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103 聖女の来歴

「……さて。何から話そうか」


 と、アウリアは母さんの思い出話をする気満々のようだ。

 母さんの話をする事は吝かではないのだが、まず俺がここに来た用事を済ませてしまおうと思う。気がかりがあるとゆっくりしてもいられない。


「その前に。少々お聞きしたい事がありまして」

「ふむ? 私に聞きたい事? 何用かな?」

「巷で起きている幽霊騒動について、ご存じでしょうか?」

「うむ。王家から依頼が来ていたな。有力な情報を提供したものには褒賞金を出すとか」

「それです。その幽霊というのが、精霊ではないかと」

「ほう」


 アウリアは少し目を丸くする。


「どうにも目撃情報が不穏でして。その点について専門家から意見を伺いたく」

「というと?」

「苦悶の表情を浮かべていたという話です。その割に近付くと消えてしまうだとか。多分そのせいで幽霊と間違われたんだと思いますがね」


 目撃情報の要点を話して聞かせると、アウリアは目を閉じて渋面を浮かべた。


「人間に言いたい事がある時にだけ、力を持った精霊が止むを得ず実体化するという事は、あるが」

「……本来、精霊は人目を避けるものでしたよね?」


 それを見る事ができるとしたら、巫女のように自ら精霊の波長に同調する事ができるか。召喚術士のように契約して使役しているか。或いは――エルフのように元々精霊に近しい種族や魔力資質の持ち主であるか。冒険者の中には精霊を扱える者もいる。それで精霊だと理解できたのだろうが。


「うむ。自身の姿や性質が、人の思念で固定されてしまう事を嫌がるからのう」


 アウリアが言うには……精霊は精神体のようなものなので、他者が自分に抱いているイメージから影響を受けてしまうらしい。


「その点で言うなら、今回の策は良かったのではないかな?」

「と言いますと?」

「幽霊ではなく精霊ではないかと、中立的な場所に呼び戻す事ができたという事じゃな」


 ふむ。まあ、手出ししなかったのも良かったか。

 そうすると、後は何故そんな事になっているのか、というところだが。


「意に沿わずに実体化してしまっているという事でしょうかね。人間から逃げるというのは」

「……うむ。考えられる原因としては……」

「――魔力溜まり」

「街中にか?」


 アウリアは目を丸くする。

 現象というべきか地理的にと言うべきか。自然界でも魔力が溜まりやすい場所ができてしまう事があるのだ。

 そういった魔力の濃い場所には自ずと魔物が集まってしまう。自身の身体の内に魔石の成分を溜め込んでいる魔物達にとっては、活動がしやすくなるというわけだ。


「そういう、魔力を放出する物品が持ち込まれている可能性を考えているのですがね」


 精霊に悪影響を及ぼすような物品。魔人の持ち込んだ物としては有り得そうな話だ。


「なるほど、な。となれば精霊を呼び出し、逃げられぬよう結界で封じ込め、話を聞く必要があろうの」


 と、当たり前のように言う。アウリアにはその手段があるという事なのだろう。


「そして原因を突き止めて排除する、というところですか。特定の精霊の呼び出しと、封じ込めというのは可能なんですか?」

「時はその精霊が活動しておる夜じゃな。後は場所を選べば」


 場所、というのは――。

 俺の表情から怪訝に思っている事が伝わったのか、アウリアが言う。


「これまでの経緯から考えると精霊が活性化し過ぎていて、閉じ込めると襲ってくる可能性が高い。いずれにしても力を殺がねばならん。ギルドからの依頼料を支払う故、お主にも協力を願いたいのじゃが……どうかのう?」

「戦いになると?」

「そうなると見ておるよ。こちらは逃がさんように結界を張るので手いっぱいになってしまう」


 まあ、そういう事なら。分かりやすい話で助かる。

 後は――場所の選定か。それは適当な広場から人を避難誘導してもらえば良いだろう。


「では舞台はこちらで整えます。夜にギルド前で待ち合わせという事で」

「うむ」


 アウリアは頷く。大きく息を吐いてから、深く腰かけて言う。


「しかしまあ、依頼を受けてくれるようで良かった。精霊に関して正しい認識を持っていて、しかも凶暴化した精霊と戦えるような人材など、そうはおらんからな」

「そんなものですか」

「うむ。さすがはリサの息子よの」


 笑うアウリアには先程より柔らかな雰囲気があった。


「残念ですが、母よりはかなり自分の事を優先して動いていますので」


 あまり母さんのような部分を期待されても困るところはある。


「そうか。まあ、精霊の事は一先ず置いておいて、リサと初めて会った時の話でもしようかの」


 と、テーブルの上に肘をついて手を組む。


「あれは――迷宮にガーディアンが出現し、大勢の怪我人がギルドに運び込まれてきた時よな。大規模な鉱脈が見つかって賑わっていたところにそれだったから、それはもう酷い有様であったよ」


