来事、事件といったものも世間話にかこつけて色々聞いてきたが……ベシュメルク国内の情勢、特に国民に対する統治に関しては基本的に安定したものではあったようだ。
一時期重くなった税が、エルメントルード姫の進言によって軽いものになったとか。
「それは……少し安心しました。民が重税で苦しむような光景は見たくなかったですから」
「刻印の巫女が出奔しかけるような騒動が起こったわけですから、王としても譲歩する姿勢を見せておきたかったのでしょうね」
エレナの言葉に答える。影武者を立てたとしても魔界に絡んだ動きをそのまま継続はできないからエルメントルード姫の意向を尊重した、というポーズは必要だったのだろう。
だとすれば、エレナと宮廷魔術師の行動は、無駄ではなかったということではある。結果的にであったとしても、王の行動を軟化させることに繋がっているのだから。
だが結局等級分けによる国民に対する管理体制は継続しているし、裏で起きている様々な策謀の気配といい……水面下の部分で、となると途端にキナ臭さが漂ってくるのも事実だ。賊の出没に関しても、表面的なところで平穏なら、尚更裏の事情に関係があるような気がするしな。
グレイスの両親については……地方貴族の領主夫妻が行方不明になった事件として記憶されていたが認知度は低く、流石に吸血鬼に関する情報も出てこなかった。中央に住む民にとっては一地方の事件という扱いなのだろう。
いずれにしても……賊の出没に伴って警戒は高まっているとしても、王都への潜入調査は予定通りに続けていくしかないな。ベシュメルク国内の一般的な認識や現状の確認は出来たが、もっと深い事情を探るにはこちらも更にリスクを負わねばなるまい。