番外345 地底と夢と
隠蔽術が周辺に張り巡らされ、夕暮れになったところで、早速行動開始だ。
ウロボロスの周りに結晶がくっ付いて行き、竜杖部分を囲んで槍に変化。ウィズとキマイラコートが変形して全身を包む事で、さながら黒い鎧兜のように変化する。
実際の変形はウィズとネメア、カペラ達に任せているのだが……元が帽子とコートなのに形状や質感で黒い鎧兜に見せてくれているのだから大したものだ。
「ん。何となく、ドラゴンっぽい」
と、その姿を見たシーラが言う。そうだな。何となくドラゴンを模したような意匠の鎧兜になったが。ウィズ達が統一感を出すために打ち合わせをした結果らしい。まあ、帽子やコートというアイデンティティーを一時的に放棄してもらうことになるわけだから、この際やりたいようにさせてやる、というのがモチベーション的にも良いのだろうとは思う。
普通の兜と違うのは、ウィズが俺の表情に連動して竜を模したそれに、ある程度の表情を出したり、話す時に口の部分を動かしたりできることだろうか。
「良いわね。私は結構好きだわ」
「変装して忍び込むって何となく素敵よね」
と、クラウディアがにっこり笑って、ステファニアが相好を崩す。
……何となく変身ヒーローという単語が頭を過ぎるが……。そう主張するには色合いやシルエット等々が不穏な印象だ。ただ、ヴィンクルやリンドブルムには好評を得ているようで……ヴィンクルは格好いいとストレートに言ってくるし、リンドブルムもうんうんと頷いたりしている。
マルレーンやセラフィナもそんな雰囲気が楽しいのか、顔を見合わせてにこにことしていた。
「ふむ。何というか、俺の変身に似ているような気がしなくもない」
と、何となくテスディロスも楽しそうな印象だ。テスディロスも変身すると鎧と槍という出で立ちだからな。
「まあ……魔術師に見えないようならそれでいいんだけどね」
「そのお姿でもテオの声だと安心します」
「ふふ、それは有りますね」
グレイスとアシュレイは俺の言葉に対してそんな風な会話を交わして微笑みあったりしているが。むう。潜入中は……風魔法で調整して声を変える事も考えておくか。
「とりあえず、バロールはシリウス号側に残していくよ」
「分かったわ。こっちで何か起きたらバロールを通して伝えるわね」
ローズマリーが頷く。逆に、こちら側の情報はシーカーが伝える。そのあたりはいつも通りだ。
さて。具体的な潜入の方法であるが……獏としての力を使って情報収集を行うには現場にホルンを連れていく必要がある。なのでショウエンの門弟が使っていた土の宝貝と、コルリスの協力によって、地下から潜入していく、という方法を取るわけだ。
「それじゃあ、行ってくる」
「ええ。気を付けて、テオドール君」
イルムヒルトが頷く。
そうしてみんなに見送られながらホルンと共にコルリスの背中に乗る。方位を確認しながら循環錬気を行い、そして土の宝貝を起動すると……水に潜る様に土の中へと身体が沈んでいった。森の中なので木の根が張り巡らされているが、そこは木魔法を使って木の根に一時的に道を空けてもらう。
「ホルン、呼吸は大丈夫?」
尋ねるとホルンがこくんと頷く。どうやら問題ないようだ。
宝貝の能力、精度はやや下がるが魔力循環で宝貝を実用レベルで起動できるのも、循環錬気で仲間にまで、この土潜航の宝貝の効力の幅を広げる事ができるのも確認済みである。
「息苦しくなったりしたら、すぐに知らせるようにね。じゃあコルリス。行こうか」
そう言うとホルンとコルリスがこくんと頷く。そうしてコルリスが悠々とクロールでもするかのように腕と足を動かして土の中を泳ぐように進んでいく。
宝貝によるサポートとコルリスの元々の能力とで、地中潜航をしているとは思えないような速度だ。これならばこうして地下から王都に向かうにしても、大した時間はかかるまい。
暫くそうやって土の中を進んでいき、やがて近くにある町の地下まで到着する。
町を覆う結界術に関しては対魔人用のそれで、各国に広まっているものと同じ技術のようだ。俺もホルンもコルリスも、特に引っかかるような事はない。
結界術の種類によっては結界の一部を分解してすり抜ける事で町の地下に入る、などの力技を考えていたが……とりあえずこの場所では問題なさそうだな。
地下部分に陣取ったところで居住空間を広げ、構造強化で固めてから風魔法の魔道具で新鮮な空気を満たし、魔法の明かりを放出する。
コルリスとホルンが一緒に寛げる程度にはスペースを確保した。このまま少し腰を落ち着けて情報収集をする必要があるからだ。
とりあえずここからカドケウスに地上に向かってもらって、みんなが寝静まるまでの間、町並みや暮らしぶり、町角の噂話等をしっかりと確認しておくとしよう。