 そこにふらりと現れたのが母さん、という事らしい。

 怪我人を見るや否や治癒魔法を使い続けて魔力枯渇で倒れた、と。まあ、母さんらしい逸話ではある。


「ギルドにとっては恩人も恩人よな。そこで礼を言って知己を得た。……タームウィルズ大迷宮に自身の体質改善も期待していたそうじゃよ」


 ああ。やっぱりそれが目的で大迷宮に来た、か。


「魔法の腕は確かであったが……お人好しぶりが心配じゃったから、その時の謝礼金でペレスフォード学舎に通う事を勧めたりしたのだがのう」

「そこで父さんやロゼッタさんに出会ったと」

「うむ。次に見かけた時にはロゼッタと組んで冒険者稼業もしておったわ」


 と言って、苦笑いを浮かべる。


「そうらしいですね」

「ふむ――お主、母の事はどの程度知っておる?」


 それから、そんな事を聞いてきた。


「聖女と呼ばれていた事は知っていますよ。実際困り事があると領民も母のところに頼ってきたり、それに応えたりしていましたね。ちょっとした旅が好きで、道中も人助けが多かった気がします」

「うむ。ギルドに来た時もそれであったからな。異名はその時ついたものじゃな」


 だが、母の事をよく知っているのかと言えば……結局のところ、俺はそれほど過去には詳しくはない。もう少し物心がついていれば色々母さんに聞いたり、話したりしてくれたとは思うが。

 父さんは思い出すのを辛そうにしていたし、グレイスだって母さんについては俺と同じようなものだろう。


「リサの出自には、その魔法の様式から心当たりがあってな。北方――シルヴァトリア王国から来たのではないかと思っておる。もし己の系譜を知りたいと望むのであれば、彼の国に求めるのが良いのではないかな」

「シルヴァトリア――」


 北方の島国だな。小国ながらも魔法で栄えている国だ。

 賢者の学連と言われる魔法研究機関が存在しており、タームウィルズのペレスフォード学舎同様、魔法のメッカではある。 

 いや……魔法のみに関して言うなら、あちらの方が専門ではあるのか。

 シルヴァトリアで魔法の研究が盛んなのは、過去に滅亡した魔法王国ベリオンドーラの系譜に連なるからだとか言われている。

 魔人との戦いで首都を焼き滅ぼされたベリオンドーラの生き残りがシルヴァトリアに落ち延びたのだとか。


 まあ……母さんがどこで魔法を覚えて、どこから来たのかというのは分かったけれど。


 系譜を知りたいのなら、とアウリアは言ったが。

 魔法の系統や魔力資質から探っていけば、遠からず親戚筋に当たるだろうと踏んでいるわけか。


「丁度その頃に前後して、シルヴァトリアで政変があったという事は付け加えておこう。貴族や高名な魔術師の子弟……かも知れんぞ。まあ、リサ自身は普通の魔術師だと、その辺を否定しておったが、なかなか特殊な魔法を使っておったからな」

「……参考になります」


 苦笑するしかない。確かに、な。

 魔術師にとっては……学連が存在するシルヴァトリアを離れてわざわざこちらにやってくるメリットは……無いとは言わないが薄い。体質改善という目的があったとしてもだ。


 それなりに事情が無ければシルヴァトリアを離れたりしないだろう。逆に言うなら――シルヴァトリアを離れたからタームウィルズを選んだという見方もある。

 そういった事情があったのだとすれば。まあ、人に吹聴しないのは自明ではあるか。


「型破りな人物ではあったよ。満月の迷宮に迷い込んだ冒険者を、赤転界石を抱えて救助に向かったりしておったからのう。後は――妙なデザインの物品も作ったりな。ほれ。これがお主の母親が作った杖じゃ」


 と、骸骨をあしらった鉄球に棘を生やして杖と鎖で繋いであるという……用途がモーニングスターなのか杖なのか、何とも形容し難い物を見せてくれた。何だこれ。


「振り回すと指向性の無い魔法は明後日の方向に飛んでいってしまうのでな。面白いが用途は限定される。様々な方向から魔法が撃てるのを狙ったが失敗したと言っておったな。面白いから頼んで譲ってもらった」

「あっはっは」


 グレイスの斧は母さんが作ったわけではないらしいが……影響はあるかもな。アシュレイがロングメイスを選んだのも……それが巡り巡ってというか。いやはや。これは責任を感じてしまう部分があるな。

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