番外344 ベシュメルクの都
上空からベシュメルク国内をあちこち見ているが……エレナの協力で作り上げた地図を前提とした知識で大体説明できるものが多い。
分かりやすいところでは街道で、道が新しく整備されてエレナの把握していない街等も点在していたりして。この50年の間に発展した、ということだろう。
とはいえ、そういった変化ならば問題は無い。
前提としている知識と矛盾しているような建造物や変化に関しては要注意ではあるが……今のところはそういったものも見かけていない。地上でも大きく警戒されているような様子はなく、ベシュメルク国内に入っているとはいえ、今のところは平和で長閑な風景が続いていた。
やはり……何かあるとしたらベシュメルクの都付近に到着してからだな。危険性が無い限り重要施設はなるべく手元に置くだろうし、そうであるなら俺達の動きを察知して警戒していなくとも、平時から警戒されているもの、と予測される。
そうして暫く飛行していき――やがて地平の遥か彼方に、ベシュメルクの王都が見えてくる。
速度を緩め、水晶板を操作して王都を拡大する。……セオレム程ではないが、かなり大きな城が街の中心部にあり、城の周辺に塔やら神殿めいた建物もある。その周りに街並みが広がっていて……。
「あれは――」
と、エレナが声を漏らした。
「記憶と違っている部分がありますか?」
グレイスが尋ねると、エレナが頷く。
「はい。昔の王都と違っています。街の西側に、大きな建物がありますが……あんなものは、昔は有りませんでした」
エレナの言葉に視線をそれに向ける。
確かに。その建造物は一目見た瞬間から気になっていた。街から孤立するような位置――外壁よりもさらに外にある建物で……例えばタームウィルズにおける温泉街や造船所のように後から作られたような印象がある。エレナの記憶に照らして考えるなら、ここ50年で作られた代物ということだろう。
何というか……どっしりとした印象の変わった形の建造物だな。見た感じでは用途等々が分からないというか。
「なんの建物でしょうね。あれは。神殿……でしょうか?」
「魔法の研究施設、という可能性は?」
アシュレイやライブラが首を傾げる。エレナは「その可能性もあります」と首肯した上で、更に言葉を続ける。
「しかし、魔法の研究施設は私の知っている物が、あれとは別に現存しているようです。王城の尖塔から橋が架けられている建物が見えますか? あれは対外的には離宮と呼ばれていますが、内情は魔法の研究設備なのです」
そう言ってエレナが設備についての説明をしてくれる。
エレナの知るベシュメルクは秘密主義ではあるが、それは過去の出来事が公にできるものではないからだし、幾つかの技術を意図的に破棄したとはいっても、だからといって魔界へ繋がる門の管理まで放棄しているわけではない。残された危険な遺産を管理していくためにも魔法技術の研究や継承を行い国防その他の分野に役立てる、という機関が必要だった。それが、古来から存在するあの離宮なのだそうな。
安全性が高く、生活の役に立つ技術等々は外に開示されることもあり、ベシュメルクの民の生活を支える上でも役に立っていたらしい。
「街外れの建物の正体は不明、ということかしらね」
クラウディアが言うと、エレナは頷いた。
「そうですね。魔法関係の設備は揃っているので……労力を費やし、あんな目立つ形で同じ目的の建物をわざわざ建造する必要があるようには思えません。情報を秘匿しようという考えを捨てたのなら、また話は変わりますが」
「調査を行うなら、あの建物よりも先に情報のある場所から、になるかな。離宮を調べれば今も魔法関係の設備として使われているかどうかはわかるだろうし」
あの正体不明の建物も気になるが、離宮については先に調べておかなければなるまい。潜入調査をするにしても情報のあるなしでリスクが変わってくる。離宮が研究施設として用済みになっている可能性があるなら尚更ローリスクな調査も可能だ。
だがまあ、今のところはすぐに王都への潜入と調査に取り掛かれる、というわけではない。政情不安という噂も外まで聞こえてきたし、巡回している兵士も多いように見える。昼間から潜入というわけにいかないだろう。
ベシュメルクの王都を横目に眺めながら、一定の距離を置いてすれ違うようにシリウス号は進んでいく。予定では……このまま王都の東に広がる森林地帯に移動し、そこに船を隠蔽してから行動を開始するつもりだ。さて、そちらはどうなることやら。
「――どうやら、このあたりは大丈夫のようだな」
周囲の情報を確認し終えたところでエリオットが言った。
位置的には街道から外れた森の奥の上空、ということになる。予定通り、王都の東に広がる森林地帯まで飛んできたわけだ。
森の奥には魔力溜まりがある。つまり敵対的な魔物が出没する森、ということだ。生命反応を見るにあちこちにゴブリンやコボルトのような、小型の魔物が森の中に生息しているようだ。
街道沿いに巡回している兵士達もいるようだが……魔力溜まりの主を刺激するような奥地でもなく、さりとて通常の巡回で兵士達が入り込むような位置でもないという距離である。
兵士達の巡回がないということは、採集などで人が入り込む可能性も少ないということで……小さな魔物の多さがそれを物語っているだろう。
生命反応も人間らしきものは周囲には見当たらない。大型の危険度の高い魔物ももっと奥地に入らなければいないようだ。
「このあたりの距離感は流石でござるな」
「テオ君は冒険者としても活動していたからね」
と、イチエモンの言葉にアルフレッドが笑みを浮かべる。
「まあ、このあたりはその冒険者達がやってくる可能性ならありますが……頭上は生い茂る木々が隠してくれますからね。後は人や魔物避けの隠蔽術を張って、フィールドを船体に纏っておけば十分対応できるのではないかと」
そう言うと、フォルセトが頷いた。
「では、早速周囲に警戒しつつ隠蔽術を施していこうと思います」
「ああ。その事ですが。作業中に魔物が近付いてきた場合でも脅かして追い払う程度で、あまり派手な対応にならないようにするのが望ましいかな、と」
周辺にあまり強い魔物はいないから危険度は少ないのだが……ゴブリン達に街道の方に逃げられてしまったりすると、森の中で何か異変があったのではないかと危惧する者も出てくる。隠密行動をしている以上、それは望ましくない、というわけだ。
そのあたりの事を説明すると、そういうことならとホルンが声を上げる。弱い魔物ぐらいなら纏めて眠らせられると言っているようだ。
ああ。獏の夢なら確かに、ゴブリンが恐怖に駆られて逃げ出すというようなこともなく、打ってつけかも知れない。
「でしたら、樹上からスリープクラウドを浴びせるというのもいいかも知れませんね」
アシュレイが言うと、エリオットも頷いた。
「では、その方針で動こうか」
そう言って2人が立ち上がる。
「それじゃあ、作業中は船の中から魔物の位置に警戒しておくかな。魔物が近付いてきたらカドケウスとバロールに、その上空まで移動してもらうっていうことで」
「なら、私達はアシュレイ達の護衛で」
と、シーラが言うと、みんなも頷いて各々動き始める。
このまま潜伏地点としての準備を整えたら……いよいよ潜入作戦の開始である。まずは夜を待って森の近くにある町に向かう予定である。
そこで現在のベシュメルク国内情勢等々の情報収集だ。一般の民衆は重要な情報をもってはいないだろうが、どんな情報が国民に伝わっているのか、まずそのあたりを調べておく必要があるだろう。