「ん……。ここは……俺は、どうしてたんだっけかな……?」
男がぼんやりと周囲を見回せば――そこは彼のよく知る宿屋のカウンターであった。外は明るい陽射しで、長閑な風景である。細部がふわふわとして曖昧なのは、彼の意識もはっきりしていない事の表れではあるが。
彼の意識と無意識を核にして獏が作り出した世界――夢の中だ。男は現実でも町にある宿の亭主で、様々な人物との接点や情報を持っているので、こうして夢の中で情報収集をさせてもらおうというわけである。
この町は魔力溜まりのある森が近くにあるということもあり、カドケウスに探らせたところ、冒険者や兵士もよく訪れる様子だった。つまり、不特定多数の人物が周辺を出入りするという日常であるが故に、情報収集はこちらとしてもしやすい相手なわけである。
風景に紛れずとも、あまり奇抜な姿でなければ直接話しかけても問題ないだろう。だから、宿屋の正面から有り触れた鎧兜の姿に偽装して入り込んでいく。無論、顔は兜のバイザーで覆われていて分からないようにはしているが。
「すみません、宿に泊めてもらいたいのですが。冒険者の仲間達と、森で魔物退治の仕事があるので、金貨か銀貨で予定の滞在日数分、纏めて先払いをしたいのです」
最初に金払いの良い冒険者、といった印象付けをすると、カウンターの上に何枚かの金貨がぼんやりと浮かび上がる様に現れた。
宿の亭主は少し呆けていたようだが、やがて認識が追い付いたのか金貨を見て相好を崩す。夢の中かどうか意識できているのかは分からないが、金貨と聞いて気を良くしたのは間違いない。
「そいつはいいや。ちょっと前の騒動のせいで、兵士の巡回もここまで頻繁に回ってこれねえってんで、魔物なんかは冒険者頼りな事が増えてるからな。金払いの良い冒険者は俺も町も歓迎だぜ」
と、亭主はにやっと笑った。そうだな。懐に余裕のある冒険者ともなると、実力も相応だったりするし。
兜を脱がない事にどうこう言ってこないのはやはり夢であるから、意識が鮮明ではないのだろうが。
「前の騒動、ですか? 地方出身で、このあたりに来れるようになったのは最近なので、良く知らないのですが」
「あー……。言って良いもんかどうか……」
と、逡巡する亭主であるが――。
「ま、いいか」
そんな風に言った。これが現実ならもっと警戒したりするのだろうが、やはり自分の夢の中なので大分心理的なハードルが下がっているようだ。ホルンのお陰で良い気分の中で夢を見ているわけだし、それでは警戒心も薄れようというものである。
「あー……。何人かの貴族が国王陛下に苦言を呈したらしくてな。それで投獄されるお偉いさんが何人か出たりしたらしい。噂じゃあ例の賊の後ろ盾になってたからとか、後嗣に絡む内容だったからじゃないかって噂話も聞こえてきたが……。ま、あんまり興味本位で首を突っ込む事じゃねえわな。お前さんたちもこのへんで冒険者として動けるってことは、等級もそれなりなんだろ? 睨まれないように気を付けろよ」
「気を付けます。けれど、正当な諌言で投獄されたのだとしたら、陛下に対する不満も一部の方々の間では高まってしまいそうですね」
「そうだな。賊の後ろ盾とやらが、ほんとにそうだったのか、別の問題で投獄するのにかこつけたのかは、俺達みたいな下々のもんには確かめようがねえけどな」
と、亭主は肩を竦める。どうやら刻印の巫女に絡んだ問題で一悶着あった、というのは間違いなさそうだ。
貴族を投獄などという事態にまでなってしまうと、流石にあった事実までを無かったことにすることはできない。だから、何かしらの理由、建前が必要になってくる。
そこが単なるお家騒動といった情報に微妙にすり替えられて伝わっているのは……正しい情報……つまり刻印の巫女に関することが隠蔽されているが故だろう。
王を諌めた貴族の安否も気になるし……例の賊、という言葉も気になるな。
都の周りで賊と呼ばれる何かが活動しているから兵士の手をそちらに割かざるを得ない、というのは有り得る。
賊の後ろ盾だったのではないかという噂が、意図的に流された偽情報だとしても、そうする理由や下地があったと考えれば、気にしておくべきだろう。果たして賊は本当に賊なのか。
例えばショウエンに対するシュンカイ帝のように。ベシュメルク王に対抗するような勢力が、国内に潜んでいるという可能性。
「ちなみに例の賊、というのは――? 長期の依頼で田舎にいたので世情に疎くてですね」
「ああ。それは、だな――」
そんな調子で色々と情報を聞き出していく。王都のあの正体不明の建造物等々もこのまま聞いてみることにしよう。